穏やかな気持ち
私はお母様に手伝ってもらって、お菓子や軽食を何種類か作った。
お父様やお兄様にいろいろ聞いていたので、口当たりの良いものを選んだ。
フルーツタルト、マロンパイ、ブランマンジェ、フラン、キッシュ、ケークサレ、ブリオッシュなどなど。
もちろん私が作るので、卵もバターもミルクもつかわない、エルフでも食べられるもの。
育ちざかりの男子には物足りないかもしれないけれど、フレッドは食べなれているし、寮でも食事は出ているから問題ないと思う。
今まで作る度に魔法をかけてとっておいたものと同じように時間停止の術をかけて容量を大きくした小ぶりの袋に入れていく。
フレッドの分だけでなく、2~3人でも食べられるように入れたけれど、少し多く作りすぎたようだったので、アンヌとアルにもおすそ分けする。
お母様にお願いしてアルフレッドおじ様とローランおじ様にもおすそ分けした。
「これ、よかったら2人で食べてね。」
アンヌにバスケットを渡す。
因みにこのバスケットは普通のバスケット。
容量を大きくした物は慣れていないと扱いが面倒だし、たいした量でもないのでやめた。
「ありがとう。フルーツタルト!私これ大好き。王宮の料理人が作るものよりリラのデザートの方が好きなの。」
中を確認したアンヌが歓声を上げる。
「こんなに作るの大変だったんじゃないのか?ありがとう、リラ。」
2人に喜んでもらえて嬉しい。
「明日フレッドが来るの。だから渡そうと思って作ったら作りすぎちゃったみたい。そういうと残り物みたいで申し訳ないのだけれど…。」
一瞬アルの表情が曇った気もするけれど…気のせいよね?
もしかして残り物って言ったので気分悪くさせちゃったかしら?
「リラの手作りなら残り物でも大歓迎だよ。明日フレッドが来るのかい?久しぶりに僕も会いたいんだけど、来てもいいかな?」
気のせいだったみたい。
良かった。
「もちろん、きっとフレッドも喜ぶわ。」
「それじゃあ私も明日来るわ。」
アンヌとアルと、4人で会うのはすごく久しぶり。
2人も最近忙しそうだもの。
ますます明日が楽しみになる。
「ねえ、リラ。聞いてもいいかしら?最近…ここひと月位かしら、みんな変よ?ローラン様も、アルフレッド様も、フローレンス様も、それからあなたも。あなたはずいぶん落ち着いたみたいだけど、みんな変なのよ。時々遠い目をしているし、妙に疲れた顔をしているというか、ため息が多いの。何かあったの?」
アンヌに聞かれて、ドキリとする。
それと同時に、あることに気付く。
辛いのは、私だけではないこと。
当たり前のことなのに、周りが見えていなかった。
自分のことしか考えていなかった。
皆の分も私が頑張らなくちゃいけないんだ。
それから、アンヌを心配させてしまっていたことを反省する。
「ごめんね。心配かけて。ちょっとね、お母様の体調があまり良くないの。私は修業も結構ハードだったから…でももうずいぶん慣れたから大丈夫よ。」
詳しいことは言わない方がいいだろうけれど、嘘をつくのも嫌なので、当たり障りのないように正直に言う。
「マルグリットさん、最近時々顔色良くないと感じることがあったの。お化粧も以前と比べたらずいぶん厚塗りだし…大丈夫なの?もし何か私たちにお手伝いできることがあったらすぐに声をかけてね。約束よ?」
「リラ、少しやせたんじゃないのか?食事はちゃんと摂っているのか?無理したらだめだよ?」
2人は根掘り葉掘り聞かずに労いの言葉をかけてくれた。
そんな2人の気遣いが嬉しかった。
帰宅する時間になった2人を赤い扉まで送ってから、私はお母様を迎えにアルフレッドおじ様の執務室へ向かった。
執務室にはアルフレッドおじ様とローランおじ様、おばあ様がお茶を飲んでいた。
お母様はそこにはいなかった。
3人は私が来て急に明るく振舞おうとしたようだったが、あまりに不自然すぎた。
私は3人に光の精霊術をかけて落ち着かせる。
「リラ…すまないね。ありがとう。」
アルフレッドおじ様はいつも通りのおじ様に戻っていた。
「院長先生から聞いているわ。私、自分にできることを精一杯するから…。」
「私たちのひどい姿を見せてしまったわね。ごめんなさい。ピエールに聞いているわ。ずいぶん腕を上げたそうね。ほら、ローラン、リラは覚悟を決めたのよ、あなたも私もリラを見習わなくっちゃ。」
「……………………。」
ローランおじ様はまだ様子が違った。
アンヌの言う『変』とはこういう姿だったのだろう。
私の苦しみよりもきっと3人の方が苦しかったんだ。
一番つらいのは自分だと無意識に思っていたことに気付き、自分が恥ずかしくなる。
子どもより親が先に逝くのは当たり前のこと。
お母様は人よりも早いけれど…。
院長先生がそう言っていたのに。
「テオドールとの子どもを持とうと思った時点で覚悟は出来ていたはずなのにね。私はエルフだから自分よりも子ども、それどころか孫、ひ孫の方が先に逝ってしまうって…わかりきっていたことなのに…。」
おばあ様が悲しそうに笑った。
辛そうだ。
おばあ様をぎゅっと抱きしめる。
意識していないのに光の精霊魔法が発動した。
「私はもう大丈夫。悪いけれど、ローランにもかけてあげて。」
おばあ様にそう言われておじ様を抱きしめる。
同じように精霊魔法がかかる。
「みっともないところを見せてしまってすまなかった。ありがとう。リラ、本当に腕を上げたね。」
やっといつも通りのローランおじ様に戻ったみたい。
そう思っていたら、私も温かくて強い光に包まれた。
「リラ、マルグリットは先に帰ったよ。ローランと一緒に帰りなさい。私たちはリラに助けられた。感謝するよ。」
アルフレッドおじ様の術だった。
すごく温かかった。
ローランおじ様と家へ帰るとお母様が笑顔で迎えてくれた。
私もおじ様も笑顔で「ただいま」と答える。
こんなに穏やかな気持ちは久しぶりだった。
夕食もとても美味しかった。
食卓に笑顔が溢れていた。
私も、お母様も、ローランおじ様はもちろん、シャルルとアンとクレールもたくさん笑ってくれた。
そういえばシャルルたちも最近雰囲気が暗いような疲れているような様子だった事に気付いた。
お母様が眠る前に、血液浄化の魔法と同時に鎮痛魔法をかける。
いつもよりも毒素が少ない気がした。
「最近よく眠れる?睡眠の魔法を覚えたのだけど試してみてもいいかしら?意見が聞きたいの。」
「もちろんいいわよ。感想は明日になっちゃうと思うけれどいいかしら?」
睡眠の魔法をかけると、すぐに寝息が聞こえてきた。
穏やかな寝顔。
もう一度痛みを鎮める魔法をかける。
これで明日の朝まで痛みを感じることなくぐっすり眠ってほしい。
時々、夜中にも苦しそうな声が聞こえていたから。
ぐっすり眠れていないのか、最近クマが出来ている日も多かった。
お母様はお化粧で誤魔化しているようだったので聞けなかった。
「おやすみなさい。」
そう声をかけて部屋を出る。
私は自室へ戻ると便箋を2種類用意した。
2通の手紙を書く。
まずはノエミへの手紙。
薄い黄色の地にオレンジ色のリボンの柄の便箋、ノエミをイメージして選んでみたんだ。
親愛なるノエミ様
先日はお手紙ありがとう。
黄金色のマロニエ、ノエミと一緒に見たかったです。
もう遅いわよね。
来年は一緒に見られるといいな。
こちら冬の訪れを少しずつ感じるようになってきました。
すっかり寒くなってきましたが、体調を崩していませんか?
お返事が遅くなってしまって本当にごめんなさい。
少し気持ちが落ち込んでいたの。
お茶会では好きな方にお会いできなくて残念ですね。
でも、ノエミのお手紙はとても楽しそうな内容で、あなたの嬉しそうな顔が想像できました。
お友達から好きな方のお話が聞けるあなたがうらやましいです。
あなたの彼のお友達は素敵な人たちなのね。
きっと彼自身も素敵な方なのだと思います。
プレゼントを渡すときは私も直接渡すことにするわ。
アドバイスありがとう。
私は、先月彼に会いました。
その日が外出を許可されている日だって私は知らなくって、プレゼントは用意している途中だったの。
私を驚かせるために教えてくれなかったのですって。
プレゼントは不本意だったけれど、中途半端な状態で渡しました。
本当は手作りのお菓子と手紙を一緒に渡したかったのだけど…。
だから、今度会う時に渡すつもりでお菓子は用意しました。
実は明日なの。
ノエミへの手紙を書いた後に手紙も書くつもりです。
何について書こうかしら?なかなか考えがまとまりません。
この間会った時、すごく落ち込んでいた私を慰めてくれたの。
そのときのお礼を書いて…ほかに何を書こうかしら?
ノエミだったら何を書くの?
今度アドバイスをください。
私もあなたに会える日を楽しみにしています。
リラ
大好きなフレッドへ。
貴重なお休みの日に、私に会いに来てくれてありがとう。
他に出掛けたいところやお友達との約束もあるんじゃないか気になります。
でも、会いに来てくれるとすごく嬉しいです。
会うと、元気になれるから。
この間のお休みの日はずっとそばにいてくれてありがとう。
あの日、あなたがそばにいてくれなかったら、今私は笑顔でいられなかったと思います。
あの日、あなたがかけてくれた言葉のおかげで、私は覚悟を決めることが出来ました。
院長先生に告げられた事実はとても信じ難いことでした。
でも、辛い現実を受け入れ、精一杯、私のできることを頑張ろうと思えたの。
私が笑顔でいたら、お母様も笑顔になってくれるから。
辛くなったら、フレッドに会うまで我慢するから…フレッドの前では泣いてもいいですか?
甘えてもいいですか?
抱きしめてくれますか?
フレッドが辛くなったら、私にすぐに教えてね。
私もあなたの力になりたいから。
いつも頼ってばかりでごめんなさい。
少しでもお礼がしたくて、フレッドの好きそうなもの作ったの。
お腹がすいたときとか、疲れた時に食べて元気になってくれたらとても嬉しいです。
私の作るものだから、あっさりして物足りないかもしれないけれど…。
少し多めに入れてあるので、よかったらお友達と一緒に食べてね。
ひとりで食べるのは味気ないもの。
本当は、私が一緒に食べたいんだけど…。
なんて言ったら困らせてしまうわよね。
次に会えるのは年の終わりかしら?新しい年になってからかな?
またフレッドに会えるのを楽しみにしています。
士官学校はとても大変なところだと父や兄に伺いました。
無理せず、頑張ってください。
これからますます寒くなるけれど、風邪ひかないように気を付けてね。
リラより
フレッドの手紙は、薄いブルーの地に白い花があしらわれた便箋にしたためた。
読み返すとすごく恥ずかしい。
何書いちゃっているんだろう…。
これ以上読んだら渡せなくなりそうなので、もうたたんで封筒に入れて封をする。
お菓子や軽食を入れた小ぶりの袋へ忍ばせる。
フレッド、気付いてくれるかしら?




