【フレデリックの休日~寮でのひとコマ~】
部屋には、寛ぐエドとルイがいた。
ルイがいるのは少し意外だったが、そういえば今日二人は一緒に出掛けていたことを思い出す。
「フレッド、今度の休みうちに来ないか。母が友達連れて来いっていうんだよ。」
「悪い。その日は予定が…」
僕が喋り終わる前にエドが話し始める。
「だよな、リラ嬢に会いたいよな。それにフレッドだと信憑性に欠けるし…ルイを誘うからいいよ。」
「信憑性に欠けるって…僕は君の母にどう思われているんだ?」
恐らく、彼の母が友達を家に呼べと言うのは、学校での彼の様子を探るためだと思われる。
彼は、母親からの信頼がないと言うか、今まで散々兄や姉にハメられて、彼の母の中では問題児として認識されているらしい。
出来の悪い子ほど可愛いと言うし、末子だと言うこともあいまって、過保護というか子離れできていない母親の見本のような状態だ。
「フレッドの評価は悪くないよ。例の別荘での引きこもりの成果のおかげで。だけど付き合い長い分、口裏合わせて僕に都合のいいことしか言わないだろうと思われてる。」
「都合も何も…僕は事実を言ってるだけなんだけどな。君はどんだけ信頼されてないんだよ…。」
「だよな…ははっ。」
そんな経緯でエドはルイを誘い、自宅へ戻っていたはずだ。
「で、彼女に会えたのか?驚いてたか?」
エドにも、内緒で行って驚かせる話をしていた。
「ああ。」
驚いてすこし怒って、抱きついてきて…思い出しただけで口元が緩む。
「フレッドー、気持ち悪りぃ。にやけるな。」
「君がだらしない顔をするのは意外だな。」
エドと、ルイにまでつっこまれた。
急にエドが僕の顔をじーっと見つめる。
何か可笑しいのか?
「おい、フレッド、唇に紅がついてるぞ…。」
エドが無表情で僕に告げる。
…紅?リラは口紅をつけていたのか?そういう風には見えなかったが…
でも、寝ているときの唇はバラ色で…可愛かったな…
僕の唇に紅がついてるとか…つまり、リラの唇に塗られていた紅がキスしたときについたってことなのか…?
まずい、気付かなかった…ずっとそのままでいたってことはリラの保護者達にもばれたのか?
ピエール氏も教えてくれたらいいものを…。
「まじかよ?冗談で言ったのに…想像以上の反応だな…ってキスしたのかよ!?」
「エド、どういうことだ!?」
僕はハメられたのか?
「そんなもんついてねぇよ、なんだよ、無言で百面相しやがって。あの反応は…間違いなくクロだな。」
「どうやら彼女とキスしたようだな。」
いや、ルイもそういう話に乗ってくるタイプ?意外だ。
「で、本当のところは?リラ嬢にキスしたのか?」
エドの視線が痛い。
「リラ嬢…?君の彼女はあの時の彼女なのか!?」
ルイが驚きの表情で僕を見ている。
なんでだ?
「ああ、あのリラだ。」
隠すこともないので答える。
「は?ルイはリラ嬢に会ったのか?どこで?本当に可愛いのか?」
エドが食いつく…。
「ああ、半年前に1度会ったことがある。」
「それで可愛いのか?美人なのか?」
やたらそこに食いつくな…エド。
「ああ、小柄で線が細くて美人だ。それに可愛らしいな。」
心なしかルイの顔が赤い?いや、気のせいのようだ。
「まじか!おい、フレッド、俺にも会わせろ!」
エド、少し黙っていてくれないか?
「フレッド、彼女は殿下の婚約者じゃないのか?」
「殿下?…婚約者?…は?はぁ?…どういうこと!?」
リラが僕の彼女だと聞いたとき、ルイが驚いた理由はそういうことか。
エドは殿下と聞いて訳が分からない、そんな顔をしている。
エドはしばらく放っておくことにする。
「誰がそんなことを?」
「いや、勝手な憶測だ。彼女の祖父がフーシェ公爵と伺った。それに殿下のあの反応だ。それでてっきり…。」
アルの反応…?
「彼女は僕の恋人で婚約者だよ。それはアル…殿下もご存じだ。」
自分の口から言うのはやはり恥ずかしい。
「そうだったのか。」
ルイには理解してもらえたようだが、エドは未だ混乱している。
「どういうことだ?フレッドの恋敵はアルベール殿下なのか?フレッドは殿下と知り合いなのか?そして、リラ嬢とはキスしたのか!?」
もううるさくて仕方ないので、今日リラにもかけた光の精霊魔法でエドを落ち着かせる。
「エドに教えた算術、殿下と一緒に勉強してたんだよ。リラとアンヌ王女も一緒だった。絶対口外するなよ。」
落ち着きを取り戻したエドはやはり驚いていたが先程より大分ましだ。
「で…キスは…ぐはっ…」
しつこい…やむなく一発。
なんだか疲れた。
腹も減ったので夕食をとることにした。
外出許可日は寮に戻る前に食べてくるか、何か自分で用意して食べることになっている。
僕はリラにもらったものがある。
「変な時間に食べたせいで夕食いらないなって話して…持ってこなかったんだけど…今になって減ってきたよな…。」
エド、明らかに僕のをもらうつもりでいるだろう?
潤んだ目で見つめるな…気持ち悪い…。
エドの視線に耐えられず、2人にも分けることにする。
「君達も…食べるかい…?」
「ありがとう!フレッド、愛してるぜ!」
喜んでいるのはいいのだが、エドの愛の告白は不要だ。
「いいのか?悪いな。」
ルイも嬉しそうだ。
筆入れから2人の分も取り出す。
「いいよ、リラがたくさん持たせてくれたし、2人にもって…。」
「リラ嬢最高!!出来た嫁!!」
「すごいな…それも魔術なのか?」
やはり、気になるのだろう。
「ああ、空間魔法だ。ここにも持ち込みやすいようにと彼女が筆入れの容量を大きくして入れてくれたんだ。食べ物には時間停止の魔法をかけてあるから傷むこともない。」
簡単に説明する。
「彼女はすごいな…治癒魔法に空間魔法まで…。」
ルイが感心している。
リラは魔術も精霊術も器用にこなす。
僕の術は彼女に遠く及ばない。
まだまだだ。
僕は…彼女を守ると言っているが、守ることが出来るのだろうか。
「これ、シンプルだけどうまいな。彼女の家の料理人、腕がいいんだろうなー。」
エドがすごい勢いで食べている。
おい、そんなに腹減ってるなら自分で持って来い、そう言いたい。
「いや、手作りだ。」
まったく、大事な物なんだからもっと味わって食べろ。
「え…?まじか!?リラ嬢の…そう聞くとより一層うまい!」
エドだけでなくルイも驚愕の表情だ。
「彼女は何者だ?」
「一応伯爵令嬢。ちょっと特殊な環境でちょっと変わった育てられ方をしてるだけ。」
貴族の令嬢は普通料理とかしないのだから驚くのも無理はない。
「こんな出来た…しかも美人で可愛い彼女がいるのに、フレデリックは罪な奴だなー。」
エドが急におかしなことを言い出す。
しかも、フレデリックって…。
「急になんだよ?」
「今日、ルイ連れて家に帰っただろ?そしたらミレーヌの家から使いの者が迎えに来てさ。うちの母が僕が帰ってくること教えてたんだろうな、母の口添えもあって使いの者に強制連行されて…ミレーヌと友達とのお茶会。しかも前より人数増えてるし。」
ミレーヌは夏の別荘でお馴染みのエドの幼馴染だ。
「きっとフレッドが来ると思ってたんだろうな。俺を見て何人か明らかに落ち込んでいたぞ。」
「まぁ、その後はルイを見てテンションあがってたけどねー。」
エドの誘いを断っていて良かった、不覚にもそう思ってしまっていた。
「相変わらず面倒だったぞ。お前のこと好きらしい子がいて。やたらとフレッドのこと聞いてきたし、今日もなにしてるんだだの、学校での様子はどうだだの、いろいろ質問されたしな。」
「そんなこと言われても…。」
「そうだよな。気持ちもわかるよ。でもさすがに、好きな子に会いに行ったなんて言えなくてさぁ、用事があるらしいって言ったら何の用事だって聞かれる始末。家に帰ったって言おうかと思ったけど、親同士が知り合いっぽいからそう言えなくて…面倒だったから適当にごまかしといた。僕なんて言ったけ?」
エドには申し訳なかったな…。
親同士が知り合い?よくある話だ。
どうせ職場繋がりだろう。
「祖父の墓参り、士官学校入学したのを墓前に報告しに行くといっていたぞ。言い訳するにももっとあるだろう?と思ったがな。」
なぜ墓参り…ルイがそう思うのも納得だ。
「別に彼女のところに行くことを言ってもらっても構わなかったんだが…」
むしろその方が親切じゃないか?そう思ってしまった。
「いや、それは自分で言ってくれ。厄介事はごめんだ。」
それが本音だろう。
僕が逆の立場でもそう思う。
「それにしても…彼女たちはいつもああなのか?それとも同じ年頃の女子はみなああなのか?」
ルイが疲れた顔で聞いてくる。
彼も例の質問攻めにあったのか…。
「好みのタイプとか、同席者で誰が可愛いかとか聞かれたのかい?」
「ああ、あれにはまいったよ。好みは適当にごまかせたが、誰かと聞かれても該当者がいない。」
案の定そうだったのか…5年前から質問が全く変わっていないのもいかがなものかと思う。
それにしてもルイの率直な感想に思わずふいてしまった。
リラを見ちゃうと余計にそう思うよね。
って、やっぱり彼から見てもリラは可愛いのか?さっきエドに説明していたのは本音?
小柄で線が細くて美人で可愛らしい…か。
「それとそのフレッドを好きらしい子、フレッドにプレゼント用意していたみたいでさ、渡してくれって言われたんだけど。寮の私物の持ち込みが厳しくなったから無理って断った。」
断ってもらって良かった。
プレゼントとか…なんだか気が重い。
「断ってもらって助かるよ。」
素直に礼を言う。
「じゃあ、明日もリラ嬢の手料理を分けてくれ…。」
「おい、エド、調子に乗るな!」
ルイは笑っている。
見れば、僕が出した料理もほぼエドによって食べつくされていた。
僕はほとんど食べていないのに…
「今日ので十分なはずだ!僕の分まで食べたなー!」
「うまくて、つい…。」
「ついじゃないよ!せっかくリラが…。」
「悪い!悪かった、フレッド…許してくれ!」
「許さん!」
「ところで、リラ嬢とキスしたのか…?」
「え…。」
「そこで赤くなるとか、それは完全に肯定だ!このリア充め!」
僕らのやり取りを見てルイが苦笑する。
こうして僕の休日は終わるのであった…。




