子どもの教育と母の思い
「つまり2人とも精霊魔術師の素質があるということだろう?」
精霊の力を借りて術をかける精霊術師、自身の体内に存在する魔力を使い術をかける魔術師。
そのハイブリットともいえる精霊魔術師。
精霊術師も、魔術師も能力の差はピンキリであるがそれなりにいる。
しかしそれが両方使える精霊術師となると数は一気に減るのだ。
ちなみに、アルフレッドとマルグリットは精霊術師、ジュリエッタは魔術師、フローレンスとローランが精霊術師よりの精霊魔術師で、ヴィクトリーヌが魔術師よりの精霊魔術師である。
「素質があるとはいえ、あまり若いうちからみっちり教えるのも如何なものかねぇ。フレデリックは6歳でリラは5歳だろう。いくらなんでも私たちが教えるのは早すぎる気がするね。」
「そうね。5年後を目処に精霊術、魔術を実技でそれぞれ教えましょう。それまでに私たちが教えずとも母親たちでそれぞれ教えられることも勝手に習得するものもあるでしょう。それぞれの進み具合によっては前倒し、ということも視野に入れて様子を見る。これでどうかしら?」
ヴィクトリーヌの問いににフローレンスが答えた。
「それから、語学に関してだけれど。エムロードゥ語に関してはそれぞれ母親が読み書きは教えること。エルフ語はそのうち余所で2人教える予定があるだろうから、フレデリックとリラも一緒に…むしろリラは私の助手になるかしらね?まぁ、先方に伺って問題がなければまとめて教えるわ。きっと、先方も反対はしないはずよ、グループレッスンの方がきっとはかどるだろうし。」
「今後のことを考えると、ほかに教えなくてはいけないこともあるのでは?世間とは離れて暮らしていますが、一応リラは伯爵家の令嬢ですからね。フレデリックだって同じでしょう。ガルニエ伯爵家のご子息ですよ?」
ローランの指摘に、そういえばそうだったと納得する一同。
「そちらに関しても、同じところで教える予定がありますからね。先方に伺っていい返事をいただけたらマナー・立ち振る舞い・ダンスのレッスンも私とローランで教えましょう。」
そうフローレンスが纏めると、マルグリットが畏まって言った。
「この場を借りて、此処にいらっしゃる皆様にお願い申し上げます。リラをどうぞよろしくお願いいたします…。」
「マルグリット…あなたやっぱり最近調子悪いのね…ずっと様子がおかしいと思っていたのよ。あなたの精霊もなんだかいつも様子がおかしいし、顔色だって、化粧でだいぶごまかしてるでしょう?」
ジュリエッタの指摘に、弱々しく微笑むマルグリット。
「気づかれないようにしていたのだけれど、やはりあなたは鋭いわね。」
「今は私が日に数回回復魔法をかけているのだよ。それがあれば今は普通に生活できる。一時期よりもかける回数も減って落ち着いているんだ。」
ローランの言葉に、ジュリエッタはショックを受けた。分かっていたことではあるが、親友の兄の真剣な言葉に初めて現実を突きつけられたような気がした。
「マルグリットは、おそらくリラが成人するまで生きることはできないのだ。私の技術と知識の限りを尽くして作った薬を使ってもな。もちろん最善は尽くすつもりであるが、こればかりはどうすることもできない。私の寿命を分け与えることができたらどんなにいいだろうか…」
アルフレッドが言った。この世界で成人というと、15歳。10年後だ。
沈黙が皆を襲う。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。子どもが欲しい、リラを産みたいと言ったのは私です。子どもが欲しいと言った時点で、ここにいる全員に反対されました。それでも欲しいと願い、産んだのは私の我が儘です。こうなることだってわかっていたのに、皆様にご迷惑をおかけするのは分かっていたのに、私が選んだ道です。自分で責任取れないくせに、人任せしなくてはいけなくなるのが目に見えていたのに…。でも、後悔していません。私は幸せです。あの子が笑っているだけで、そばにいてくれるだけで、産んでよかったと思えるのです。そして、リラのためにこうして集まって下さる、気にかけて下さる皆様がいることが幸せです。自分勝手なのはわかっています。リラにさみしい思いをさせることも、つらい思いをさせるであろうことも分かっています。それでも後悔していません。
でも、私がいなくなった後も、リラが幸せと思えるように、やりたいことをやらせてあげられるように、選択肢を増やしておいてあげたいのです。精霊術も、魔術も、貴族のたしなみも、その他の知識、技術もなるべく身につけさせてあげたい。私がいなくなってもさみしくないように、頼れる人たちを、心を開ける人たちを、温かく教え導いてくれる師を、支えてくれる友人があの子には必要なのです。私の力だけは無理ですし、あの子一人でどうにかさせるのも心苦しいのです。過保護かもしれませんが、皆様にご協力いただきたいのです。導いて、支えていただきたいのです。」
マルグリットが必死で言葉を紡いだ。
「そんなこと言わないでほしい。謝らないでほしい。私だって君との子供が欲しかったんだ。私の責任でもあるんだ。私だって、こうなることは分かっていたんだ。でも、本当にリラを産んでくれたことに感謝しているよ、普段からは会えないけれど、幸せだ。でも、私は何もできないんだ、無力なんだ。あの子を愛してあげることくらいしかできない…。情けないよ。」
リラの父であるジェラールが切なそうに言った。
「そんなこと言ったら、責任は私にあるのよ。あなたを丈夫に、健康に産んであげることができなかったんだから…自分はまだ100年、200年それ以上生きられるというのに、自分の娘は10年後にここにはいることができない…助けることができないなんて…。自分の残り数百年の寿命と引き換えにあなたに数十年の命を与えることができたらどんなにいいか…。」
フローレンスもそうつぶやいた。
「でも結局のところ、どうすることもできないんだ。嘆いても、憂いても、何も変わらない。堂々巡りなんだよ。だったら、マルグリットの望むとおり、リラのために私たちのできる最善を尽くすまでだ。リラを教え導こう。知識や技術を与えよう。でも、それを身に着けることができるかはリラ次第だ。私たちはあの子を受け入れる覚悟ができている。しかし、あの子が私たちへ心を開くか、頼ってくれるか、それはあの子が決めることだ。だから、あの子がそうできるように、私たちとあの子の関係を、よい関係を残りの時間で築き上げていくべきだと思うんだ。」
ヴィクトリーヌの言葉に、皆が頷く。
「マルグリット、それからジェラール、こんな話を今二人にするのはいかがなものかと思うんだが。でも私と妻にとっては大切なことだからね。
マルグリッドが亡くなって、リラが望むなら、リラを私たちの養女に迎えたいんだ。申し訳ないが、ジェラール、君は信頼できるよ、でもね、君のもう一人の奥さんの近くにリラを置いておくのは正直心配でね。マルグリットのこともリラのこともあまりよく思っていないようだし…。もし、私たちの養女に迎えたとしても、今まで通り、いや、君が望むならばそれ以上でも構わない。いつでもリラに会いに来て構わないんだ。どうだろうか。」
テオドールが心苦しそうにジェラールに告げる。
「いいんです。リラにとってはその方がよい環境であるというのは私も理解しています。妻についても否定はしません。ですが、やはりリラは私の娘ですから、せめて成人するまではどうにかしてあげたい気持ちもあります。ですので、猶予をいただけないでしょうか。1年、いや半年でも構いません。その間、リラにとって良くないと判断されるような環境でしたら御義両親に育てていただくべきだと思います。また、半年たたずとも、私がその方がリラのためになるようであればこちらからお願いすることになると思います。私が不甲斐無いのがいけないのですから…。」
真剣な顔で、少しさびしそうにジェラールが答えた。
「リラがもう少し大きくなったら、折を見てマルグリットの体のことは話すべきだと私は考えているのだが皆はどうだろうか。私の薬に関する知識と技術もリラに与えたいと思っている。できればフレデリックにもだ。そして、リラにも、マルグリットの治療に関わるべきだと思うのだが、それに関して皆の意見が聞きたい。」
アルフレッドは皆に問いかけた。
結果、しばらくは薬の材料の採集と、回復・治癒魔法の習得から始めることになった。それらの進み具合を見て、調合に関する知識や技術を教えるということで皆が納得した。
やはり、皆がリラも治療に関わるべきだと思っていたし、マルグリットの残された日々を今すぐには無理でも、徐々に受け入れさせるべきだと思っていた。
幼いリラには酷なことかもしれないが、何も知らされず、ある日突然母を失う方がもっと残酷だということは誰もが感じていた。
「そうしたら、リラはここで今まで通り森に通い、回復・治癒魔法の習得を目指しつつ今までのように過ごす。きっとほかの魔法も今日の件をきっかけに勝手に覚えると思いますので気づいた大人がその都度指導する。読み書きその他必要なことはマルグリットが教える。マルグリットの体調についてはリラだってそのうち気づくだろうから、本人が説明を求めたらきちんと事実を教えること。
フレッドは少なくとも週に1度は森へ行くべきでしょう。せっかく見えた精霊も触れ合わなければ見えなくなってしまいます。私かテオドールのところに連れてきてもらえればいいわ。読み書きその他必要なこと…剣術はこれから父親が教えるのだったかしら?、そういったものは親が教えること。
エルフ語とマナー云々の件だけど、私の教える予定の兄妹、兄がフレデリックと同じ年で妹がリラと同じ年なんだけれど、彼女が7歳になったら教えるという約束をしているわ。2年後の秋からね。なのでそれらは、2年後の秋から私とローランが教える。
そして、5年後を目処にその他精霊術や魔術などを私とヴィクトリーヌで教える。
薬学に関しては必要に応じて兄―アルフレッドが教える。
今後についてはこういった形で進めていく、これで異論はないわね。
また何か話し合うべきことがあったら集まりましょう。」