ノエミからの手紙と私の出生の話
リラへ
こちらはマロニエの並木道もすっかり黄金色に染まり、とても美しいです。
リラに教えてもらわなかったら、こんな綺麗な景色に気付かずに毎日を過ごしていたわ。とても良い事を教えてくれてありがとう。
さて、本日は残念なご報告をしなくてはなりません。
先日あなたとお会いした時、お話しした事を覚えているかしら?
私の思いを寄せる彼の方とのお茶会をお友達が開いて下さるという話よ。
結論から言うと、お会い出来なかったし、プレゼントもお渡しする事が出来ませんでした。
とても残念だったけれど、代わりに色々なお話を彼のご友人に伺うことが出来たわ。
お茶会に来られない理由を聞いて、彼の新たな一面を知ったの。
亡くなった御祖父様の墓前へ入学の御報告をする為に来られなかったそうよ。なんて律儀でご家族想いなのかしら!
それからね、プレゼントを彼のご友人に預かって頂いて、彼にお渡し下さる様にお願いしたの。
残念ながら断られてしまったわ。
日用品以外の私物の持ち込みは厳しいそうなの。特に、高価な物はトラブルの原因になりかねないし、綺麗に包装されているっていうだけで、訓練及び学業に必要の無い物と見なされて没収されてしまうとか。
それに、「プレゼントは直接渡さなければお気持ちは伝わりませんよ?」と彼のご友人に言われたので、お願いすることを諦めました。
次はいつお会いできるかわからないけれど、きっとお会いする機会はあるはずだから焦らずに次の機会に直接お渡しするわ。
リラも、プレゼントをお渡しするなら直接お渡ししなくてはダメよ?
私にとっては、彼が来なくて残念な結果になってしまったお茶会だったのだけれど、私のお友達にとっては素晴らしい会だったはずよ。
代わりにいらしたご友人がとても素敵な方だったの。
背が高くて、たくましくて、口数は少ないけれど、硬派で誠実な美男子よ。
私の思いを寄せる彼の方が貴公子なら、ご友人は勇敢な騎士さまって感じね。
因みに、今回誘って下さった私の友人の幼馴染が彼の方の親友なのだけれど、とてもお話が面白くって、ずっとお話ししていてもちっとも飽きないの。ルックスも、割と甘めの顔立ちの、知的な…例えるなら、アルベール王子殿下タイプね。もちろん、王子殿下の方がより整った顔立ちだけれど彼も中々の美男子よ。
彼の方はいらっしゃらなくて残念だったけれど、私のお友達は騎士さまと殿下タイプの彼にすっかり心を奪われていたわ。
私だけがいい思いをするのも心苦しいし、お会い出来なかったのは残念だけれど、結果的にとても充実した楽しいお茶会になりました。
リラは意中の彼にプレゼントを渡せたのかしら?
あなたのお話もまた聞かせてね。
またお会いできる日を楽しみにしているわ。
ノエミより。
数日前、家に帰るとノエミからの手紙が届いていた。
ノエミ、プレゼントは渡せなかった様だけれど、なんだか幸せそうな手紙。
こういう手紙は私も読んでいて少し明るい気分になれる。
お返事を書かなくちゃ…そう思い便箋を用意してみたものの、一向にペンが進まない。
今日は気分がのらないから明日書こう、そう思ってもう何日も経っている。
原因はわかっている。
私の気持ちの問題であると。
誰かと一緒にいる時は気丈に振舞っている分、帰宅して自室で1人になった時、暗い気持ちと無気力感に襲われる。
手紙も相手あっての物だからと何度か書いてみたものの、やたら暗くて相手を不快にさせてしまう様な文章になってしまった。
いい加減、精神面の弱さは自覚があるだけにどうにかしたいと思っている。
先日、フレッドと院長先生が森に来た。
その時気づいてしまったお母様の体調のこと。
私の勘違いであって欲しかった。
しかし現実とは無情なもので、そうあって欲しいと思えば思うほど、思い通りにはいかない。
あの日の翌日から、私は治療院へ毎日通っている。
朝、支度が出来次第出かけて、午前の診療時間が終わると森へ行く。
そこから課題をこなし、授業のある日は授業を受け、帰宅する。
授業以外はやはりお母様と過ごすことが多い。
私が意図的に一緒にいるからなんだけれど、きっとお母様も残された時間を私と過ごそうと努力をしているのだと思う。
私が治療院へ毎日通っているのには目的が2つある。
1つはお母様を少しでも楽にする為、院長先生の元で修業を行うこと。
もう1つが、転移魔法、特に瞬間移動に慣れること。
瞬間移動は、転移魔法の中でも比較的使える魔術師の多いものらしい。
瞬間移動でも、転移魔法陣を使うもの、予め用意されたチケットを使うもの、何も使わないものと大きく分けて3種類ある。
転移魔法陣を利用したものは、決められた2点間という縛りはあるものの、簡単な魔法が使えるものであれば転移魔法の適性が無くても安全に移動できるし、魔法が使えない者でも利用できる転移港と呼ばれる転移魔法施設があり、そこでは様々な行き先への転移魔法陣があり、常駐の魔術師によって希望の行き先へ送ってもらうことも可能だ。
チケットは、特定の場所への入場券の様なもので、1度使ったら使えなくなるものと、期間を決めた定期券の様なもの、使用回数が決まった回数券の様なものがある。
チケットには特定の場所の情報が魔術で記録されており、転移魔法の適性があれば比較的安全に目的地へ転移する事が可能だ。
主に、施設の敷地内や建物の中が目的地になることが多く、使用者の制限も出来るので、組織内で使われるのが一般的だそうだ。
私が練習をするのは転移魔法陣もチケットも使わず瞬間移動するもので、転移魔法の適性はもちろん、目的地へどうしても行かねばならないという強い意思が不可欠で、なかなか難しい術らしい。
『目的地へどうしても行かねばならないという強い意思』は言葉にすると簡単だが、集中力が欠けたり、迷いがあると、目的地ではない何処かへ飛ばされてしまうとても危険な側面を持つ術でもある。
近ければ近いほど、難易度は低く、目的地への物理的な距離が離れれば離れるほど難易度は高くなる。
身につけるには、慣れて自信をつけることが1番だそうで、回数を重ねる他に方法は無いらしい。
慣れてくると、自分1人では無く、数人の同行者や馬1頭位なら一緒に転移出来る様になるらしい。
とはいえ、使えれば何処にでも行けるわけでは無く、移動距離には術者の力量が大きく関わっているし、転移魔法除けの術がかけられている場所へはもちろん転移出来ないし、そこから別の場所への転移も出来ない。
家を建てる際には、防犯の為に転移魔法除けの術をかけることが法律で義務付けられ、申請を出せば自治体または国から無償で術師が派遣される仕組みが整っている。
貴族や、商人などは、敷地全体に術をかける(もちろんその場合は料金が発生する)事も多いのだが、転移魔法にはメリットも多く、全く使えないのも都合が悪い。
その為、発着場的な場所を合わせて作ることが多い。
院長先生のところは敷地内にこの様な発着場が無いため、治療院の裏庭に場所を決めて瞬間移動している。
なるべく人目につかない、裏庭の隅の木の生い茂ったところ。
病床数は少ないが、入院している患者さんもいるので、急に私が現れて驚かせてはいけないので人目につかないここに決めた。
初めは長距離の瞬間移動は不安でいっぱいだったが、10日もするとすっかり慣れて思い描いた場所へ転移する事が可能になった。
「フローラ、随分瞬間移動も慣れた様だね。」
治療院では私はリラでは無くフローラと呼ばれている。
「ええ、先生にアドバイス頂いたお陰でもう難なくここへ来ることができます。」
実は1度、瞬間移動に失敗し、なぜかおじい様のお家へ飛んでしまったのだ。
失敗した先が、おじい様のお家で本当によかった。
「瞬間移動が、精神的な不安要素を受けやすいのは知っておるね。もうそろそろ君の家と此処との転移であれば心配なさそうだね。…そろそろ約束の話をするとしよう。」
院長先生はゆっくり話し始めた。
「君のご両親の結婚の際の約束の話は聞いているね。」
院長先生の表情が強張っている。
おそらく私も似たような表情をしているのだろう。
「私は彼女の主治医だった。幼い頃から…いや、生まれつき彼女は体が弱かった。一度風邪を引けばなかなか治らない。激しい運動はもちろん、軽い運動でも運動後すぐ横にならなくては辛く立っていられないほどにね。体力をつけようにも、そんな状態ではなかなか難しい。
それでも体力をつけようと必死に努力していたよ。初めは精霊術で疲れを誤魔化して運動していたようだった。
でも精霊術ではタカが知れている。
君も実感があるはずだよ、精霊術よりも魔術の方が治癒・回復系統の効果が高いことは。
たまたま治癒・回復系統の魔法に適性があったから、私が回復魔法を教えてみたんだ。彼女はそれ以降自分で回復術を自らにかけて体力作りをした。その結果、人並みの生活を送れるだけの体力を手に入れたんだ。」
ここまでの話はもっと大雑把だが耳にしたことがある。
「そして、国立学校へ入学し、親友が出来、恋人が出来た。その恋人がシャルロワ伯爵、君の父親だ。」
「初めは結婚を反対されたと伺いました。お母様は子どもを産んではいけないから…。」
話の続きはそうだったはずだ。
「ああ、その通りだ。私が子どもを産んではいけないと言ったんだ…。出産には母子ともに大きな負担がかかるからね。どんなに健康でも安全に産める保証はないのだよ。彼女の場合はリスクが高すぎる…だから私も含めて皆が結婚を反対した。それでも2人は諦めなかった。だから条件付きで結婚したんだよ。」
でも…私が此処にいる。
「彼女が子どもが欲しいと言った時、皆反対した。けれど、彼女の強い意思には誰も勝てなかった。そして君が宿った。彼女も結婚してから子どもを持ちたいと言い出すまで、努力に努力を重ねて体を鍛えていたようで、すっかり健康だと言えるほどに体力がついていたんだよ。トラブルも無く順調に臨月を迎え、これならば母子ともに健康に…と思っていた矢先に思わぬトラブルが起こった…。」
院長先生の表情が一段と険しくなる。
「君は、たくさんの人に望まれて生まれてきた。彼女が子どもを持ちたいと言った時、周りは反対したが、それは彼女と生まれてくる子どもの為を思ってのことだった。彼女が亡くなってしまえば母親のいない子になってしまうし、子どもが亡くなれば1番辛い想いをするのは彼女だ。どちらに転んだってそれでは辛すぎる。ならば子どもなんていない方がいい、そういう考えあってのことだ。
しかし君が宿ってからは、君が生まれてくるのを皆が本当に、本当に心待ちにしていたのだよ。特にローランは酷かったよ。今の彼を見てもわかるだろう?彼の溺愛っぷりは尋常ではないからね。」
ローランおじ様には本当に可愛いがってもらっているし、とても感謝している。
フレッドに対するヤキモチがちょっと困る時もあるけれど…。
「しかし、君の誕生を望まない者がいたのも事実だ。大丈夫だ、君の会ったことの無い人間だ。君の周りにいる者では無い。君を望まない者は彼女に危害を加えた。しかし彼女は君を守る為、彼女自身の持てるもの全てを犠牲にして君を守ろうとした。そして、我々はそんな彼女を守るため皆で最善を尽くした。その結果、君は元気に生まれてきたし、彼女は一命を取り留めた…。」




