手紙と受け入れ難い現実
リラへ
なかなかお手紙が書けなくてごめんなさい。
この手紙を読んでいるということは、お父様に話を聞いたということよね?
実は今まで、リラに会う時はお母様に内緒で会っていたのよ。
理由は良くわからないのだけど…お父様に口止めされていたからなの。
小説なんかでもよくあるけれど、同じ夫を持つ妻同士、大人の事情があるのだろうってことであまり深く考えていなかったわ。
先月、お父様と次はいつリラと会えるか相談しているとき、お母様に問い詰められたの。
お母様はずっと前から気づいていたようで、私の予定が合わないのはお母様のせいだったみたい…。
急に出かける用事を入れられたりしていたらしいのよね。
リラからの手紙も、何通か没収されていたみたいで私が読んでいないものもあるのよ。
お父様が見かねて、説得してくださったんだけど、お母様をさらに怒らせてしまったようで…手紙のやり取りまで禁止されてしまったのよ?信じられないわ。
私は、あなたとまた会ってお話ししたいし、それが無理なら手紙のやり取りだけでもしたいと思っているの。
それで、お願いなのだけれど、私へお手紙書くとき、封筒の差出人の名前をあなたの名前ではなく、兄の友人の名前にしてほしいの。
ミラベル・サレ、そう書いてもらえないかしら?
手紙の署名はあなたの名前のままで大丈夫だと思うわ。
それから、出来たらお父様かお兄様伝いにもらえたら確実だと思います。
お兄様たちはあなたの伯父様に時々仕事で会うとおっしゃっていました。
あなたの手紙を伯父様にお願いすることは可能かしら?
お返事は急がないけれど、お手紙いただけると嬉しいです。
私もいつ書けるかわからないけれど、必ず書くわね。
お母様に監視されているのよ、もう嫌になっちゃう。
ノエミ
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「お父様、ありがとう。いろいろ大変だったのね。私のわがままがきっかけでごめんなさい。」
「リラ、君が気にすることじゃないよ。でも不思議なんだ。ジャンやポールがリラに会いたいと言ったり、リラの話をしても彼女は怒ったりしないんだけどね。なぜかノエミがリラの話をしたりリラへ手紙を書くことを許さないんだよ。ノエミに対してだけなんだ。
ローランには私からお願いしておくよ、だから書いてくれるかい?差出人の名前を偽るのは気が引けるかもしれないけれど…ノエミやポールがが言うには本人の了承もとっているそうだ。」
気になっていたことも本人の了承があるのであれば、ありがたくその名前を使わせていただくことにする。
「もちろん書くわ。だって私もノエミとは仲良しのままでいたいもの。」
会えなくなるのは残念だけど…だったらせめて手紙のやり取りだけでも続けたい。
「お父様、お願いがあるのだけど…。」
私はお父様とおばあ様にお願いして、私とノエミ、お父様、ジャンお兄様、ポールお兄様にしか読めないインクを作ってもらうことにした。
おばあ様の授業で使っていたあのインクだ。
インクにお父様から血を分けてもらい加えると、お父様本人とお父様の血を引く兄妹にしか読めないインクが出来上がる。
ノエミの母や使用人が見てもただの白紙でしかない。
今はインクのベースのストックが無いそうで、私がもらえるのは数か月先になるそうだけれどノエミの方法でもしばらくはうまくいくはずだから問題ないそうだ。
この方法でうまくいかなくなったら魔法のインクを使えばいい、そうおばあ様に言われた。
少し後ろめたい気もしたが、私もノエミも悪いことはしていない。
なのにノエミが怒られるのは腑に落ちない。
ノエミを守るためだもの、後ろめたく思う必要なんてないんだ。
「おばあ様、便箋と封筒いただけないかしら?」
おばあ様にいただいてさっそく返事を書く。
今回は普通のインクを使う。
お父様はお母様とソファで寛いでいる。
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ノエミへ
お手紙本当にありがとう。
そんな大変なことがあっただなんて知りませんでした。
もともとは、私のわがままがきっかけよね、あなたに会いたいって。
ごめんなさい。
暫くはあなたに会うのは難しいかもしれないけれど、いつかは会えるわよね?
その時まで、こうして手紙のやり取りを続けましょう。
前みたいに楽しく過ごせる、そんな日が来るのを楽しみにしているわ。
あなたのお母様と私のお母様、昔は仲が良かったらしいのだけど、どうしてこんな風になってしまったのかしら…すごく残念です。
私たちがもっと仲良くなったら、お母様たちを仲直りさせることができるかしら?
そうなったらいいのに、心からそう思います。
伯父様へはお父様がお願いしてくださるそうです。
きっと渡してくださるわ。
念のため、今後手紙の署名もリラと書くのはやめるわね。
私、あるところで「フローラ」と名乗っているの。
私のミドルネームの「フローレンス」から取ってそうつけてもらったの。
だからフローラと署名するわ。
万が一、差出人と違うと言われたらミドルネームで呼んでいることにしたらどうかしら?
だって、中の署名までミラベル様のお名前を借りるのは申し訳ないもの。
お名前かしてくださったミラベル・サレ様にもよろしくお伝えください。
短いけれど、今日はこの辺で失礼するわね。
あなたからのお手紙、楽しみにしているけれど無理はしないでね。
フローラより
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書いた手紙をさっそくお父様に託す。
「ノエミも喜ぶよ。まさかこんなに早く返事が来るとは思っていないだろうしね。」
「リラ、ごめんなさい…。」
なんでお母様が謝るんだろう?
なんだか胸が苦しくなった。
それからノエミとの手紙のやり取りが数回あった。
私が2通送るとノエミから1通来る、そんなペースだった。
そんな中、例のインクが出来上がった。
これがあれば、今まで気を使ってかけなかった内容の手紙も書ける、そう思った。
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リラへ
元気?夕暮れが早いって気が滅入っちゃうわね。
お日様が恋しいわ。
ずいぶん寒くなったけれど風邪なんか引いていないかしら?
もう、お母様ったら嫌になっちゃうのよ。
どんどん監視の目が厳しくなっています。
使用人たちも殆どみんなお母様の言いなりよ。
おちおち手紙だって書いていられないわ。
だからね、この手紙はお友達の家で書かせてもらってるのよ。
ねぇ、リラは将来のこと考えている?
私ね、15歳になったら素敵なレディになるために国立学校に進学しようと思うの。
そしたら、お母様の監視の目が届かない時間が出来るしね。
もし、リラも進学したら、学校で堂々と会えるわ。
良い話だと思わない?
そしたら、私のお友達を紹介するわね。
それとね、私の思いを寄せる彼も進学するらしいの!
毎日、彼の姿を見ることが出来ると思うと、夢の様よ。
お茶会では彼に会えることはないの。
でも、やっぱりお友達に彼の話はちゃんと聞いてるわよ?
彼、お休みもすごくお勉強なさっているんですって。
それを聞いて、私も頑張らなくっちゃ、そう思いました。
リラも、今度お父様に会う時に、進学についてお願いしてみてね。
きっと許可してくださるはずよ。
あなたと同じクラスになれると嬉しいわ。
2年後が楽しみね。
ノエミ
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ノエミへ
お手紙ありがとう。
本当に暗いと嫌よね。
私もお日様が恋しいです。
今日、この手紙は秘密のインクで書いているの。
魔法のインクよ。
お父様本人と、血を分けた子どもや孫だけが読めるの。
まだ孫はいないけれどね。
だから、あなたと私、ジャンお兄様とポールお兄様とお父様にしか読めないわ。
他の人が読むと…読もうとするとね、ただの何も書いていない紙にしか見えないの。
とっても便利でしょう?
私もね、15歳になったら国立学校の入学試験を受けるつもり。
まだ、どのコースを受けるか決めていないのだけど…。
コースが違っても、休み時間には会えると聞いたわ。
毎日あなたに会えるなんて夢みたいね。
あなたのお友達を紹介してもらうのも楽しみです。
私も…数少ないけれどお友達を紹介するわね。
それから、大好きな人も紹介するわ。
彼も、進学する予定なのよ。
だから、ノエミと、ノエミの彼と4人で出かけたりできたらいいなぁなんて思ったりもしています。
この手紙のやり取りもあと2年の我慢ね。
そう思うと、とてもワクワクするわ。
お互い頑張りましょうね。
リラより
追伸。
魔法のインクで読めないはずだから、署名も以前みたいに本当の名前を使うわね。
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綺麗に畳んで封筒にしまい、封をする。
ローランおじ様にお兄様のどちらかかお父様に渡してもらう様お願いした。
読まれたらノエミはどうなっちゃうのだろう、そう思うと思ったことの半分もかけず、差し障りの無い言葉を選んで綴っていたものも、魔法のインクを使う様になってからはそんなこと気にすることもなくスラスラとペンが動いた。
なので、日常で起こった、たわいの無い出来事や、恋の話などのちょっと恥ずかしい内緒の話も書けた。
そうやって、手紙を送る回数を重ねていったが、なぜかノエミからは一向に返事が来ない。
きっと、ノエミのお母様がノエミの行動を逐一監視し、手紙を書く事が出来ないのだろう。
そう私は楽観していた。
私のこれらの手紙のせいで、ノエミを怒らせ、お兄様たちに信じがたい現実を突きつけていたなんて知らずに…。
新しい年を迎え、冬の寒さがピークになって来た頃だった。
私には手紙を書く余裕が無くなってしまった。
ずっと小康状態を保っていたお母様の体調が急変した。
血液浄化魔法をかける回数が増え、回復魔法や治癒魔法、効きそうなものは全て試した。
1日中付きっきりで、治療した。
私が治療院に通うことは難しくなり、院長先生が時間を見つけては我が家へやって来る様になっていた。
院長先生だけではない。
おじい様やおばあ様、お父様もアルフレッドおじ様も毎日の様に訪れていたし、時々マティユ陛下もアンヌとアルを連れて来た。
お休みの日にはヴィクトリーヌ様やマルグリットさん、フレッドも来てくれた。
みんな、一生懸命お母様を励まして、笑顔にしようとしていた。
寒さが少しずつ緩み、春の訪れを感じられる様になると、お母様の体調は少し落ち着いたように思われた。
少しで有れば、散歩も出来た。
アルフレッドおじ様の勧めで、おじ様の住むお城で、お母様と私、おじい様、おばあ様はしばらく暮らすことになった。
お父様とおじい様はそこから毎日出勤した。
ローランおじ様も2日に1度はお城に泊まっている。
相変わらず院長先生は毎日、お母様の様子を見に来て、私に指導してくださった。
どの術を度にタイミングでかけるべきか、お母様の体調に合わせてアドバイスをくださった。
私は必死で日に何度も血液浄化魔法、回復魔法、鎮痛魔法をかけた。
私の使える治癒・回復系統の術はフルで使っていたし、光の精霊と結の精霊にお願いして、常時お母様を護ってもらっていた。
魔術だけではどうにもならず、精霊術をも併用していたが、無意識のうちにお母様に施術していることもあった様で、倒れる寸前でアルフレッドおじ様やおばあ様、ローランおじ様に止められることもしばしばだった。
実は暖かくなってお母様の体調は落ち着いたわけではなかったのだ…。
私達を安心させようと、辛いのを我慢して、無理をしていたらしい。
それにアルフレッドおじ様は気づいていたから、みんなを自分の元へ呼び寄せたのだった。




