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決意と母娘の時間

「一命は取り留めたものの、彼女はかなり無理をした。危害を加えられたと言ったが…その時使われたのは毒だった。その毒はかなり性質(たち)の悪いものでね、完全に浄化することが難しいのだよ。少しでも毒が体内に残ると徐々に体を蝕んでゆく。体力や免疫力があるうちはまだいい。毒を抑え込めるからね。数カ月に一度程度の血液の浄化をすれば何とか生活出来る。

しかし、抑え込むだけの体力や免疫力が無くなってしまうと非常に厄介だ。彼女はもうそうなってしまった。しかもかなりの痛みを伴っている。もう末期の状態なんだよ。おそらく内臓をやられている。

何もしなければ持って1〜2ヶ月だ。回復魔法で体力を補ったところで半年程度。今のペースで血液を浄化して1年から1年半。気休め程度ではあるが進行を抑えられるんだ。普段の生活をする為には鎮痛魔法をかける必要がある。今までは薬で誤魔化していたようだが、それももう効果が無いらしい。

君は強力な鎮痛魔法がかけられるようだね。どうやって習得したのかは知らないが…それを浄化魔法と一緒にかけられるようにしよう。彼女は周りに痛みを隠しているから、君が鎮痛魔法を単独でかけると彼女に精神的負担を与える事になる。先日、君も十分理解しただろう?」

それは嫌すぎる程理解した。

鎮痛魔法をかけた時、お母様は明らかに動揺していた。

鎮痛魔法には割と自信があるし、よく効いたはずなのに動揺するなんて、痛みを隠したい以外に考えられない。


そして…お母様と過ごす事の出来る時間は…残り僅か。

信じたく無かった。

受け入れたく無かった。

衝撃過ぎて涙も出なかった。


「辛いがこれは現実だ。受け入れるんだ。受け入れたく無い気持ちもわかる。しかし、彼女を治療出来るのは私とリラ、君だけなのだよ。私には此処もあるから毎日は行けない、つまり君がちゃんと受け入れて治療しなければマルグリットと過ごせる時間はそれだけ短くなるんだ。少しでも長く一緒に居たいなら…君が覚悟を決めるしかない。」

甘えた事は言ってられない。


ふと、フレッドに言われた事を思い出した。

『マルグリットさんが隠したのは、きっと君に笑っていて欲しいから。マルグリットさんが辛そうにしていたら君は笑えないから…すごく辛いかもしれないけれど、マルグリットさんの前だけでは笑ってあげて。』

私は笑っていなければいけないんだ。

お母様の為にも、自分の為にも。

私さえ頑張れば…。


そんな私に院長先生は様々な種類の術を教えて下さった。

私の使える治癒・回復系統の術のレパートリーはどんどん増えていった。

基本となる回復術、怪我や風邪などを治す治癒術、痛みを鎮める治癒術、血液内の毒素を取り除く血液浄化術、一時的に痛みと感覚を失わせる麻酔術、不安を取り除く抗不安術、眠れない時に眠れる様にする睡眠術、興奮状態の気持ちを抑える静心術などなど。

「もう君は『癒し手』と名乗ってもおかしくない程、いや、胸を張って名乗れる程の腕を持っているよ。」

そう院長先生にお墨付きをもらえる程、いつの間にか上達していたらしい。

治癒・回復系統の魔術に特化した魔術師や、光の精霊と契約した精霊術師が『癒し手』と名乗る事ができるらしい。

そう名乗るには資格が必要な訳では無いので、詐欺まがいの偽者も多いそうだけれど…。

もちろん院長先生も高名な癒し手だったそうだ。

過去形なのは、それを隠して治療院を開いているから。

そうでないと、とても庶民の為に治療することが出来ないらしい。

「しかし、いいかい?回復術と治癒術、鎮痛術、血液浄化術以外はまだ君自身にかけてはいけないよ。自分の痛みは主観的にしか感じられないからついつい強めにかけてしまうのだ。特に、抗不安術は依存性が強いからね、自分には絶対かけるんじゃないぞ。癖になる。代わりに、光の精霊魔法をかけて落ち着かせるんだ。それなら精霊が調節してくれるからね。この間、フレデリックが君にかけた様なあれだ。君は使えるね?」

そう言って、私に光の精霊魔法をかけてくれた。

「院長先生は精霊術も使えるのですね。」

今まで気づかなかった。

「ああ、使えるといってもこれだけだがね。」

そう言ってニッコリ笑ってくれた。

やはり彼には笑顔が似合う。

「マルグリットに施術する時は、回復術か血液浄化術と必ず同時にかけるんだよ。では実際にやってみようか。」


短期間で習得出来たのはお母様を楽にしたいという気持ちも大きいが、治療院で実際に患者さんに施術させてもらっている事も大きいと思う。

初めは慣れない術を二重でかけるので私の体力の消耗も激しかったが、この生活もひと月程経過して慣れてきたせいか随分楽にかけられるようになった。

「フローラちゃん、こんにちは。」

私は此処では院長先生の弟子のフローラだ。

毎日通ううちに何人か顔馴染みの患者さんも出来た。

「今日も頑張っているねぇ、最近は院長さんに治療してもらうよりフローラちゃんに治療してもらった方が楽になるよ。」

「フローラちゃんはべっぴんさんだからね。うちの孫の嫁にどうだい?」

私のことを孫の様に可愛がってくれるお爺さんやお婆さんもいて、そんな風に言って下さる。

こういう触れ合いで随分と気が紛れていた。

有難かった。

もちろん、お孫さんのお嫁さんにという話は丁重にお断りさせていただいたけれど…。






治療院から戻ると、森で過ごす。

薬草学の授業には出られないけれど、入試対策の授業は週に1度アンヌとアルと受けている。

残りの時間はお母様と過ごす。

少し前と殆ど変わらないような過ごし方だが、以前とは全く違う時間。

もっと時間を大切にしなくては。

お母様と笑顔で過ごしたい。

楽しい思い出をたくさん作りたい。

色々お話ししたい。

何よりも『今』を大切にしたい。

「リラ、最近どうしたの?お勉強はいいのかしら?」

「治療院でしっかり修業しているわ。それに、寝る前に授業の予習復習をきちんとしているのよ?治療院から帰ったばかりのこの時間はすごく疲れるの。多分、転移魔法のせい。あまり得意じゃないみたい。だからこの時間は休憩したいの。いいでしょう、お母様?」

お母様は仕方ないわね、とフフフと笑ってくれた。

上手く誤魔化せたみたいだ。

本当はそんなに疲れてはいない。


「ねぇ、お母様。お母様はなぜお父様と結婚したの?」

ずっと聞いてみたかったことだ。

「急にどうしたの?」

「少し前にお母様だって私にフレッドの事聞いたでしょ?私だってお父様の事教えて欲しいわ。」

お父様との馴れ初めは聞いたことなかったし、みんなに結婚を反対されてまで結婚したんだもの。

とても気になる。

私が産まれてからは一緒に暮らせていないし、淋しく無いのだろうか。


「あなたのお父様とはね…国立学校で出会ったの。お父様の方が1つ上級生だったわ。学年もコースも違ったから殆ど接点はなかったのだけどね。

ある時、パーティで出会ったの。年に数回、学校行事であるのよ、色んな出身の生徒がいて、パーティなど馴染みの無い生徒も社会人になってから困らない様にって。

そこで彼に声をかけられたの。私は彼のことを知らなかったけれど、彼は私を知っていたみたい。ジュリエッタと私はとても仲良しだったんだけど、レオナール…フレデリックのお父様ね、ジェラールとレオナールも仲が良かったのよ。それで、ジュリエッタの話を聞いていたらしくて、一緒にいる私のこと知ったんですって。それじゃなくても、私、結構目立ってたらしいのよね。ローランがすごく目立っていたから、ローランの双子の妹って有名だったんですって。声をかけられてから度々会うことがあって…色々話しているうちに仲良くなって、お付き合いする様になったの。リラにこんな話する日が来るなんて思わなかったわ。フフフ、恥ずかしいわね。」

ほんのり頬を染めたお母様は少女の様だった。

「でも皆に結婚を反対されたのよね?それでも結婚をしたのはなぜなの?」

「いやだ、リラったらそんな話誰に聞いたのかしら?話さなくちゃダメ?

…聞かれているんだもの、答えるべきよね。

それは…あなたのお父様、ジェラールのことが大好きだったからよ。とても優しいし、一緒にいると穏やかな気持ちになれる。私には彼以上の人はいない、そう確信したから…。」

思い切って聞いてみる。

「他の奥さんが居ても良かったの?」

私は、ジャンお兄様とポールお兄様、ノエミがいてくれるのは嬉しい事だけど…もし、フレッドと結婚する事になった時、彼の奥さんが私だけじゃないのは…嫌だ。

「それはね…仕方なかったの。私は子どもを産んではいけないと言われていたし、あちらの気持ちを考えたら…邪魔をしたのは私だもの…。お父様は知らなかったそうだけれど、私と知り合う前から結婚の話があったそうなの。むしろ感謝しているわ。私は奥さんとしての務めを何も出来ていないのだもの。それにね、ジャンもポールもとても可愛かったわよ。彼女も一緒に暮らしていた頃はとても良くして下さったわ。まるで姉が出来たみたいで嬉しかった…。」

そう答えたお母様はなんだか淋しそうだった。

意外な答えに少し驚いたけれど、お母様らしい気もした。

「なぜ私を産んだの?子どもは産んではいけなかったのでしょう?」

聞いてはいけない気もしたが、聞くなら今しかない。

そう確信した私はストレートに質問する。

遠回しにしたらもっと答えにくい筈だもの…。

「…だって、ジャンもポールも、それからフレデリックも皆とても可愛かったんですもの。それにね、あなたが夢に出て来たの。小さな赤ちゃんの姿でね。私の腕に抱かれて、スヤスヤ眠っていたわ。それで、ジェラールが呼びかけるのよ。『リラ』って。目が覚めてからも、腕に赤ちゃんの温もりが、感触が残っている様なとても不思議な夢だった。それまでずっと抑えてきた、押し殺してきた感情が溢れてしまったのよ。この手に私の、彼の子どもを抱きたいと思った…。それからしばらくして、あなたがお腹に宿ったの。あなたが産まれたのはリラの花がとても綺麗に咲く季節。彼が『リラ』と名付けよう、そう言った時は本当に驚いたわ。正夢だったんだってね。」

お母様はとても幸せそうな顔をしていた。

私もとても幸せな気持ちだった。

聞いて良かった、心からそう思えた。


「お母様…私を…産んで下さってありがとう…お母様の娘で良かった…本当に幸せ…。」

口をついて出たのはお母様への感謝の気持ちだった。

涙が零れる。

抑えられない。

「リラ、急にどうしたの?さあ、そろそろお話しはお終いにしましょうか。フレデリックへのプレゼント作るんでしょう?」

明日はフレッドが会いに来てくれる。

月に1度の外出許可日。

この前は渡したいものを用意出来なかったから今回は用意したい。

フレッドの好きな甘いもの。


そしてフレッドへの手紙。

手紙は夜、寝る前に書くつもり。

ノエミからの手紙の返事は未だ書けていない。

でもそろそろ書けそうな気がする。

ノエミへの手紙も今日書こう。

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