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腕枕とカメレオン

「リラ、久しぶりだね。元気だったかい?」

朝、自室のドアがノックされたのでドアを開くと、ニコニコ笑うお母様の隣にお父様がいた。

「お父様!?」

お父様に会うのはすごく久しぶり。

ノエミに会った時以来かしら?

「少し前に仕事で外国に行っていてね。戻ってきてからも忙しくて顔を出せなくて…ごめんよ。」

お父様は笑っているのに、なぜかとても悲しそうに見える。


「お父様、お願いがあるの。お部屋に入っていただいてもいいかしら?」

そう言ってお父様の手を引くと、お母様は笑顔で支度をしてくるから、そういって彼女の自室へ向かっていった。

普段あまりお願いをしない私に、お父様は少し戸惑っていたようだったが、部屋へ入ってくれたので私はドアを閉めて鍵をかける。

念のため、会話が聞こえないように魔法をかける。

これも院長先生に教えていただいた術だ。

「リラ、お願いって何かな?」

困った顔のお父様に、ノエミ宛の手紙を渡す。

「これを、ノエミに渡して頂きたいの。いいかしら?」

「ああ、もちろんだよ。」

そう言って受け取るお父様の顔を見つめる。

目が、いつもと違う。

「お父様、お母様のこと聞いたのね…。」

ドキリとしたのだろう。

お父様の表情が強張った。

「…あ、ああ。リラは鋭いな。今朝、リラのお祖父様から伺った…。前々から分かっていたこととはいえ、実際その時になってみるとなかなか受け入れられなくてね…。」


こんなお父様の顔は見たことがなかった。

いつものお父様は明るいし、優しい笑顔で微笑んでくれる。

なのに今は俯き、伏し目がちで…いつもはキラキラと輝く瞳にも光が無く、今にも泣き出しそう…。

「なるべくお母様に会いに来てほしいの。そばにいてあげてほしいの。難しいのは分かっているけれど、仕事の忙しくない時だけでもいいから…。それとね、3人でどこかへ出かけたいのだけど無理かしら?遠くなくていいから、お母様のどこか好きな…お父様とお母様の思い出の場所。私も行ってみたい。これが本当のお願い。」

我が儘かもしれないけれど、今ならまだそれが可能だから…。

「わかったよ…何処へ行きたいかは後でマルグリットと相談してみる。リラ、そろそろ支度をしないと皆を待たせることになるよ。」

支度をした私は、自分とお父様に光の精霊魔法をかける。

お父様の顔に穏やかな笑顔が戻った。

「リラ、ありがとう。マルグリットも若いころ私によくかけてくれたよ。…それじゃあ行こうか。」

2人、笑顔で部屋を出た。







虹色の扉の前には、お母様、ローランおじ様、それからフレッドと院長先生が待っていた。

おばあ様はアンヌとアルのお迎えに行っているそうだ。

ついつい癖で私が思わずフレッドに抱きついたら、毎度の事ながら、すかさずローランおじ様に引き離された。

「リラ、やめなさい。」

昔は私がハグするとローランおじ様はいつでもウェルカム!な感じで喜んでくれたのに…フレッドにはダメだなんて不公平じゃ無いかしら?

そう思って少し反抗の意味を込めてふくれっ面でおじ様を見たら、おじ様の顔がすごく怖い…。

「ローラン、見苦しいぞ。」

院長先生が苦笑いする。

「娘が…婚約者とはいえ、目の前で男に抱きつく姿は正直複雑だね…。ローランの気持ちもわからなくないが…もうそろそろ大人になってもいいんじゃないかな?世の中にはこの位の歳で結婚する子もいるわけだし…ハグなんて可愛いものだろう?…でもリラ、出来たら私の見えないところでやってもらいたいな。」

お父様も苦笑いしている。

結局2人ともヤキモチ妬いてるのね?

あれ?フレッドの顔が赤い…すごく焦ってる?しかもお父様に平謝り?おじ様にも謝ってる?


「まぁ、彼らは放っておいて私たちは先に森へ行こうじゃないか。」

院長先生にそう言われ、お母様と私は先に森へ行くことにした。

でも置いてけぼりに気付いた3人は直ぐに追いかけて来た。

アンヌとアル、そしておばあ様も一緒だった。


森へ着くとフレッドは院長先生に連れられてどこかへ行き、アンヌはローランおじ様を追いかけて行った。

アルはお父様と面識がある様で話し込んでおり、私はおばあ様とお母様と昼食の準備をすることにする。

3人だけで厨房に立つのはもしかしたら初めてかもしれない。

おばあ様はとても手際が良い。あっという間にあらかたの準備が整ってしまった。

「せっかくだからジェラールと3人で親子水入らずの時間を過ごしてらっしゃい。」

そう言っておばあ様に厨房を追い出された私とお母様は、お父様と合流して特に何をするでも無くのんびり過ごした。

アルはアルフレッドおじ様に呼ばれて行ってしまったそうだ。


「こんな過ごし方をするのは随分久しぶりだね。」

「そうね、あなたもリラもとても忙しいものね。」

「リラが産まれる前はよくこんな風に何もせずのんびり過ごしたね…。」

「学生時代もデートと言えばだいたいこんな感じだったわよね。…フフフ。」

「そうだね…懐かしいなぁ…。あの頃行った場所へ今度行ってみないかい?」

「いいわね、近いうちに行きましょう。どこがいいかしら?」

「私も連れて行って。いいでしょう?お父様、お母様?」

「もちろん、リラも一緒に3人で行こうか。それでどこにしようか?何カ所か候補があるもんなぁ…。美術館?丘の上の寺院?教会前の広場?湖のボートにもよく乗ったね。」

「せっかくだから、全部行きましょうよ、ジェラール、時間作ってもらえないかしら?」

「マルグリット、どうしたんだい?欲張っちゃって。君にしては珍しいな。でも、もちろん賛成だよ、思いつくところに順番に行くことにしよう!」

お父様とお母様はとても楽しそうだった。

お父様はとても自然に、私のお願いを叶えてくれようとしていた。

しかも、私の望む以上に…きっと、それはお父様とお母様の願いでもあったのだろう…。


『そろそろ彼のところに行ってあげたら?』

久々に聞く精霊さんの声。

最近、魔術の方にばかり力を入れていたことを思い出し、少し反省する。

「私、フレッドのところへ行ってくるわ。精霊さんもそう言ってるの。」

お父様とお母様に声をかけて…その前にお母様に血液浄化と鎮痛の魔法をかける。

毒素は、とりあえず見えないところにしまって…ついでに光と花の精霊魔法をかける。

キラキラの光を纏わせた花弁を2人のまわりに降らせる。

気持ちを穏やかにする光の精霊術をカモフラージュする為に花弁を使ったのだけれど、とても綺麗。

「綺麗ね…。」

お母様がにっこり笑ってくれた。

「リラ、ありがとう。行っておいで。」

照れ隠しのように、そこらじゅうに撒き散らしながらその場を離れた。



「そういう気遣いが大切なのだよ。病は気から…そう言われるように、気持ちが大きく病状に関わるからね。上手いこと誤魔化しながら術をかけたね。流石私の弟子だ…なんて言ったら自画自賛だね。とはいえ、君に精霊術を教えたのは私では無いがな、わっはっは…。」

院長先生にもキラキラの花弁の精霊術をかけ、にっこり笑う。

「積もる話もあるだろう?あれ、無いかな?しばらく2人で過ごすといい。精霊の欲求も満たしてあげなさい。今日は小春日和だから、外で昼寝するのも気持ちがいいぞ。そのブランケットを使うといい。それじゃあ私はお暇するよ。」

そう言って、魔法でブランケットを2枚出して下さり、私とフレッドは光のシャワーに包まれた。

急に眠気に襲われる。

「フレッド、私すごく眠いわ…。」

「リラ、僕もだよ…。」

フレッドが1枚のブランケットを地面に引いてくれて私はそこへ座る。

そして、もう1枚のブランケットを膝にかけてくれた。

「フレッド…隣に座って…何もかけないと…風邪ひいちゃうもの…」

もうダメだ…目も開けていられないほど眠い。






目を開けると、視界の少し上の方にフレッドの顔があった。

しかもすごく近くてドキドキする。

私の心臓の鼓動で彼が起きてしまわないことを願う。

こんなに睫毛長かったんだ…彼の穏やかな寝顔はとても美しい。

見惚れてしまった。

こんなに整った顔していたかしら?

どちらかと言えば整ってはいるけれど、愛嬌のある可愛らしい顔、私の中のフレッドは二枚目というより三枚目なイメージだったんだけど…。

そんなことを考えていたらフレッドも目が醒めた様だった。

彼のグレーがかったブルーの瞳には私が写っていた。

やだ、私、彼に腕枕してもらってるの…?重くないかしら?

え?でも…どういうこと?いつの間に腕枕?

顔がどんどん熱くなる。

フレッドもそうだったらしく、みるみるうちに顔が赤く染まってゆく。


状況がうまく飲み込めない。

私も、恐らくフレッドも混乱していた。


でも、すごく心地よくてこのままで居たかった。

「もう少し…このままで…居てもいい?」

彼は優しく微笑んで頷いてくれた。

私も微笑みを返す。


暫くすると、フレッドが私から視線を逸らした。

フレッドの視線を追って、空へ目を向けると、ドーム状の結界が張られている。

この雰囲気は…院長先生の魔法?

もしかして擬態の効果のある障壁…先生がカメレオンの障壁と呼んでいるものだろうか…。

あの光のシャワーにこのドーム状の障壁。

「ピエール氏…」

フレッドが呟いた。


それからも少しの間そのままで過ごした。

「腕、痛くない?私の頭重くないかしら?」

「平気だよ。毎日かなり鍛えられているから。リラこそ、首痛くない?」

「ううん、大丈夫よ。」

思わず笑みが零れる。

フレッドの手が私の頭を撫でる。

こんなに大きな手だったかしら?

袖口から時々のぞく虹色の石はとても輝いていた。

頭を撫でていた手が、頬に触れる。

温かく心地いい。

「リラ、辛いことや苦しいことはない?」

「今は大丈夫。あなたのお陰で強くなれたもの。」

「この前言ったこと覚えている?」

「ええ。でも、本当に今日は大丈夫よ。辛くなったら、きちんと言うわ。その時は、よろしくね?」

「もちろんだよ。」

柔らかな唇が触れた。

「そろそろ起きようか?」


私達が立ち上がるとブランケットも障壁も音を立てずに消えた。

2人で近くのベンチへ腰を下ろす。

「リラ、この前はありがとう。すごく美味しかったからあっという間になくなってしまったよ。かなりエドとルイに食べられてしまったせいもあるけれど…。

この筆入れは一度返すね。食器は一応洗ってあるよ。魔法の練習はこういうことくらいでしか出来ないから…すっかり食器の片づけや洗濯が得意になったよ。」

「喜んで貰えて嬉しいわ。また次回これに入れて渡すわね。今度はもっとたくさん作るわ。

この間よりたくさん詰めたけれど足りるかしら…今日も持って行ってもらおうと思って用意したの。今回はお菓子も入っているわ。足りなかったらごめんなさい。」

小ぶりな袋を渡す。

袋は小さいけれど、中身はこの前よりも3割り増しくらいの量が入っている。

「リラ、本当にありがとう。大切に食べるし、出来たら分けたくはないんだけどそういうわけにもいかないから…彼らにもそうさせるよ。これがあったら、どんなにキツくても頑張れる。」

そう言ってもらえると頑張った甲斐がある。

また明日からコツコツ作りためよう。


「おはよう。ぐっすり眠れたかな?」

声がした方に顔を向けると院長先生が立っていた。

やっぱり先生の魔法だったのね。

「もしかして…。」

「ああ、私が腕枕させといたぞ。初めからそうやって一緒に眠ればいいものを…。それとあれがさっき話したカメレオンの障壁だよ。」

院長先生がいたずらっぽく笑う。

途端に顔から火が出そうな位熱くなる。

こんなこと先生にされるのはちょっと意外だった。

「大丈夫だよ、私しか見ていないからね。ローランが見たら大騒ぎだっただろうね。カメレオンって便利だろう?昔は私もよく使ったものだよ。」

ハハハと笑う先生、確かにおじ様に見られていたら即起こされてフレッドは災難に見舞われたはず。

今のこの状況でも恥ずかしいのに、そんなの困る…。

「ほら、よく見てご覧?精霊たちもこんなに元気だよ。時々結の精霊(こいつら)のご機嫌とっておかないと暴動起こすからね。添い寝は効果的だって昔聞いたことがあってな。」

それであの状況だったのね…。

精霊の件については納得せざるを得ないが…いまいち腑に落ちない。

だってもっと恥ずかしくなってきたんですもの…。

「そうだ、昼食にするから呼びに来たんだった。皆待っているぞ。さぁ、行こう。」






皆で遅めの昼食をとった後は、久しぶりにアンヌとアルも加わり4人で過ごした。

「リラ、なんだかすっきりした顔になったわよ?何かいいことあった?」

アンヌに質問されるが、あんな状況だったことはとても言えるはずもなく、それどころか思い出して顔が赤くなるのを感じる。

「あら、リラだけじゃなくフレッドまで…しかもフレッドなんて耳まで真っ赤よ?何かあったわけね。はいはい、ごちそうさま。」

わたしもローラン様と何かあればいいのに、なんてアンヌがつぶやいた気もするけれど、こちらは恥ずかしくてそれどころじゃない。

「アル?どうした?調子悪いのか?」

フレッドがアルに声をかける。

確かに顔が暗い。

「え?あ、ああ…何でもない。体調もいつも通りだ。」

そう言って笑うアルは確かにいつも通りだった。


それからお互いの近況報告をした。

フレッドから学校での話を聞いたり、アルから政治の話を聞いたり、アンヌもここで過ごす毎日のことを話した。

私はというと、アンヌがここでの話をしてくれたので治療院のことを話した。

近況報告が終わるとたわいない話になり、あっという間に時間が過ぎる。

こんな風に4人がそろうのは3か月ぶりなのに、全然そんな感じがしない。

まるで昨日もそうやって集まっていて、明日もこうやって会えるんじゃないかという気さえした。

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