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それぞれの道

あっという間に夏が過ぎ秋になった。


フレッドは士官学校の入学試験に合格し、先日入学した。

貴族の子息であれば、よほどのことがない限り入学でき、試験は成績によってクラスを振り分けるために行われるらしい。

フレッドは成績優秀者が集められたクラスになったそうだ。

彼から何度か話に聞いている親友のエドワール、通称エドと、以前私が怪我を治した少年、ブランシャール近衛副隊長のご子息(ルイという名前だそうだ)も同じクラスらしい。

因みに、士官学校ではあるが、皆が軍人志望な訳ではない。

文官志望者でもこの学校を卒業しているのとしていないのでは将来の選択肢に大きな差があるうえ、昇進のスピードにもウサギとカメほどの差が出てしまうそうだ。

国立学校の文官志望者のクラスへの進学を希望しても、士官学校で優秀な成績をおさめなければ受験資格さえない。

つまり、士官候補生とはいえ、一定数の文官志望が混じっている。

フレッドは兄達がそうであったように、士官学校卒業後は国立学校の文官志望者のクラスへ入るのを目指している。


士官学校は全寮制で、必ず全員の入寮が義務付けられている。

身分や経済状況により、幾つかの種類、金持ち貴族用から低所得者向けまであるらしい、から部屋を選択するそうだ。

とはいえ、使用人を連れてくることは出来ず、食事の支度も当番制、基本自分のことは自分でしなくてはいけない生活に戸惑う貴族の子は多いそうだが、おばあ様の授業を受けていたフレッドは同室のエドの分の洗濯も請け負うほど(他の士官候補生には秘密だが彼はフレッドの能力を知っている)、余裕をもって生活できていた。

1年次は色々と規律が厳しく、月に一度の許可された日以外は外出は基本的に禁止だそうで、外泊も年末と年始に1週間と夏の長期休暇のみ、2年次以降は学校が休みの日であれば外出が許可され、外泊も保護者の届けがあった場合は認められているそうだ。


今後、フレッドには月に1度会えるか会えないかだ。

淋しいけれど、フレッドが選んだ道だし、3年間という期限付き、しかもその間私は今まで以上に忙しい。

甘えたことは言ってられない。


アルはローランおじ様の本来の仕事の見習いをしながら王国の政治の仕組みを現場を回りながら勉強しているそうだ。

彼には王子という立場がある。

マティユ陛下の次は王太子である彼の父が王になるはずだが、いずれは王位を継ぐ覚悟がないわけではないらしい。

そうでなくても、成人して学校を卒業すれば(まつりごと)に関わることになるのだろう。

そんな彼はおじ様が週に一度森を訪れる際、私たちと一緒に勉強している。

アルも薬草学はまだ学びたいそうだし、精霊術も定期的に勉強しないと忘れてしまいそうで怖い、と言っていた。


私とアンヌはほぼ毎日森へ通っている。

時々ヴィクトリーヌ様に稽古をつけてもらいに王宮へ行くこともあったが、月に1度有るか無いかという程度で、ひと月の8割以上を森で過ごしていた。

以前のように時間を決めて一緒に『授業』を受けているのは薬草学と3年後の入試対策くらいで、基本はそれぞれ出された膨大な課題をしたり、各自興味のあることを学習したり、誰かをつかまえて教えてもらったりしている。

残念ながらローランおじ様はアルが来た時にしか会えないため、アンヌは少し落ち込んでいたが、ローランおじ様に薬草畑の管理を頼まれたためあっという間に元気になっていた。

普段はアルフレッドおじ様をつかまえて質問したり、書庫で精霊術にかかれている本を探しては読み漁っているようだ。


私はというと、以前よりもお母様と過ごす時間が増えた。

今は魔術も、精霊術(ごく簡単な生活魔法以外)もほとんど使えなくなっているお母様だが、私が生まれる前は腕の良い術師だったそうで、アドバイスをもらいながら練習している。

特に治癒術や回復術はお母様にかけさせてもらうことが多い。

お母様はおばあ様の娘だ、一緒に過ごすうちにそう実感することが多くなった。

今までそう意識したことなかったけれど、しぐさや声のトーンがそっくりで、知識も豊富だった。

わからないことを聞くと、答えでは無くヒントを出してくれるのだが、その導き方までおばあ様にそっくりだ。


休みの日にも休んではいられない。

私は月に2度のペースで、おばあ様に連れられて、おばあ様の古い知り合いが開業している治療院で研修(という名のお手伝い)をさせてもらっている。

私が治療する患者さんからは治療費をいただくわけにはいかないので、逆にご迷惑ではないかとも思ったのだが、もともと儲け重視では無く奉仕活動の延長で始めた治療院だそうで、施術費は患者さんの気持ちで寄付してもらい、お金を用意できない患者さんは物だったり、後日お金が用意できた時に持ってきたり、治った患者さん自身がお手伝いをしていることもあるそうだ。

私が治療した患者さんに見習いの半人前である為、お金は受け取れないことを伝えると、皆困惑したため、院長先生がそれならばと言って、箱を用意してくださり、そこへ入れられたものは孤児院へ寄付することとなった。

お母様とアンヌ以外の人を治療するのはほとんどなかったし、とても勉強になった。

魔力ちからの配分や、どの術が有効かの見極め、2つの術を同時にかけるということも覚え、効率よく、相手の負担を少なくかける方法を見つけた。

今まで気づかなかったが、必要以上の回復はかけられた相手へかえって負担になってしまうこともあるらしい。

回復魔法は、消耗した体力や失った血液を補い、体力を回復させるものであるが、過剰にかけると、患者の血液量が増えすぎて体に負担がかかり臓器や心臓へ負担がかかってしまう。

若く健康な人なら問題ないが、高齢者にとっては心臓に負担がかかりすぎ命にかわる病気を引き起こしてしまうこともあるそうだ。


治癒魔法は、患者の持っている本来の自然治癒力・免疫力を魔力の力で引き上げて一気に治す術である。

決して万能ではない。

骨折や切り傷、擦り傷などであればほぼ治すことが出来る。

指を切り落とした直後で、その指が適切に保存されていればもとにつなぐことは可能だ。

しかし、切断されて時間が経ったものや、失ってしまったもの、壊死してしまった部分は元通りにはできない。

自然治癒で治るもの、縫合程度の処置で治るものの時間をものすごく短縮する、それが治癒魔法だ。

病気の場合も体の中の悪い所を取り除かなければならない場合や、臓器が弱って機能を失ってしまっている場合、治癒魔法をかけた直後は治っているように思えるが、症状を一時的に和らげるだけの所詮時間稼ぎで完治ではない。

また、もう息絶えた人を治すことも不可能だ。

死者を生き返らせる蘇生術は黒魔術または闇の精霊術のみ存在し、それらが禁止されているこの国ではかけられるものはいないはずで、もちろん私も使えない。

以前聞いた話では、死者を生き返らせるのと引き換えに、誰かの命と聖なる獣の血を捧げなければならず、たとえ蘇生に成功しても感情の無い生きる屍でしかないらしい…それが蘇生と言えるのだろうか。


勉強になることも大きかったが、自分の無力さを実感する良い機会だった。

治癒魔法も回復魔法も万能ではない。

治してあげたくても、治すことは出来ず一時しのぎにしかならない。

痛みを楽にしてあげるだけだ。

みんなそれで十分だと言ってくれるが、なんだかモヤモヤする。

治癒・回復系の得意な魔術師がいれば医者はいなくても良いように思えるが、医者でなければできないことも多いのだ。


治療院の患者さんは貴族はほとんどおらず、大多数が庶民だった。

「これがこの国のマジョリティです。彼らに支えられてこの国は、私たちの生活は支えられているのです。覚えておきなさい。そして彼らについてもっと知りなさい。」

おばあ様がここに私を連れて来たのはそういうことだった。

そして、私はここでは院長先生の知り合いの弟子で治癒師見習いのフローラと名乗ることとなった。

服装もなるべく簡素なワンピースに白いケープを羽織る。

髪も一つにまとめただけだ。

治療院が暇な時は院長先生に色々なお話を伺った。

院長先生はおばあ様とヴィクトリーヌ様の魔術の師匠で、おじい様よりも15歳ほど年上だろうか、70台前半くらいに見える人のよさそうなおじいさんだった。

現役時代は眼光の鋭い鷲のような魔術師で、ヴィクトリーヌ様の前任者だったそうだが、今はそんな面影はない。

優しい目をしていて品が良く、鳥に例えるならば鷲と言うより白鳥だ。


「フローラ、いや、今はリラと呼ぶべきかな。マルグリットは最近元気かね?体調はどうだい?」

院長先生はお母様の事もご存知の様だ。

「お母様もご存知なのですね。最近は大体1日に3回、私のかけられる最大の回復魔法をかけています。1年前までは2回で良かったのですが、去年の冬に一度体調を崩してそれからは2回では辛そうなので…ひどい時は4回だったので、多少は回復してはいると思うのですが…。」

「おやおや、君が産まれた時、私も治療に当たっていて君には会っているんだが覚えていないのかね?……なんて冗談だよ、覚えているわけ無いね。」

そう言ってハハハ、と笑うが直ぐに真面目な顔になった。

「そうか…君の術で1日に3回と言うとかなり体力の消耗が早い様だね…。血液の浄化の術は知っているかい?体の毒素をなるべく抜いてやるんだ。そうすると多少は楽になるだろう。それから、痛みを鎮める魔法もかけてあげなさい。そこまで進行しているならかなり痛みを我慢しているはずだよ。別々でなく、同時にかける様にした方がいいだろう。教えてあげるから、回復魔法を朝夕2回にして、教えた魔法を朝昼晩3回かけてあげなさい。」

君ならきっと出来る、そう呟いて院長先生が立ち上がった。

「さあ、患者さんが来たよ。私と一緒においで。」


それから、治療院を訪れる患者さんで院長先生はお手本を見せてくれた。

「今、見習いのフローラに血液浄化の術を指導していてね、かけさせて貰っていいかな?この分の施術費はもちろんいらないよ。」

患者さんは皆快諾して下さり、私は何度もお手本を見せて頂いた。

私も、患者さんが途切れた時に院長先生で術をかけさせていただいたがなかなか上手くいかない。

「いい線までいっているんだけどあともう一息だね。1日でここまで出来るとは流石だよ。今日はそろそろ終わりにしよう。無理をして倒れてもいけないからね。」

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