思い出の場所
12月のある日、丘の上の寺院へ出かけた。
寺院のテラスからの眺めは素晴らしく、王都が一望出来る。
2人は私に思い出話や、見える風景の解説をしてくれた。
アンヌとアルの住む王宮も、フレッドの通う士官学校も教えてもらった。
寺院はステンドグラスも天井画も美しく、とてものんびりとした時間が流れていた。
寺院前の広場で焼き栗を売っているのを見つけてはしゃぐお母様を見て、お父様は焼き栗を買って私とお母様に渡してくれた。
ホクホクで素朴な甘み。
お母様の顔がほころぶ。
それを見たお父様と私の顔もほころぶ。
お父様とお母様は着いてすぐはとても懐かしそうにいろんなところを眺めていた。
しかし焼き栗がきっかけであっという間に2人の間に流れる時間は20年前に戻ったらしい。
その姿は夫婦では無く恋人だった。
私は2人から離れる。
せっかくだもの、そのまま学生時代の2人に戻ったままで楽しんでもらおう、そう思った。
お母様の体調のこともあり、3人だけでの外出はおじい様とおばあ様に許可してもらえず、護衛が付けられている。
おじい様が手配して下さったのは、以前フレッドとアルが王宮で剣術を習っていたブランシャール近衛副隊長。
今日はお休みのところわざわざ来て下さっている。
それから、院長先生もいる。
私は院長先生とお話をする。
ブランシャール氏は引き続きお父様とお母様の護衛をするそうだ。
「リラ、ご両親と過ごさなくていいのかい?」
院長先生はわかっている癖にそんな事を聞いてくる。
意地悪だ。
「私が2人に気を遣っているのを知っていて仰ってますよね?」
「わっはっは。面白い事を言うね。子どもらしくないぞ?」
「酷いです。先日は、私とフレッドに腕枕でお昼寝させたのに子ども扱いですか?」
「すまん。両親に相手にされなくて拗ねてるんじゃないかと思ってからかってみただけだ。」
「拗ねてません…。」
からかわないで下さい!
そう言いたいのをぐっと堪える。
あまりむきになると余計子ども扱いされそうだもの。
お父様とお母様は寄り添い、とても幸せそう。
「リラがフレデリックに甘えてる時もあんな感じだよ。母娘そっくりだ。いや、フローレンスもテオドール相手にあんなだったからなぁ。3代に渡って見事に似ているね。」
あの時見られていたんですか?!
恥ずかしい事思い出させないで下さい…。
そんな思いを目で訴える。
しかし、そんな視線もいつもの飄々とした態度で全く相手にしてもらえなかった。
院長先生はご結婚されていないらしい。
若い頃はすごくモテたと思う…男前だし、よく気がつくし、優しいもの。
ご結婚されていないのが不思議だ。
「ところで、院長先生はなぜご結婚されていらっしゃらないんですか?若い頃はさぞおモテになったのではないのですか?」
ストレートに疑問をぶつけた。
「若い頃か…そりゃあ女性にはしょっちゅう口説かれたよ。」
やっぱり…モテる事に対して全く否定しなかったのがちょっと意外だったけれど。
「結婚ね…真面目に考えたし、結婚を約束した女性はいたよ。生涯愛したのは彼女だけ、そう言い切れる位愛していたんだけどね。人生そうは上手く行かないんだよ。相手のご両親に反対されてね…強硬手段に出たら逆効果でこの有様だ。彼女との間に娘が1人。父親だと名乗れてはいない…。
この事はここだけの話にしてくれるかな?あまり体裁の良い話では無いからね。
そんな経緯があって若者の恋路を応援したくてちょっかい出してるというわけだ。はっはっは…。」
院長先生の意外な秘密。
「恋の駆け引きが得意だというわけではないからね。ただの年の功だ。それにフローレンスとテオドールとの付き合いは長いから、結の精霊についても君達よりも色々知っている。精霊の影響を軽く見てはいけないよ。特に君の身体に及ぼす影響は甚大だ。君に倒れられては困るんだよ。
…なんて脅したら可哀想だね。私が君達をフォローできるうちは大丈夫だから安心しなさい。」
色々考えてしまってこの後のことはあまり良く覚えていない。
でも、お父様もお母様もとても幸せそうだったからそれで良しとしよう。
1月のある日、図書館へ行った。
よくここで待ち合わせをして一緒に勉強したそうだ。
3月のある日、川の中州に立つ教会へ行った。
教会前の広場にはたくさんの鳩がいた。
私たちが行った時、ちょうど結婚式を挙げている夫婦がいた。
うっとりと新郎新婦を眺めるお母様の顔が印象的だった。
4月のある日、緑の丘の湖でボートに乗った。
私は両親と同じボートに乗るのは辞退して、我が家の執事のシャルルと一緒に乗った。
6月のある日、川沿いを散歩した。
そこには古本を扱う露天商が立ち並び、両親は学生時代の思い出話をしながら時々立ち止まり本を眺めていた。
7月のある日、ソルベを食べに行った。
ソルベを食べながら昔話に花を咲かせるお母様はまるで少女の様だった。
1〜2ヶ月に1度のペースで思い出の場所に出かけていた。
そこには今まで見たことのないお母様がいた。
9月のある日、美術館へ出かけた。
元々は宮殿だったそれは建物はもちろん、庭園も広大で、敷地内には国立の絵画彫刻芸術院も設置されている。
お母様が好きだという絵画や工芸品を見て、館内を適当に巡った後、庭園へ行くとフレッドと院長先生がいた。
「リラ、フレデリックと散歩しておいで。」
院長先生がお母様の様子を見て、血液の浄化もしてくださると言うので、甘えさせてもらうことにする。
こうやってフレッドと王都で会うのは初めてだ。
初めての森以外でのデート…?
そう意識したら急にドキドキする。
「昨日、学校にシャルロワ伯爵がいらしていたんだよ。上級生の授業見に来ていたらしくて。それで今日のお誘いを受けたんだ。」
フレッドのエスコートで庭園を散歩する。
何度も来たことある場所だそうで、フレッドはなかなか詳しかった。
「きっとね、お父様とお母様は2人になりたかったのよ。もう見てられないくらい仲よくしてるのよ?きっと結婚前に戻った気分なのね。娘としてはちょっと複雑だけど、お父様もお母様もすごく幸せそうだから…そういうのも親孝行かなと思って。きっとそんな私にお父様が気づいて、私が退屈しないようにフレッドを誘ってくれたんだわ。今日は来てくれてありがとう。」
後でお父様にお礼言わなくちゃね。
フレッドがはにかむ。
「ここ、石畳の凹凸が割と大きいから気を付けて。」
そう言って、彼の右手は私の右手を取り、彼の左手を私の腰に回し支えてくれる。
フレッドって、こんなに紳士だったかしら?
いつもは私から抱きつくことが多いけれど、フレッドからこうやって密着してくれることってめったにない。
以前に増して身長も伸び、体つきも逞しくなっていることを感じた。
私だって、それなりに身長も伸びてるし、身体だって少しだけど女性らしくなってきている…初潮も13歳になり無事迎えたけれど…いろんな意味でまだまだコドモっぽい…というかコドモだ。
フレッドだけじゃなくて、アンヌもアルもどんどん大人っぽくなっているのに、私だけお子様でちょっと凹む。
身長はおばあ様からの遺伝かもしれないけれど…おじい様もお父様も長身なので希望を捨てきれない。
アンヌは私よりも15cmは高いし、フレッドは25cm位?アルに至っては30cmは違うだろう…。
おじい様もお父様もアルとほとんど変わらないんだから私だって…。
そんな事考えていて足元に気を付けていなかったせいか躓いてしまった私は足首をひねってしまった。
「痛ッ…。」
フレッドが支えていてくれたお蔭で無様に転ぶことはなかったが、無理な姿勢のせいで足首を痛めてしまった。
普段通りに…歩けない?
急に体が浮き上がる。
「フレッド?大丈夫よ、すぐ治癒魔法かけるから。」
私はいわゆる『お姫様抱っこ』をされていた。
恥ずかしい。
庭園に居合わせたどこかのご婦人方にクスクス笑われる。
「ねえ、下して。恥ずかしいわ。」
「でも足首痛めたんだろう?ここは足元が悪いからまた転んだら大変だよ。治癒魔法かけるにしてもここじゃまずいし、目立たないところへ行かなくちゃ。リラを落とすと悪いから僕の首に手をまわしてくれる?」
フレッドは耳元で囁いた。
治癒魔法云々については人に聞かれたくない内容なので、耳元で囁かれるのは仕方ないのだけど、人目もはばからずいちゃいちゃしているみたいで居心地が悪い。
「恥ずかしいかもしれないけれど、落ちるといけないから、さあ。」
再度首に手を回すよう促され、恥ずかしながらそれに従う。
「若いって本当に羨ましいわ。」
ご婦人方のそんな会話が聞こえた。
フレッドは人気のない場所まで私を運ぶと、ゆっくりとベンチに座らせてくれた。
「ずいぶん腫れてるけれど大丈夫?痛いだろう?」
フレッドはそう言って氷の魔法で冷やしてくれた。
「大丈夫。そんなに痛くないから。」
嘘じゃない。
恥ずかしさで痛みをあまり感じなかったのだから。
私は治癒魔法をかけた。
あっという間に腫れが引き、すっかり元通りだ。
痛みも全くない。
「フレッド、ありがとう。もうこれで治ったから本当に大丈夫よ。氷で冷やしてもらって気持ちよかったわ。」
そのとき、背後でガサガサとなにか動く音がしたので振り向くと、2つの影が動いたような気がした。
急に怖くなった。
フレッドは様子を見ようと立ち上がろうとした。
私はとっさにフレッドの腕にしがみついていた。
「行かないで…。」
見上げる私に優しく微笑んでまた隣に座ってくれた。
「そろそろ戻ろうか。」
暫くしてもう気配がないことを確認したフレッドは立ち上がり、再び私をエスコートしてくれた。
馬車でフレッドを寮まで送り届け、おじい様の家へ行く。
お茶を頂いた後、お父様に私だけが呼ばれ、2人だけで話をした。
私はフレッドを誘ってくれたお礼を言う。
「リラにそう言ってもらえて嬉しいよ。そんな話の後に…非常に言いづらいことなんだが…以前の様にノエミと会うことが難しいんだ。」
去年のこの時期に会って以来、ノエミとはとことん予定が合わず手紙のやり取りだけが辛うじて続いていた。
それも段々やりとりする頻度が減っている。
「私も悪かったんだ。ノエミの母親に内緒で2人を会わせていたんだよ。それを見つかって、彼女がものすごく怒ってしまってね…昔はリラのお母様とも仲が良かったんだが、ちょっとした手違いで…一方的にノエミの母親がマルグリットを拒絶していてね…。どうにか説得しようとしたんだがかえって逆効果だったようで…ノエミもすごく残念がっているんだよ。リラに会いたいって。手紙も監視の目が厳しくてなかなか書けないようでね。今日手紙を預かってきたんだが…。詳しくはそちらに書いてあるはずだよ。」
お父様は1通の手紙を私に差し出した。




