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浄化魔法

翌日は休みだったがいつも通り森へ行く。

するとそこには思いがけない人達がいた。

「院長先生?それにフレッドまで!?」

「せっかく昨日いい所までできたのだから今日も練習しないと勿体無い。今日は丁度治療院は休みの日でね。急な患者がいれば直ぐに知らせる様にしているから大丈夫だよ。それに、もう1人の孫弟子にも会ってみたかったしね。」

そう言うとフレッドの方を見た。

「僕はリラを驚かせようと思って…今日は外出許可日なんだ。」

「フレッドの意地悪!」

口ではそう言ったが、久し振りに会えて嬉しい私はついついフレッドに抱きついてしまう。

「おやおや、40年位前にもこんな光景見たことがあった様な気がするな、そうは思わないかね?フローレンス。」

ハハハ、と笑って院長先生はおばあ様に同意を求めた。

おばあ様はそうだったかしら?とすましている。

「フローラ、じゃ無くてリラ、マルグリットはどこかね?早速練習しよう。それからフレデリックだったかな?君もおいで。」


お母様は私より少し後からやって来た。

まず院長先生がお母様に血液の浄化魔法をかける。あらかじめ用意していた容器が黒くドロリとしたもので満たされていく。

「これがマルグリットの体内の毒素だよ。集中して具体的にイメージすることが大事だ。ほら、彼女も随分顔色が良くなっただろう?まだ体内の半分程度の血液しか浄化できていないから、後はリラがやってごらん。出来たら声をかけるんだよ。」

そう言うとフレッドと一緒に何処かへ行ってしまった。


なかなか術を発動することが出来ない。

ある程度手応えはあるのだが院長先生の様に毒素を体外へ出してあげることが出来ない。

次こそはと、魔力ちからをより込める。

失敗する。

それの繰り返しだ。

「リラ、あともう一息よ。すごく近くなっているの。毒素を集めるところまでは出来ているの。力任せじゃ無くて…少し力を抜いてごらんなさい?」

ポチャリ…

僅かだが毒素を抜けた?

もう1度。

ポチャ…ポチャリ…

先程よりも手応えがある。

もう1度…

ドバッ…

「リラ、すごいわ。もう大丈夫。」

お母様の顔にも赤みがさしている。

はじめに院長先生が集めた毒素と同じだけの量が容器に入っていた。

痛み止め…一応かけておこう。

「…リラ?」

こっそりかけたつもりだったが、やはりお母様は気づいてしまったようで、急に驚いた顔をしている。

「驚かせてごめんなさい。えっと…院長先生に時々練習する様に言われたの…。」

院長先生が、浄化の術と一緒にかける様に言ったのはお母様は私に苦しんでいることを気づかれるのを気にしているからなの?

昨日の院長先生の反応もそうだが、お母様は体調が良くないのだろうか…。


院長先生はフレッドに魔術の指導をしていた。

私に気付くと声をかけてくれたので、血液の浄化が成功したことを伝える。

「思ったよりも早かったね。」

ニコニコ笑ってくれた。

「リラもフレッドも筋がいいね。流石は私の孫弟子だよ、なんて自画自賛もいい所だね、ハハハ…。」

「あの…お母様のことなんですが…」

ついさっきまでニコニコしていた顔が急に強張る。

「何も…聞いていないのかい?…今度私の所に来た時…話そうか…。」

なんだか歯切れが悪い。

それ以上を今聞いてはいけない様なので、何も聞かないことにする。

「それじゃあもう少し待っていてくれるかい?」

そう聞かれて頷くと、フレッドの指導を再開した。


キリのいい所だったのか練習を中断し、休憩すると言う2人に血液浄化魔法をかける。

上手くいったはずなのに…容器に集めた毒素は2人分合わせてもお母様のそれの2割程度だ。

失敗したのかしら…そう思って再度かけようとすると院長先生に止められた。

「普通はこんなもんだ…。短い間でよく習得出来たね。」

つまり、お母様は相当良くない…つまり悪いということなのだろう。

どうやら目で訴えていたらしい。

院長先生は私を見て険しい顔で頷いた。






アルフレッドの執務室にはアルフレッド、フローレンス、ローラン、そしてフローレンスの師匠で現在は治療院の院長を務めるピエールが居た。

「ピエール、マルグリットはどうなんだ?」

アルフレッドが問いかける。

「思っていた以上に悪い。」

ピエールは後悔していた。

「それを…悪いということを…リラにも気づかせてしまった…。」

マルグリットの浄化した後に、ピエールとフレデリックから排出された毒素とその前に見た彼女の母の毒素。

再度術をかけようとした彼女に彼がかけてしまった言葉。

彼が気付いた時には遅かった。

いや、その前から彼女は気付いていた。

「それでいいのです。私が師匠にあの子を会わせた理由でもありますから…あの子はそろそろ気付くべきだと…黙っていて申し訳ありません。」

フローレンスは申し訳なさそうに言った。

「つまり…それは…」

ローランが質問しようとするがそれ以上言葉にならない。

「リラが…毎日浄化して…あと1年…。マルグリットは悪化しているのを必死で隠していた様だね…フローレンスが私の所へリラを連れて来ていなかったら…半年も…持たなかっただろう…。君は気づいて彼女を私のところへ連れて来たんだね。」

フローレンスが頷く。

あと1年という言葉に…皆が項垂れた。

「幸い、リラは優秀で…治癒系統だけに関して言えば…私が教えた中で1番だと言える程大変優れた使い手だ…私が追い越されるのもそう先では無いだろう…あの子は転移魔法が使えるね?出来れば時間を見つけて私の所へ寄越して欲しい。1日に1時間、30分でもいい。弟子として教えたい。必ずマルグリットの為になるはずだ。

それから…マルグリット(母親)のことも私から話そう。」


「マルグリット自身も気付いているのだろうな。」

アルフレッドが言う。

皆心当たりがある様だ。

リラと過ごす時間が増えていること。

リラに自分のことは自分で出来る様に必要以上に家事全般を叩き込んでいること。

時々、リラを見つめる瞳が暗く沈んでいること。

痛み止めの薬ばかり調合していること。

そして、ことあるごとに「リラをお願い…」と淋しそうに言うこと。

「痛み止めだが…いつも調合している薬ではもうほとんど効果が無い様だ。書庫で調べているのを見かけた。効果の強い薬では彼女の体に負担がかかりすぎる。飲み続けたら…早めるだけだ。だから…調合出来ない様、薬草は処分し、薬草園での栽培もやめた。種子も鍵付きの薬棚に隠してある…。」

ローランがアンヌに管理を任せたのは、マルグリットにその薬草の栽培をさせない為でもあった様だ。

「リラには、浄化魔法と鎮痛魔法を同時にかける方法を教えようと思う。痛みを隠しているなら、その方がマルグリットの精神的負担が少なくて済むからね。困ったときは、声をかけてくれ。いつでも飛んでくる。」

ピエールはそう言うと、部屋を後にした。






お母様の所へ戻った私は、バスケットから軽食を取り出す。

温かいスープと冷たいサンドイッチ。

保温と保冷の魔法をかけておいたので、丁度良い温度だ。

「ちょっと早いけどお昼にしましょう?集中していたらお腹空いちゃったの。お母様もどうぞ。」

「リラ、ありがとう。少しいただくわ。」

何を話せばいいのかわからない。

体調良くないの?

苦しいの我慢していたの?

どこか痛いの?

聞きたいけれど、聞けない。

きっと聞いても答えは決まっている。

『大丈夫よ。』

そう答えるはずだ。

さっき、鎮痛魔法をかけた時、明らかに動揺していた。

痛みを隠しているのだろうか。

私に心配をかけさせない為?

「ねぇ、リラ、さっきのは鎮痛魔法よね?いつの間に覚えたの?難しい術でしょう?」

回復魔法と治癒魔法は使える術者が割といるそうだが、鎮痛魔法と血液の浄化魔法はなかなか使える術者はいないらしい。

鎮痛魔法に関しては、痛み止めの薬のバリエーションが多く、一般にも鎮痛薬は非常に数多く出回り、痛みを鎮めるのが魔法である必要も無い為、そこまでの需要はないそうだ。

とはいえ、薬と比べると桁違いに魔法の方が効くのだが、それを知るものは少ないし、非常に習得が難しいらしい。

血液の浄化魔法は非常に認知度が低いため、教えられる者も、習得しようと思う者もほとんどいないそうだ。

私の場合、鎮痛魔法はアンヌの為に、血液の浄化魔法はお母様の為にと、イメージがしやすかったので習得できただけ。

具体的な誰かのイメージがあるのはとても大きい。

『気持ち』が大きく影響する。

元々、打たれ弱いというかちょっとしたことに影響されやすい性格なのは自覚がある。

メンタル弱いのだ。

そんな私を支えてくれているのがアンヌだしお母様だからこそ頑張れた。

ただそれだけ。

「鎮痛魔法、2年位前から使えるの。きっかけはね、アンヌの…えっと、あれが…すごく重くて苦しそうだったから楽にしてあげたくって…。」

自分にとって月経は未知のもので、母親相手とはいえ、口に出すのが恥ずかしい。

「そうだったの。そういえばリラはまだよね?来た時は恥ずかしがらずにちゃんと言うのよ?」

「…う、うん。」

やっぱり恥ずかしい。


「ずっと聞きたかったんだけど、聞いていいかしら?フレデリックとはどうなのかしら?」

少しの沈黙の後、お母様に聞かれたのは思いもよらない事だった。

動揺した私を見て、お母様が笑う。

「彼の事、いつから好きだったのかなとか、祝福された時のこととか、どう思っているかとか、将来どうしたいとか、そういえば全然話してもらってないなぁって思ったの。そしたら聞いてみたくって。恥ずかしがらずに教えてちょうだい。」

そういえば、フレッドのことはよく話すけれど、そういう内容については話したことない。

だって恥ずかしいもの…。

「フレッドの事いつから好きか…恋愛感情を持ったのはいつかよくわからない。ずっと大好きだったし。はじめは親友だと思ってたの。守ってあげるって言われて、すごくかっこ良くて、結婚して欲しいって言われて…気付いたら祝福されてた。一緒にいると、楽しいし、嫌なことがあっても気持ちが楽になるって言うか忘れちゃうし、元気になれる。フレッドの事を考えるとドキドキしちゃうこともあるし、なんだか苦しいこともあるし、でもいつも会いたいなって思うの。

ギュってしてもらうと幸せ。嬉しい。

将来…よくわからないけれど、ずっと仲良しでいたいし、結婚って何か良くわからないけれど…結婚するなら…フレッドとしたいと…思っているわ。」

何とか言えた。

恥ずかしいけれど、きちんと言わなければいけない気がしていた。

「リラはちゃんと恋してるのね。」

すごく嬉しそうな笑顔だ…。

こんな笑顔は久しぶりに見た気がする。

私もつられて笑顔になる。

いつもこんな笑顔でいて欲しい。

私も元気になれるから…。


「あら?フレデリック?」

お母様の視線の先…振り向くとフレッドがいた。

院長先生も一緒だ。

今の話、聞かれていないよね…?


「マルグリット、ちょっといいかね?」

院長先生はお母様を連れて何処かへ行ってしまった。


「フレッド、お昼はまだよね?良かったら食べない?」

「ありがとう、頂くよ。」

私はフレッドに温かいスープと冷たいサンドイッチを渡した。

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