恋の話
今からひと月半くらい前の話。
ちょうどフレッドが士官学校に入学したころの話。
私は、おじい様のおうちにいる。
今日は久しぶりにノエミと会う日。
なかなか私とノエミの予定が会わなくて、久しぶりに会う。
初めて会った頃は、1~2ヶ月に1度会っていたが、だんだん会える頻度が減っていき、今回は半年ぶり。
手紙のやり取りも時々している。
手紙には、お父様と行った旅行の話や、最近のおしゃれの話、習い事の話が書いてあった。
お父様と馬車でやってきたノエミは、以前よりもずっとずっと大人っぽかった。
更に背も高くなって、体型もふっくらして女性らしい。
私は相変わらずチビで凹凸がないままだ…。
2人で、中庭に用意してもらったテーブルにつき、お茶を飲む。
今日のお菓子は私が作ったクッキーとフルーツのパイ。
もちろん、エルフバターとエッグプラントで作ったもの。
雰囲気が変わったなと思ったけれど、それだけじゃないみたい。
様子がおかしい。
「ノエミ、体調悪いの?」
「そんなことはないわ。少し、胸が苦しいだけよ。」
胸が苦しいって大変だわ。
でも、彼女の前で魔法を使うわけにはいかない、そうきつく言われている。
お医者様を呼んできた方がいいのかしら?
「胸が苦しいって、病気じゃないの?お医者様に診てもらったほうがいいんじゃない?」
私がそういうと、ノエミが笑う。
「お医者様に診てもらっても治らない病よ。」
ノエミはすましていうが、治らない病気ってそんなに悪いの?
私がびっくりしているとまたノエミが笑った。
「リラったらお子様ね。恋の病に決まっているでしょう。好きな人のことを考えると、苦しいの。そういうことない?」
良かった、病気じゃなくて。
「そういうことだったのね。病気かと思って本当にびっくりしたわ。好きな人のこと考えて苦しくなる気持ちわかるわ…。」
ふと、フレッドの顔を思い出す。
元気かな?
「よかった。共感してもらえなかったらどう説明しようかと思ったわ。リラも恋してるのね!」
私の恋人は…フレッドだ。
「うん、恋してるよ。」
恥ずかしい。
「じゃあ今日は恋愛トークね!」
ノエミが急に元気になった。
「お互い好きな人の名前は内緒にしておきましょうね。だって、どんな人かあなたが見て好きになったら困るもの…。」
ノエミが言う。
私はそんなことないのに、と思ったけれど、ノエミがフレッドのこと好きになっても困るので同意する。
「ノエミの好きな人はどんな人?」
「一言で言えば貴公子ね。大人っぽくて、頭も良くて、気品があって、立ち振る舞いや所作がとても美しくって…良く鍛えられた体で、笑顔もキリリとしていてとても素敵なの。」
そう話すノエミの表情はまさに恋する乙女だった。
頬はほんのり赤く、目もキラキラ輝いている。
「彼とは数年前、お母様に連れて行っていただいた避暑地で出会ったの。私のお友達の紹介でお茶を飲んだり、昼食をご一緒したりしたんだけど…横顔がとても素敵で…物腰もとても柔らかくて、紳士なの。」
紳士か…私の紳士のイメージはアンヌのおうちの執事、ユジェーヌさんだ。
彼も物腰が柔らかいし、立ち振る舞いも美しいと思う。
ノエミが好きなのはユジェーヌさんみたいな人なのかな…頭の中にユジェーヌさんが出てくるが、彼は初老の紳士だ…ノエミの好きな人とはちょっと違うかも。
想像がつかない。
「彼の好きなタイプの女性はね、髪が長くて、優しくて、笑顔が素敵で、ミステリアスな雰囲気の女性らしいの。だから、髪を伸ばしたの。私の髪、カールしているから実際の長さより短く見えちゃうから…。」
ノエミの髪はずいぶん伸びて、お尻のあたりまである。
カールしてこの長さだから、実際はもっと長いだろう。
「それに、マナーの先生に気遣いや、笑顔のレッスンもしていただいてるのよ。」
ノエミ、好きな人のために努力しているんだ。
私も頑張ろう。
「あのね、まだ告白されたわけではないのよ。でもね、彼もどうやら私に好意を持っていてくれているようなの。」
ノエミが恥ずかしそうに言う。
「じゃあ、ノエミは好きな人と両思いなのね。」
ノエミ、すごく可愛い。
恋する女の子がきれいになるって本当なんだ。
「私のお友達が偶然見たの。彼とお父様が一緒にいるところを。何を話しているかまでは分からなかったそうなんだけど…。それとね、また別のお友達が、別の日に彼のお父様と私のお父様がお話ししているのを偶然聞いたらしいんだけど、彼が私に好意を持っているって、それでお父様が私をよろしくって言ってたらしいの。」
もはや公認の仲なのね。
「でも、なんで彼はノエミに告白しないの?」
お父様にお話しするくらいならノエミに伝えたらいいのに。
「ウフフ…今は剣術や勉学に励んで、私をを守れるだけの実力をつけて、きちんとしたお仕事についてからプロポーズをするのが理想なんですって。とても素敵だと思わない?」
ものすごく硬派な人なんだ…ちょっと意外だった。
「とても素敵ね。」
そういうのも確かに素敵だもの、私は同意する。
「ねぇ、リラの好きな人はどんな人?どこで出会ったの?」
今度は私の話す番らしい。
「私の好きな人は…とっても優しい人。少し年上なの。物知りで私にいろいろなことを教えてくれるわ。とっても優しい目をしていて、かっこいいと思う。でも、時々顔をくしゃくしゃにして笑うんだけど、それがとっても可愛いの。」
こういう話って恥ずかしい。
「ねぇ、出会いのきっかけは?」
ノエミに質問される。
「えっと、確か5歳の時。私の住んでいる緑の丘で出会ったの。私のお母様と彼のお母様が親友で、一緒に遊んだのをきっかけに仲良くなったの。」
「じゃあ、幼馴染なのね。その後はどうなの?」
「実は7歳の時に大人になったら結婚してって言われたの。」
時系列だと、どうしてもこうなっちゃう。
「けっこうマセてるのね。で、最近はどうなの?」
「少し前までは会う機会も多かったわ。ダンスのレッスンでは時々パートナーだったし。でも、士官学校に入学したの。だからあんまり会えないの。」
今までほとんど毎日会っていたのに急に会えなくなるって淋しい。
でも、フレッドは頑張っているんだから私も淋しいなんて言っていられない。
「ダンス…あのね、実は少し前に参加した夜会でね、私彼と踊ったの。すごく上手にリードしてくれて、優雅でとても素敵だったわ。一緒に踊っているとき、少し頬を赤らめて微笑んでくれたの。」
その時のことを思い出したみたいで、アンヌの頬も赤い。
良いなぁ…私も夜会とか舞踏会でフレッドと踊ってみたい。
「羨ましいわ…私も好きな人とそういうところで踊ってみたいわ。実はね、夜会とか舞踏会に行ったことすらないの。」
「とても幸せだったわ。素敵なドレスを新調してもらっていて本当によかったわ。正装した彼もとても素敵だったし。音楽も、雰囲気も練習とは比べ物にならないくらいロマンチックよ。」
そう話す彼女は夢うつつな目をしていた。
「リラの好きな人も士官学校に通っているのね。私の好きな人もそうなんだけど…こんど、外出できる日に、私の友人…彼を私に紹介してくれたお友達なんだけど、彼女が彼を招いてお茶会をするっていうのよ。その時に何かプレゼントしたいと思っているんだけど、何がいいかしら?」
私だったら、フレッドに何をプレゼントするかしら?
「私なら、なにか食べ物にするかな?寮の食事、あまり口に合わないようだったから…。」
「あなたも兄と同じこと言うのね。兄には好きな人がいることは言っていないんだから内緒よ?食べ物じゃ食べたらなくなっちゃうじゃない?それじゃ嫌なのよ。残るものがいいの。」
なんだろう?難しい。
「なにか使ってもらえるもの?ハンカチとか?イニシアルを刺繍するとか?それか筆入れ?靴下?なんだろう?装身具よりも実用品の方がいいと思うけれど…。」
士官学校って厳しいらしく、フレッドも腕輪したままで大丈夫かな?って心配してたもの。
結局、精霊術で私とフレッド以外の人に見えなくすることが出来るのをアルフレッドおじ様に教えてもらったから良かったけれど。
「実用品ねぇ…腕輪とかどうかなって思っていたのだけど…ダメかしら?」
「うーん、良くわからないけれど、あまり目立つものは避けた方ががいいみたい。そんなこと言っていたわ。お兄様達は何て?」
そういうのは実情を知っている人に聞いた方がいいんじゃないかしら?
「お兄様達は良くないっていうのよ。華美なものは注意されるって。それにガラの悪い先輩に目をつけられるって。なるべく目立たないものにするつもりよ?それでもやめた方がいいっていうのよ?」
私もその方がいいと思うんだけど…。
「ちなみに、お兄様達には、私じゃなくて私のお友達が彼に渡すプレゼントってことで相談したのよ。」
「そうだったのね。私もお兄様達の言うとおりにした方がいいと思うけれど…プレゼントするのはノエミだからノエミがいいと思ったものにすればいいんじゃないの?私は彼の好みとか知らないし…そういうのはあなたの方が良く知ってるはずよ。学校に持ち込めないのならきっと自宅にしまっておくなり、こっそり持ち込むなり相手のいいようにするわ。」
もうノエミの中では何をプレゼントするのかはっきり決まっているのだ。
それなら彼女の納得するものを送ればいいと思う。
ノエミのことが好きな彼なら、ノエミからのプレゼントならなんだってきっと喜んでくれるはずだもの。
私が彼女の考えを否定する筋合いはない。
「ありがとう、彼の好みを考えながら選ぶわ。」
ノエミのプレゼント問題は解決したみたいだ。
「私も、今度会うときに何かプレゼントしようかな?」
「いいわね、そうするべきよ!」
ノエミも賛成してくれた。
やっぱり食べ物が喜ばれるかな?
同じ物ばかりじゃ飽きちゃうだろうから、いろんなものを少しずつ…お友達の分も入れておこうかしら?
フレッドが食べてたらきっと食べたくなるでしょうし。
なるべく小さくて目立たない入れ物…筆入れ?
うん、筆入れに入れたらきっとコンパクトで持ち運びも楽だし、目立たないわ。
「筆入れにしようかな。」
「いいんじゃない?リラの彼、喜ぶといいわね。」
温かいものと冷たいものは分けるにしても…時間停止の魔法の方がいいわ、そうしよう。
お手紙も書いてみようかな?
あとでおじい様に筆入れを買いにつれて行ってもらおう。
プレゼントを考えるのってウキウキする。
それからまた、ノエミの好きな人の話を聞いた。
ノエミ、彼のことが本当にに好きなんだわ。
彼は細めなんだけど、見かけによらず結構筋肉がついていて逞しいらしい。
背もそれなりに高いそうで、馬に乗って颯爽と走る姿はお友達とみんなで見とれてしまったそうだ。
ノエミの恋、うまくいくといいな。
そして、あっという間にノエミの帰る時間になった。
私たちは、また会おうねと言って、次に会う時にプレゼントを渡した反応をお互い報告する約束をした。
この日がノエミと楽しく過ごせる最後の日になるなんて…このときはまだ知らなかった。




