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【フレデリックの休日~久しぶりにリラに会う~】

久しぶりにリラに会う。

リラは今日、僕が会いに行くことを知らない。

約束の時間にフーシェ公爵邸へ行くと、フローレンス様だけでなく物腰の柔らかい70歳位の男性が僕を待っていた。

彼はリラが時々手伝いに行っている治療院の院長、ピエール氏だそうだ。

ピエール氏は僕の祖母の師匠でもあるらしい。

「君がフレッドだね。リラに話を聞いているよ。」

リラはどんな話をしているのだろうか。

僕は2人に続いて森へ行く。


「フレッドの意地悪!」

驚いたリラに外出許可日である事を伝えると少し怒らせてしまったようだ。

そんなふくれた顔も可愛い。

しかも抱きついてくるとかもうたまらない。

士官学校では士官候補生特有の『病気』と揶揄される症状がある。

年頃の男子が俗世から隔離されるとどうなるか。

しかも周りは男男男…女性と接する機会がなさ過ぎて『病気』を発症するのだ。

初期症状は、普通の女の子がすごい美人に見えて仕方がない…から始まり、可愛くなくても可愛く見える、女の子ならだれでもいい、もう生身の人間じゃなくても良くなって絵画や物語の登場人物に本気で恋したり、自分の母親よりも年上、下手したら祖母くらいの年齢の女性に恋したり、その逆に幼い少女に恋したり、色々なパターンや段階があるらしいが、最も恐ろしい症状は普段一緒に過ごしている候補生(もちろん男!)に恋をしてしまうというものだ。

考えただけで恐ろしい。

もしもエドとルイが…(以下自粛)。

月に一度リラに会っている限り、僕はこの病気にならない絶対の自信がある。

もし会えなくても、彼女のことを考えたらそんな病気は怖くない。

リラは…美人だし、可愛い。

少し合わない間にも、更にきれいになったと思う。

エドは紹介しろと言うが、そんな病気が蔓延するような環境にいる彼をリラに会わせるなんて恐ろしくて出来やしない。

ウサギ小屋にライオンを連れて行く様なものだ。






リラが新しい術の練習をしている間、僕はピエール氏に魔術の指導をしてもらった。

「なかなか筋がいい…でも君も治癒魔法は苦手なようだね…君の母も祖母も苦手なようだし…血筋かな。」

ははは…と力なく笑うピエール氏。

判り切ったことだが初対面の人に言われるとさすがに凹む。

そこへリラがやってきた。

ピエール氏が彼女に気付き近づく。

何の話をしているのか不明だが、急にリラの表情が曇る。

どうしたのだろうか。


その後は治癒・回復系以外の術を指導してもらったが、先程のリラの表情が気になって身が入らない。

それを見かねたのかピエール氏がもう終わりにしよう、そう言ってリラにも声をかけた。

そして、リラが習得したばかりの血液の浄化の魔法を僕とピエール氏にかけてくれた。

血液中の毒素を抜く魔法らしい。

疲れが抜け、体が軽く、頭もすっきりする。

そして、リラの手の中の容器には、黒いどろりとしたものが少し入っていた。

「リラ、もう十分だよ。」

ピエール氏が、再度術をかけようとしていたリラを止める。

「でも…。」

リラは納得いっていないようだ。

「普通はこんなもんだ…。短い間でよく習得出来たね。」

ピエール氏は微笑むが、リラの表情はさらに暗くなる。

そして、彼を見つめるリラの表情は青白く、何かにおびえるような目をしていた。

ピエール氏の表情も暗く険しくなる。

そして、わずかに頷いた。


リラは、明らかにショックを受けたような表情だった。

今にも泣きだしそうな顔で、お辞儀をすると、走って行ってしまった。

どうしたのだろう。

僕に何ができるのだろう。

「あの…リラは…。」

どうしてあんな顔をしていたのでしょうか、そう聞きたかった。

しかし、彼の顔を見た僕にはその続きが言えなかった。

ピエール氏まで、暗く苦しそうな顔をしている。

何かをひどく後悔しているような、自分を責めるような、そんな顔だった。

「悪いが、さっきの続きを練習していてくれ。」


僕は練習を再開した。

守護霊の召喚術。

自分の守護霊を召喚する魔法で、一時的に、自分以外の誰かを守ることが出来るらしい。

しかし、先ほどのリラとピエール氏の様子を見ていては集中できるはずもなく、何度やっても空振りだ。

我ながら集中力の無さには呆れてしまう。

「悪かった。集中できるはずがないね。」

そこにはピエール氏が立っていた。

いつの間に戻ってきたのだろうか、まったく気づかなかった。

「先ほどの質問の答えだが…マルグリットの体調が深刻である事にリラが気付いたんだ。」

「血液浄化と…関係あるのでしょうか…。」

「私たちがかけてもらった後、リラの持っている瓶の中に溜まっていた黒いものが毒素だ。その量を見て、リラは私たちにかけた術がうまくかけられなかった、失敗したと思った様だ。なぜそう思ったかは、我々の毒素の量だ。マルグリットの量は…あの瓶を満たすほどだった。2人分の毒素にしては少なすぎると感じたリラは再度かけようとした…。しかし、その後の私の言葉で…気付いてしまったんだよ。マルグリットの毒素の量が異常だと。」

僕は何も言えなかった。

「リラは傷ついている。君が慰めてやってくれないか?言葉は必要ない。一緒にいてあげるだけでいい。私はマルグリットを診察してくる。よろしく頼む。」

僕はピエール氏とリラのところへ向かった。


気が重かった。

リラにどう接すればよいのかわからなかった。

急にピエール氏が立ち止まる。

「ここで少し時間をつぶそう。」

ピエール氏の表情が少し和らいでいる?

リラとマルグリットさんの笑う声が聞こえてきた。

少しだけ気持ちが軽くなった。


2人から少し離れたベンチにピエール氏と腰掛けた。

結構離れているはずなのに、すぐ近くで2人が話しているように感じるほど、会話の内容がはっきり聞こえる。

リラとマルグリットさんの話を盗み聞きしているようでなんだか申し訳ない気もしたが、ついつい気になって聞いてしまう。

僕の話をしているのだから。


『フレッドの事いつから好きか…恋愛感情を持ったのはいつかよくわからない。ずっと大好きだったし。はじめは親友だと思ってたの。守ってあげるって言われて、すごくかっこ良くて、結婚して欲しいって言われて…気付いたら祝福されてた。一緒にいると、楽しいし、嫌なことがあっても気持ちが楽になるって言うか忘れちゃうし、元気になれる。フレッドの事を考えるとドキドキしちゃうこともあるし、なんだか苦しいこともあるし、でもいつも会いたいなって思うの。

ギュってしてもらうと幸せ。嬉しい。

将来…よくわからないけれど、ずっと仲良しでいたいし、結婚って何か良くわからないけれど…結婚するなら…フレッドとしたいと…思っているわ。』

『リラはちゃんと恋してるのね。』

フフフ、そう聞こえるのはいつものマルグリットさんの笑い声だ。

嬉しい…リラが僕のことそう思っていてくれたなんて。

でも、待てよ?僕の隣には…ピエール氏がいる。

途端に首から上が火を噴いてしまうんじゃないかと思うほどに熱くなる。

彼は、ほほえましい…というより生温かい?そんな視線を僕に向けている。

やたら嬉しそうなのは気のせいだろうか?

目が潤んでいる気もする…。

「抱きしめてあげなさい。」

ピエール氏も、リラの話をしっかり聞いていたようだ。

恥ずかしさで慌てふためく僕を見て、クスリと笑うと、僕に何か術をかけてくれたようだ。

「気持ちを落ち着かせる魔法だよ。さぁ、行こうか。私たちは何も聞いていないからね?」

どういうことだろう?

もしかして、やたらとはっきり2人の話が聞こえたのは彼の魔法のせいだろうか?

再び慌てる僕を見かねて、彼は再度、気持ちを落ち着かせる魔法をかけてくれたようだ。

「ちょっと聞こえやすくさせてもらっただけだ。盗み聞きじゃないよ?もう落ち着いたね、行こうか。」

僕は何も聞いていない…僕は何も聞いていない…僕は何も…。






「フレッド、お昼はまだよね?良かったら食べない?」

リラが温かいスープとサンドイッチを渡してくれる。

何を話せばいいかわからなかったので、助かる。

リラは、ずいぶん穏やかな表情に戻っていた。

「バスケット、便利そうだね。魔法かけたんだろう?」

空間魔法で容量を大きくし、保温魔法と保冷魔法をかける。

僕も覚えた魔法だが、ものすごく便利な術だ。

更に、バッグに入れる前に保存の魔法とか、時間停止の魔法をかけておいた食べ物を入れたら完璧だ。

僕もエドもこの魔法にものすごく助けられている。

寮の食事は生徒の当番制で決しておいしい(寧ろこれは食べ物か?と聞きたい時もある)とは言えないし、育ち盛りの僕たちにとっては量も物足りない。

多少の食べ物の持ち込みは許可されているが、どうしても保存がきいて嵩張らないもの…焼き菓子や保存性を高めた硬いパン、ドライフルーツや干し肉など、どれもこれもかたくて水分を奪うものばかりで、正直飽きてしまうし、柔らかくてしっとりしていているものなどを欲してしまう。

「フレッド、よかったら持って行って。たくさんあるからお友達にも…。時間停止の魔法かけてあるから、悪くならないはずよ。」

そう言ってリラが取り出したのは、筆入れだった。

「荷物検査があるって言ってたでしょう?それで考えたの。筆入れの中までは検査しないだろうなって。容量はかなり大きくしているから…温かい方がおいしいものは温かい状態で、冷たい方がおいしいものは冷やして魔法をかけてあるから取り出したらすぐ食べられるはずよ。」

なんて気が利くんだろう…。

「ありがとう、本当にうれしいよ。でも急だったのに、どうして用意があるんだい?」

不思議だ。

まさか僕が来るのをわかっていた?いや、そんなはずはない。

会った時の反応を見れば明らかだ。

「あのね、こういうの用意するにしても、同じものばかりじゃ飽きるでしょう?だから、何か作る度に、多めに作って毎日貯めていったの。今日も、お菓子でも作って入れようと思って…。」

僕はリラを抱きしめる。

「大事に食べるよ。ちゃんとリラの事考えながら食べるね。これがあればどんなに辛くても頑張れる!」

「大袈裟よ、でも、今度はいつ来るかちゃんと教えてね。入れたかったものを今回は入れてあげられなかったから…約束よ?」

ほんのり頬を赤らめて、僕を見つめる真っ直ぐな瞳には、先ほどの暗さが消えていた。

良かった…少しでも、嫌な事や辛いことを楽にしてあげたい。

「なんだか疲れちゃった…少しお昼寝してもいいかしら?」

2人で芝生の上に腰を下ろし、リラを僕の肩に寄りかからせる。

少し恥ずかしそうだったが、相当疲れていたのだろう、あっという間にすやすやと寝息を立てて寝てしまった。

新しく覚える魔術の練習はすごく疲れるのは僕にもよくわかる。

それだけでなく、精神的にも疲れているのだろう。

ピエール氏の顔は深刻だった。

もしかして、余命宣告されるくらい悪いのだろうか…。

いや、そんなはずはない。

さっきだってあんなに楽しそうに笑っていたじゃないか。


首が痛くなりそうな姿勢なので、横にしてあげよう。

リラを起こさないように、僕の膝の上にそっと寝かせる。

先ほど、こっそり聞いてしまった彼女の言葉を思い出す。

嫌な事や辛いことは忘れさせてあげたい。

苦しんでいるなら楽にしてあげたい。

抱きしめたい衝動に駆られるが、起こしてしまっては可哀想だ。

せめて彼女に触れていたい。

僕は眠るリラの顔を眺めていた。

あの時のおびえた顔が嘘みたいに幸せそうな寝顔だ。

長い睫、すっと通っているが少し控えめな鼻、バラ色の唇。

そっと唇に触れてみる。

柔らかい。

髪をなでる。

まるで絹糸のような、なめらかな肌触り。

このまま時間が止まればいいのに…。

そうすれば、彼女はおびえた顔をせずに済むのに…。





どのくらいの時間が経ったのだろうか?

長い睫が動いたかと思うと、深いグリーンの瞳に僕が映っていた。

「…フレッド!?…私…ごめんなさい。重かったでしょう?」

慌てて起き上がったリラは、少し顔が赤かった。

「よく眠れたみたいだね。」

にっこりほほ笑むと、彼女が穏やかな顔で頷いた。

しかし、何かを思い出した様に、急に不安そうな表情に変わる。

「フレッド…。」

今にも泣きそうだ。

そんな顔をみたら、抱きしめずにはいられなかった。

彼女を引き寄せ、抱きしめる。

「私…怖いの。お母様…すごく悪いんじゃ無いかって。苦しいの…我慢している…でも私に隠してる。それに血液の浄化魔法かけた時…毒素が…すごくたくさん。院長先生の顔、怖かった。いつも優しい顔なのに…。」

彼女は泣いていた。

「悪いなら…もっと早く…気づかなくちゃいけなかったのに…私…わからなかった…お母様苦しいの…私のせい…。」

違う。

リラは悪くない。

「リラ、君のせいじゃない。マルグリットさんが隠したのは、きっと君に笑っていて欲しいから。マルグリットさんが辛そうにしていたら君は笑えないから…すごく辛いかもしれないけれど、マルグリットさんの前だけでは笑ってあげて。泣きたくなったら、僕の胸で泣いて。いつでもというわけにはいかないけれど、外出許可日には必ず会いに来るから…抱きしめてあげるから…話も聞くよ。」

僕にも、気持ちを落ち着かせる魔法がかけられたらいいのに…その時、光の精霊魔法を思い出す。

リラの心を穏やかに…そう思って術をかける。

ほんのりと淡い光にリラが包まれる。

僕を見上げた彼女の瞳に光が宿る。

優しく口づけをする。

「笑顔になれるおまじない。」

彼女の苦しみが、少しでもなくなります様に…。






それからもう1度抱きしめた僕は、リラに筆入れのお礼を言って別れた。


いつの間にやらピエール氏がすぐそばにいた。

いつからここにいたのだろう?

僕らの話を聞いていなかったことを願う。

「ちゃんと抱きしめてあげた様だね…大切にしてあげなさい。」

…全く厄介な人だ。

案の定見られていた。



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