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【ジャンとポールに突き付けられた信じ難い現実】

リラとノエミの兄、ジャン視点です。

もう2ヶ月父が家に帰ってきていない。

なので、いつにも増して母の機嫌がすこぶる悪い。

常にイライラしっぱなしだし、私の10ほど歳の離れた妹に対する干渉は、度を超えている。

時々、何かに怯えるようなそぶりを見せたかと思うと、直後には使用人に当たり散らしたり、かと思えば高笑いをしていたりと、とにかく情緒不安定なのだ。


私はジャン。

シャルロワ伯爵家の長男で23歳。

弟のポールは22歳で、私と弟は財務系の官僚として、宮仕えをしている。

私達には2人の妹がおり、1人は同じ両親から生まれたノエミ、もう1人はいわゆる腹違いの妹のリラだ。


父は今、リラの家に寝泊まりしており、家には帰っていない。


リラの母で父のもう一人の妻、マルグリットさんは私達が10歳になるころまで一緒に住んでいた。

しかし、リラを出産する直前、急に体調を崩して彼女の生家で暮らすようになった。


彼女はとても優しく、私とポールは良く遊んでもらっていた。

それだけでなく、文字や算術、マナーやダンス、いろいろなことを教えてくれる家庭教師のような存在でもあった。

私もポールも、今、この職に就いているのは彼女のおかげだと思っている。






そんな彼女の体調が良く無いらしい。

そのため、父は家に帰らず、王城と彼女の家を往復する毎日を送っている。


母の機嫌が悪くなるのは分からないでもないが、そもそも、生まれも、妻の立場としてもマルグリットさんの方が身分が高い。

彼女は王の従兄妹に当たるのだから。


にもかかわらず、父と王都で暮らす母と、彼女の兄と王都から遠く離れた緑深い森に囲まれた丘陵で暮らすマルグリットさん。

彼女はリラを産んでからの13年間、夫である父と離れて暮らしていたのだから、余命宣告されてしまった残り数ヶ月を、大恋愛の末、周囲の反対を押し切ってまで結婚した夫と過ごす権利は十分過ぎるほどあるはずだし、母がそこまで情緒不安定になる理由がわからない。


もとはと言えば、彼女が出産前に病に倒れたのだって…。

その時の影響で彼女の命の灯が尽き果てようとしているのに…。






当時私は10歳、弟は9歳だった。

それなりに世間のこともわかる年頃だし、見たことや聞いたことをはっきり覚えている歳である。

男女間のことも何となく理解するし、大人の汚い部分が必要以上に汚く見える年頃でもある。


その頃、母は贔屓にしているデザイナーというか仕立て屋のアトリエに頻繁に通っていた。

そして、結構な頻度で夜会用のドレスや茶会用のドレスを仕立てていた。

それだけではなく、怪しげなお香だとか、どろりとした気持ちの悪い入浴剤なども持ち帰っていた。

私が幼いころはとても優しく、マルグリットさんとも仲が良かったはずの母が、その仕立て屋を友人に紹介されてからというもの、人が変わってしまった。

ある日突然、実の息子である私やポールに興味がない、そんな態度になってしまった。

そんな母の気を引こうと、私たちがどんなに努力をしても全く相手にされなかった。

それどころが、鬱陶しい素振りさえする始末。


そんな時、実の母よりも母らしく私たちに接してくれたのがマルグリットさんだった。

私もポールも彼女が大好きだった。


私が9歳の時、マルグリットさんのお腹に小さな命が宿った。

その数か月後、母のお腹にも同じように小さな命が宿った。

いっきに2人も兄弟が増えることに、私もポールも喜び、弟だったらああしたいとか、妹だったらこうしたいとか話していた。


2人の母のお腹は日に日に大きくなっていった。

ある時母がマルグリットさんに気味の悪い入浴剤をプレゼントしていた。

母は同じものを2つ持って来て、これらは友人にもらったものだと言い、妊婦にとてもいいらしいからと、1つをマルグリットさんに渡した。

その入浴剤からは何とも言い難い、気味の悪さが漂っていた。

同じ日に母とマルグリットさんが使ったところ、マルグリットさんだけ体調が急変した。

顔色は悪く、呼吸は荒く、とても苦しそうだった。

幸い、マルグリットさんの母が直後に偶然我が家を訪れており、彼女が王国随一の癒し手という、王宮筆頭魔術師のファビアン・ピエール・ドワイヤン氏を召喚し、彼がすぐに駆け付け治療したたため大事には至らず、彼女も、お腹の子も一命を取り留めた。

しかし、体力の著しい低下と、元々の身体の弱さで、出産には大きなリスクを伴うということと、産後のケアと病気の療養のため、夫である父から離され、彼女が生まれ育った家で生活することとなった。


ある日突然、母だと思っていた人ががいなくなってしまった。私もポールも、言い知れぬ淋しさに襲われていた。


淋しさは不安を呼び、不安は疑心暗鬼を生ずる。

母はマルグリットさんに毒を渡したのではないか…?

それが私とポールの見解だった。


しかし、大人たちは何かの手違いがあったのだろうと、母を責めることはしなかった。

父はもちろん、マルグリットさんの両親も、治療に当たったファビアン氏もだ。

そう言いつつも皆、母を見る目がとても冷たかったのを覚えている。

間違いなく何かある、直感でそう感じだ。



その数か月後、マルグリットさんははとてもかわいい女の子を産んだ。

エルフの血を引くその子は、リラと名付けられ、天使か妖精のような可愛さだった。

私とポールは、父に何度か連れられて、リラに会いに行った。

私達を見て笑うリラは格別に可愛かった。

どう見てもマルグリットさん似だったが、笑った眼元がどことなく父に似ていた。


そのひと月後、母にも女の子が産まれた。

予定よりも二か月半早く生まれたのにもかかわらず、リラよりも身体が大きかった。

カールしたオレンジブロンドの髪が可愛らしく、ノエミと名付けられた。


ノエミが生まれてから、母の私たちに対する態度が少しだけ軟化した。

生まれたばかりのノエミに対する可愛がり方と比べたら天と地ほどの差だが、それまでと比べたらずいぶんましだ。


その後、士官学校に入学し、国立学校へ進学し、官僚となった。

忙しい日々にあの頃の出来事なんてすっかり忘れていた。






数ヶ月前、ローラン様が私や弟にリラからノエミへの手紙を託すようになった。

母はリラを毛嫌いし、ノエミと彼女が関わることを過剰なまでに警戒し、ノエミへの干渉がさらに強まった。

母の知らないところで父が会わせていたのが事の発端だが、腹違いとはいえ年の近い姉妹だ。

決して目くじら立てて怒るようなことでは無い。

ノエミとリラはお互い仲よくしたいようだ。

そんな2人の懸け橋になることを、私達は喜んで引き受けた。

初めはうまくいっていたが、母が僕らまで疑うようになった。

嘘の署名を友人の協力のもと使ってみたりしたが何度も使える手ではなかった。

そんな時、リラが革新的な方法で手紙を書くようになった。

魔法のインクだ。

母や使用人には読めないインクらしい。


そのインクを使うようになって。リラから手紙のくる頻度が少し多くなった。

しかし、ノエミは一向に返事を書かないばかりか、手紙を渡すたびに不機嫌になっていく。


ある日、母が外出中に渡したところ、ノエミが突然怒り出した。

「リラは何がしたいのかわからないわ。もう10通以上も白紙の手紙を送って来るのよ?嫌がらせなの?」

私とポールにとっては衝撃だった。

ノエミに押し付けられた10数通の手紙を私の部屋に持っていき、まずは確認してみようと読むこととなった。

ノエミの言うような、白紙の手紙など1通もなかった。

どの手紙も、読みやすい文字で丁寧に書かれており、恋の話や将来の話、日々の出来事などがつづられていた。

それにはどれにもノエミに対する親愛の情が綴られていた。


しかし、私たちは衝撃的な内容の手紙を見つけてしまったのだ。

おそらく1番初めに書かれたそれは残酷な事実を物語っており、私とポールは妹宛の手紙を読んでしまったことを激しく後悔した。


そして、どうしたらいいのかわからない私たちはローラン様に相談することにした。






翌日、ローラン様の執務室へ手紙を持って私とポールは訪れた。

約束をしていなかったにもかかわらず、快く彼は執務室に通してくださった。

そこには、仕事が山積みになっており、やつれたローラン様がいた。

ローラン様は宰相に次ぐ身分である大臣のうちの一人で、マルグリット様の双子の兄だ。

忙しいところ押しかけてしまい申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


ローラン様に手紙の件を相談すると、彼もまた衝撃を受けたようだった。

その時、不意に私の脳裏には幼いころの嫌な記憶がよみがえる。

そして、あの男の姿も。

自称デザイナーの仕立て屋の男だ。

今思い出すと、ノエミの髪の色はあの男の物とそっくりである。

今まで彼女の髪の色は母と父の髪の中間の色だと思っていた。

ポールも同じ記憶がフラッシュバックし、私の出した結論と同じものに至っていたようだった。


ローラン様の脳裏にも同じ男の姿が浮かんでいたことをこのときはまだ知らなかった。






ローラン様も悩んでいたが、3人で相談した結果、ノエミとリラには本当のことは言わないことにした。

彼女たちには何も罪はない。

2人には、何か向こうから聞かれたときにだけ、僕らが渡す前に誰かに手紙をすり替えられてしまっていたということにしよう、そう決めた。

それから、リラは暫くノエミに手紙を書くことはない、そう伝えられた。

そして、父もしばらく、家で眠ることはいだろう、そう告げられた。


ローラン様は悲痛な顔で、マルグリットさんの命の灯がごくわずかであること、その治療をリラが全力で行っていること、リラがファビアン氏の弟子であることを教えて下さった。

10数年前に忽然と姿を消したとされているファビアン氏は、今も癒し手として人々を癒しているそうだ。

どこかで、ひそかに、身分を隠して…。


そして、最後に私達にもマルグリットさんに会って欲しい、その時は迎えに行く…そう力なく告げられた。







その数日後、私たちのところへローラン様がやってきて、ついてくるように告げた。

無言で振り返りもせず、彼の執務室へ行くと、彼は部屋の奥のパーテーションのさらに奥へ私たちを手招きした。

そこには重厚な赤い扉があった。


不思議な扉だった。

何かよくわからないが温かな気配があった。

彼がその扉を開けると、そこにはまた扉が並んでいた。

そして、そのうちの1つ、虹色の扉を開き、私たちは招き入れられた。


そこは不思議なところだった。見たことのない植物が生えており、たどり着いたところは不思議な城壁の内側だった。


そこはエルフの王城だった。


ローラン様について城の中を進んでいく。

ある扉の前で立ち止まり、彼が手をかざすと音もなく扉が開いた。

その部屋の中には、ベッドの上にマルグリットさんが横たわっていた。

彼女の容姿は僕たちの知っている彼女とは大きくかけ離れていた。

すっかりやせ細り、髪も艶がなく、目のまわりはすっかりくぼんでしまっていた。

あんなに白くて美しかった肌は、青ざめ、宝石のような美しいグリーンの瞳はすっかりくすんでしまっていた。

その代わりに、彼女に魔術で絶え間く治療を施している少女は、私たちの知っている彼女にそっくりだった。

リラだった。

しばらく見ないうちにずいぶん大きくなったものだ。


しかし、よく見ると頬はこけ、目の下にはクマができ、額には汗が輝いていた。

今にも倒れてしまいそうだ。

なのに、ふらつきながらも必死に再度魔術で治療を続けていた。


部屋には次々に人が集まっていった。

何人か知っている顔もあった。

バタバタと足音を立てて、少年が部屋へ入ってきた。

彼と一緒に入ってきたのはファビアン氏だった

ファビアン氏は少年にリラをマルグリットさんから離すように告げると、リラの代わりに魔術をかけ始めた。

少年は、倒れかけたリラを受け止め、抱きかかえると、リラをソファに座らせ、何か術をかけ始めた。精霊術だろうか?

リラは彼にもたれながらであれば何とか起きていられる、そのくらい疲弊していた。


少年は、私たちの友人の弟のフレデリックだった。

彼もすっかり青年らしくなり、初めは誰だかわからなかった。

フレデリックはリラに精霊術を何度もかけ、その度に少しずつではあるが回復しているようだった。


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