【フレデリックの回想~僕が進学を決めた理由~】
きっかけは結の精霊との契約の話だった。
僕とリラは本来結ばれない運命であったこと。
リラには婚約の話があったこと。
あまり信じたくない話だった。
婚約の話があった相手とはおそらく彼だったのだろう…。
「もうすでに婚約の話があったのだから、これから先、リラが成長したらどういう状況になるかは想像できるね、フレデリック。
政略結婚の駒としても、彼女の能力にしても、外見もだが…欲しがる者はいくらでも出てくるだろう。
はっきり言って前途多難だ。それは精霊の数を見ても一目瞭然。いくら君達が精霊との親和性が高いからといっても結の精霊が多すぎる。それだけ強力な加護が必要だということだ。
お互い、相手に何かがあれば精霊が知らせてくれるだろう。たとえ、遠く離れていてもね。
結の精霊との契約で、フレデリックはリラを守ると約束しているね。必ず守るんだよ。もちろん、私達もいくらでも手は貸すが、最終的に何かあったとき、リラを守れるのはフレデリックだけだということを忘れないでほしい…。」
アルフレッド様に告げられた事は衝撃的だった。
成長したリラは今よりずっと美しいはずで、間違い無くまわりの男が放っておかないだろう…そう考えてぞっとする。
これから起こりうる事なのだ。
今の僕はリラに釣り合うのだろうか?
彼女を守る為に何をするべきか。
彼女に見合うだけの人間になる為に何をすべきか。
このままではいけない。
僕は兄達に士官学校の事や国立学校の事を聞いた。
しつこい位に聞きまくった。
それから父と働いている兄達にも仕事の事を、母と祖母には魔術師としての将来の選択肢の事をしつこい位に聞きまくった。
リラにはまだ言わない方が良いだろう。
あの時、彼女は動揺していた。
不安で仕方なかったようだ。
そんな彼女にこんな話をしたら余計不安になるだろう。
「リラにはまだ話すんじゃないよ。あの子が将来を考えるにはまだ早すぎる。」
案の定祖母にもそう言われた。
僕はまず、士官学校へ入学し、その後国立学校へ進学することを目標にした。
士官学校では良い成績を修める必要がある。
僕は武官には向いていないと思う。
魔術師や精霊術師としての能力もわからない。
きっと僕程度の術師なんてごまんといるだろう。
母や祖母を見ていると魔術師としての道も魅力的だがこればかりは持って生まれたものが大きく、いくら努力しても限界がある。
下手に拘って下っ端の魔術師になってしまってはリラと結婚したくても出来ないだろう。
それならば、努力次第でどうにかなりそうな文官の道を、エリート文官と言われる道を目指すことにする。
その為には、国立学校の上級文官育成コースに進学しなければならない。
受験するには、士官学校の推薦が必要だ。
11歳になると、祖母が魔術を、フローレンス様が聖霊術を実技指導してくださると言う。
今までどんなに頼んでも相手にされなかったのに急にどうしたのだろうか?
教えてくれないのは僕に魔術の才能がないからだと思っていた。
「意外といい腕じゃないか。」
普段僕を褒めることをしない祖母に褒められる。
嬉しかった。
しかしここで舞い上がってはいけない。
僕はリラと結婚するのだ。
彼女と結婚する為のハードルは高い。
僕は伯爵家の息子だが、兄が3人もいる。
もちろん跡取りでは無い。
いずれ家を出る。
つまり、今後も貴族で居られる可能性はものすごく低い。
そんな僕が結婚相手としての条件がいい筈も無く、今後リラに結婚を申し込んでくるであろう高位貴族の跡取り息子や、何処ぞの王子には到底敵わない。
アルがライバルになることは無いと思うが…。
爵位が継げなくとも、せめて王城に勤める文官になれれば、とりあえずの格好はつく。
真面目に働けば1代限りの爵位なら与えられるかもしれない。
それと比べて魔術師の道はリスクが大きすぎる。
駆け出しの魔術師の収入は決してよくない。
王直属の魔術師になれれば問題無いのだろうが、夢のまた夢だ。
魔術師と言う職業は、実力と経験が物を言う。
実力も経験も無い若造には大した収入も地位も名誉もある筈無い。
僕1人の事ならばそんなのどうでもいい事だが、彼女との結婚を考えると話は別だ…。
そう思うのはそれなりの理由もある。
幼い頃から、僕の母方の祖父は死んだと教えられていた。
しかし、先日祖母と母が本当の祖父の話しているのを偶然聞いてしまった。
祖母を問い詰めると意外にもあっさり教えてくれた。
祖母には真剣に結婚を考えた人がいて、親に紹介したいと申し出たが、その時すでに祖母の知らないところでどこぞの貴族との結婚の話が進んでいたため、彼は両親に会ってもらう事さえ出来なかった。
とても優秀な魔術師だったそうだ。
彼自身が爵位持ちであれば祖母の父は会うことを考えても良いと言ったそうだが、生憎、僕と同じく貴族の生まれではあるが跡取りではなかったらしい、それで会ってもらえず、親の決めた相手と結婚するように言われたそうだが、それを拒んだ祖母は彼の子ども…つまり僕の母を妊娠し、未婚の母となった。
妊娠すれば、婚約の話はあちらだってお断わりだろうし、その後実家とは縁を切ってでも相手と結婚するつもりだったそうだ。
しかし、それを知り激怒した祖母の父が、産まれた僕の母を無理やり養女にし、自分の戸籍にいれた。
子どもを育てたければ彼との結婚をあきらめ両親と暮らせと、彼との結婚を諦めないのならば娘を手放せ…そんな条件を出したそうだ。
その為、祖母は結婚を諦め、独身を貫く事にした。
僕が死んだと教えられていたのは戸籍上の祖父、つまり実の曽祖父で、本当の祖父は生きているらしい。
母も、成人してから本当の父のことを知ったそうだが、それが誰かさえ知らない。
これが、理由だ。
今まで貴族の付き合いなんてどうでもよかったがそうも言っていられなくなった。
人脈は大切だ。
父に誘われても断ったり嫌々ついて行っていた態度を改めることにした。
声をかけられたものは素直についていくことにする。
これも将来のためだ。
毎年恒例の夏の別荘でも、今年はなるべく知らない人とも交流するようにした。
エドと一緒に夜会にも初めて出席した。
色々な貴族(男性)と出会い話を聞くのは意外と悪くない。
進路についての情報収集にもなる。
やはり女の子たち、とくにエドの幼馴染御一行様は苦手だ…。
ダンスに誘われたのでお相手したのだが、ついついリラと比べてしまう。
ダンスはリラの方がずっとずっと上手だし、立ち振る舞いも彼女の方が美しい。
あれだけ厳しく叩き込まれた成果をこんなところで実感した。
そして、きっと正装したリラは可愛いんだろうな…今踊っている相手がリラだったら…と妄想してしまう。
いけない、きっと顔がにやけている。
踊り終わるまでに何とか顔を引き締めて、適当な理由をつけて相手をまいてエドのところへ戻る。
相手がリラだったらずっとエスコートしていたかった。
エドは付き合いが長いだけあって僕の考えていることがお見通しだったようだ。
「リラ嬢がここにいなくて残念だったねぇ?えらく楽しそうだったけれど妄想で一緒に踊ってたのか?フレッドにしてはだらしない笑顔だったからすぐわかったぜ。」
ニヤニヤと嫌な笑顔だ。
それから、話を無理やり目前に迫った士官学校の入学の話に切り替えて、在校生をつかまえて話を聞いたりと、割と有意義な時間を過ごしたのだった。
士官学校ではエドと同じクラスだった。
クラスメートには何人かの顔見知りと、以前アルと一緒に剣術を教えてもらった近衛副隊長の息子、ルイも一緒だった。
彼は口数が少ない硬派な男だ。
背も高く、逞しく、男前、男も惚れるタイプの少年だ。
きっと女の子にももてるんだろうな、そう思う。
しかし、以前会った時とはずいぶん雰囲気が違う。
不思議な気配がする。
親近感のような、威圧感のような不思議な気配だ。
そしてなぜかしょっちゅう目が合う。
ある時、偶然彼の手に触れ、その理由が分かった。
「魔術師?なのか?」
僕が言うより先にルイに言われてしまう。
「ああ、君もそのようだね。」
この国の魔術師は人口の1%程度と言われている。
100人いれば1人はいるはずだが、こんなところで同輩に出会うとは思わなかった。
「以前城で君に会った時には感じなかったんだけれど…術を使えるようになったのは最近なのか?」
率直に聞いてみる。
「ああ、まだ半年程度だ。フレデリックはいつからだ?それと、なぜ王子殿下と一緒に父から剣術を習っていたのだ?」
やはりそこ、気になりますよね、僕が王子と一緒とか意味わかりませんよね、僕だって初めはそう思いましたから…。
「フレッドでいいよ。僕は6歳の時からだ。その…殿下と一緒に剣術を習っていたのは人には言わないでくれるか?」
念のため、口止めする。
「ああ、もちろんだ。そう言われている。」
「それと、これから話すことも口外しないでくれ。」
彼なら大丈夫だろう。
「殿下の学友となるよう命ぜられたからだ。」
「…そうか。でもなぜ君が?」
そう思うのも仕方ない。
僕は所詮伯爵家の四男だ。
「今でも明確な理由はよくわからない…。だが、強いて言うなら…実は…これは普段隠していることなんだが…僕の祖母の名は…ヴィクトリーヌ…。」
「やはりそうなんだな。君じゃないかと思っていた。何処と無く雰囲気が似ている…。ヴィクトリーヌ様に俺と同じ年の孫がいると言わたんだ…名前は教えてくれなかった。魔術師だというのも知らなかった。士官学校に進学予定だというのも聞いていて、困ったことがあれば探して相談するように言われた。」
相談…って。
無茶ぶりするな!
祖母は相変わらずだ…。
「祖母と会ったのか?」
「ああ、師匠を紹介してくださった。」
祖母が会って指導者を紹介した、半年前に魔術に目覚めた、それはもしかして…あの時、リラがかけた回復魔法が影響しているのだろうか…。
「もしかして使えるようになったのは…アルと君が怪我をした時…なのか?」
「ああ…それ以上は聞かないでくれ、口止めされている。ところで…いや、なんでもない。」
お互いの秘密を明かした為か、ルイと僕は打ち解けることができた。
ルイの魔術を実際に見る機会はなかったが、話を聞く限りでは、彼は攻撃系の魔術に特化しているようだ。
ここでは練習が出来ないとぼやいていた。
「攻撃系は無理だけれど、生活魔法は便利だしここでも使えるから何もしないよりはマシだよ。洗濯はどうせしなくちゃいけないし練習にもなって一石二鳥だし。」
「生活魔法?」
「ああ、家事魔法とかとも言われる、便利魔法。良かったら僕の部屋で教えるけど…。」
「いいのか?同室は誰だ?」
「エド、エドワール。彼は僕の事を知っている。祖母のこともだ。口止め料がわりに彼の分も洗濯すれば問題無いさ。」
そして僕達の部屋の浴室で洗濯の方法と乾燥の方法を教えた。
念のため、障壁魔法で浴室を保護しておいて正解だった。
彼は力の調整が苦手な様だ。
障壁の中はメチャメチャだった。
何とかやっと洗濯を終えると、ルイにやたら感謝された。
「出力調整の良い練習になりそうだ。助かる。また来ても良いか?フレッドの障壁魔法が無いとおそらく部屋が大変な事になる…。」
「ああ、いつでも声をかけてくれ。」
「悪いな…君は俺の生活魔法に師匠だな。それと…エドワール、君も協力してくれ。君の分の洗濯を任せてくれないか?」
「もちろん、そういうことなら喜んで協力するよ。それと僕の事はエドって呼んでくれ。」
生活魔法の師匠とか、ちょっと複雑だ…。
生活魔法が上手いやつ、イコール、大した事ない術師、世間ではそんなイメージなのだ…。
まぁ、事実だから仕方ないけれど…。
そうして、秘密を共有した僕らはこれをきっかけに仲良くなった。




