修業と進路と怪我をした少年
この国には魔術師、精霊術師という職業が存在する。
魔術師とは魔術を生業とするもの。
精霊術師は精霊術を生業とするもの。
特定の人物に仕える者もいれば、個人で便利屋のようなことをやっているもの、一部の特化した技能を使い開業するものなどその働き方は様々だ。
安定を求めるものは王国所属の魔術師を目座す場合が多い。
王国所属とはいわば国家公務員のようなもので、王国所属と一口に行っても、その職種は様だ。
移転魔法施設の管理運営をするもの、治癒・回復系の魔法で治癒師として国立の治療院で働くもの、非常時に備え戦力として軍に所属するもの、後進を育てるため教師として国立大学に努めるものなど多岐にわたる。
その中でも、王直属の魔術師、精霊術師、両方を操ることが出来る精霊術師はいろいろな技能をもつオールラウンダーが多く、仕事内容は王の手足となり動くこと、近衛隊を使うわけにいかないときの護衛などが主で、王のご意見番という立場でもある。
ちなみに王宮直属の魔術師のトップがヴィクトリーヌであり、精霊術師のトップがフローレンスだ。
王宮直属の人物となると、そのほとんどが両方使える精霊魔術師だが、得手不得手があるため、どちらか得意な方での配属となる。
名実ともに権力はあるのだが、それを鼻にかけたり、それを盾に悪事を働く者はいない。
現在は。
その理由は単純明快だ。
王直属の術師は皆、彼女たちの弟子なのだ。
優秀で忠誠心の高いものを集めたらたまたまそうなってしまった。
ある派閥で構成されるのに反発はもちろんあったが、如何せん能力も、知識もかなうものがいなかった…ただそれだけだ。
定期的に、能力試験等が行われ、より優れたものが出てきた場合、メンバーの入れ替えが行われることになっているのだが、メンバーが優秀なためなかなかそれを超える者がおらず、高齢を理由に辞職した術師の穴埋めで若い術師が入ってくる、世代交代がごくたまにある程度だった。
2人への弟子入り希望者も多いが、それは王の許可がない限りは許されなかった。
ある時、2人へ王命が下された。
子どもらに魔術、精霊術の指導をせよと。
おばあ様に精霊術を習い、ヴィクトリーヌ様に魔術を習い始めてから1年半。
2人の師匠は忙しい中時間を作っては私たちの指導をしてくださった。
おばあ様はとても厳しかったが、ヴィクトリーヌ様はそれ以上に厳しかった。
おかげで、魔術は上達し、適性がないと言われ続けていた攻撃魔法もごく一部であるが習得できていた。
それ以上に、もともとの得意分野であった治癒・回復系の魔法はより強力に、よりバリエーションに富んでいったし、未知の領域であった空間魔法や移転系の魔法も中程度のものは習得できていた。
特に、空間魔法はすごく便利だった。バッグの容量を膨大なサイズに変えた上でポケットごとに保冷や保温できる機能を施したりするとものすごく便利なお買い物バッグになり、買い出しに行く我が家のメイドのアンやクレールにものすごく好評だった。
フレッドの上達っぷりは本当にすごかった。
祖母であるヴィクトリーヌ様も驚くくらいだ。
攻撃系の魔法は威力もそうだが、コントロールが抜群に良かった。
空間魔法も移転系の魔法も私の比ではなかったし、何より、少ない力で効率よく、しかも目立たずに術をかけることが出来た。
ただ、相変わらず治癒・回復系統の術はさっぱりで、こればっかりは仕方ないと言われていた。
どうやら、ヴィクトリーヌ様も、ジュリエッタさんも相性が良くないそうなので、遺伝かもしれないそうだ。
一方、精霊術の方はというと、私とアンヌは空の精霊術をメインに修業し、それと並行して術の精度も上げる練習もした。
以前から習得していたものは森でなくとも安定した規模の術が使えるようになった。
フレッドは新しい術を覚えることよりも術の精度を上げることと、精霊ともっと仲良くなることを中心に修業した。
私もフレッドもアンヌも、精霊に隠れてもらって日常を過ごせるようになった。
アルはというと、彼の場合、扱う術が私たちと違う系統の術だったため、おばあ様ではなくアルフレッドおじ様に師事していた。
彼は水の精霊と風の精霊の加護を受けているが、彼は天候を操る術の適性が高く、雨や風を呼ぶ、嵐の勢いを弱めるなど、特殊な術が使える事が分かったためだ。
それは、とても特殊な術で、エルフでも使えるものは少なく、アルフレッドおじ様は貴重な使い手だそうだ。
そうして、それぞれが精霊術師、魔術師としての技能を身につけていった。
ある時、おばあ様、ヴィクトリーヌ様、マティユ陛下の3人と面談する機会が設けられた。
まず、アルが呼ばれた。
次に呼ばれたのはフレッドだった。
そしてアンヌが呼ばれ、私が最後だった。
面談の内容は、今後のこと、将来のことについて。
アルは13歳、フレッドも来月の誕生日を迎えると13歳だ。
15歳で成人を迎えるこの国では決して将来を考えるのに早い年齢ではない。
「リラ、あなたは今年12歳になりますね。もうそろそろ、将来のことを考えねばなりません。」
将来のこと。
考えたことがないわけではないが、漠然としすぎている。
「あなたは、今後どうするつもりですか?どうしたいと考えていますか?」
急に言われても分からない。
「…いずれは、フレッドと結婚したいとは思っています。」
今、思いつくのはこの位だ。
「確かに、それは大切な事ね。でも、今聞きたいのはそういうことではないの。精霊術師として、魔術師として、あなたがどうしたいか、そう聞くべきだったわね。」
おばあ様はにっこり笑って言い直した。
「すみません、精霊術師として、魔術師としてどういった選択肢があるのかよくわからないのですが…国立学校に精霊術や魔術師の為のクラスがあると伺ったので…興味があります。」
「そのためにまだ勉強することは必要だと思いますか?」
「はい、もちろんです。」
おばあ様とヴィクトリーヌ様は顔見合わせた。
「リラ、3年後、国立学校入学を目指して頑張りな。今まで通り、いやそれ以上に指導してあげよう。」
ヴィクトリーヌ様はニヤリと笑ってそう言った。
ヴィクトリーヌ様の今まで以上の指導…耐えられるだろうか。
「半年後からは、アンヌと2人で授業を受けてもらいます。その中で、国立学校の入学試験の対策もします。」
アンヌと2人で?
「フレッドとアルは一緒ではないのですか?」
「フレデリックは9月から士官学校に行くことになった。本人が決めたんだよ。」
「アルベールは、ローランについて3年間政治の勉強をさせる。国立学校には行かせるつもりだから、入学試験対策は一緒に勉強することになるかもしれんよ。」
ヴィクトリーヌ様とマティユ陛下が答える。
「皆が頑張ればきっと3年後はまた一緒に勉強できますよ。フレッドも士官学校をを出たら進学するでしょうしね。」
「ねぇ、フレッド、9月から士官学校に入るって本当?」
面談後、フレッドに聞いてみた。
「うん。リラに言っていなくてごめんね。前から考えていて祖母に相談したらリラには言うなとくちどめされてたんだ。兄達も皆通っていたからね。卒業後も進学できるように頑張るよ。」
「実は僕も祖父に相談したんだ…今後、どうすべきか、僕にはどんな選択肢があるのか。」
2人とも将来について考えていたんだ。
「アンヌは何か考えてる?」
「もちろん、ローラン様と結婚したいけれど…そんな事言えなかったわ。だから薬草学について興味があってもっと勉強したいって言ったの。」
「ローラン様と一緒にいたいだけじゃないのか?」
アルがすかさずつっこんだ。
「失礼ね!と言いたいところだけど、否定しないわ。だって近くにいるためにはそうするしかないじゃない?」
「開き直るなよ…。」
アルはそう言ったけれど、アンヌが本当に薬草学にも興味があることはみんながわかっているからだ。
「リラは、どうするの?」
フレッドに聞かれた。
「えっと、今までみたいにアンヌと授業を受けて、3年後、国立学校入学出来るよう勉強するわ。精霊術と魔術、どちらを取るかはまだわからないけれど…。」
国立学校についてはお兄様にいろいろ聞いていて、精霊術のクラスと魔術のクラスがあることは知っていた。
けれど両方一度に受けられるクラスはなく、どちらかの過程を修了した後、もう一方のクラスを一から受けなくてはいけないため、卒業まで最短で6年、ということになる。
出来たら両方勉強したいが可能なのだろうか?
それから授業内容がそれぞれの進路へ向けて少し見直された。
2人は8月まででおばあ様の授業を卒業するため、フレッドとアルは忙しそうだ。
それまでにキッチリ教えるつもりなのだろう、おばあ様にも熱が入っている。
ある日、護身術の授業を終え、おじ様のところへ質問へ行ったアンヌと別れ1人で移動していると、剣術の稽古をしている2人がいた。
剣術の時間が削られてしまった為、練習場で自主練習をしている様だ。
そこには見慣れない少年がいて、アルと打ち合っている。
どうやら彼が今日の師範らしい。
フレッドが彼は今まで剣術の師範であった近衛の副隊長のご子息だと教えてくれた。
たまたま副隊長である父の使いで王城へ来たらしいのだが、アルがお願いして相手をして貰っている。
流石父が近衛の副隊長を務めているだけあって彼も強い。
アルにアドバイスをしながら打ち合っているが表情には余裕さえ見られる。
その時だった。
ゴトリ…鈍い音がしたかと思ったら、アルがバランスを崩した。
そのまま段差から落ちる…。
一段高くなっている石畳の縁が崩れてしまったらしい。
とっさに、対戦相手の彼が手を伸ばす…が間に合わない。
アルが転倒した。
運悪く、割れた石の上に転んでしまった様で、腿の後ろには石片が刺さり、辺りは真っ赤に染まっている。
足も捻ってしまった様だ。
痛そう…治さなくちゃ。
そこへたまたま通りかかった近衛の副隊長が青い顔をして走り寄って来た。
「殿下!申し訳ございません。直ぐに医務室へ!いいえ、医者か治癒者を呼んでまいります!」
「待って下さい。アル、ちょっと見せて。少し痛いけれど我慢してね。」
そう言って治療をしようとした時、止められる。
「殿下に何を!?」
「ブランシャール、大丈夫だ。彼女は優秀な治癒者だ。」
アルが副隊長、ブランシャール氏に声をかける。
「しかし…。」
「医務室へ行くのは彼女の治療をうけてからでもいいだろう?リラ、頼むよ。」
私はアルの腿に刺さった石を抜き、森の朝露を集めて作った清らかな水で傷口を洗う。
それから傷口に治癒魔法をかけ、出血も多いので念のため回復魔法もかけた。
捻った足首は捻挫などはしていなそうなので、痛みを鎮める鎮痛魔法をかけるだけにする。
「どうかしら?もう痛くない?」
「ああ、流石だね、リラ。ブランシャール、もう完治したけれど、医務室へ行かないと気が済まないのだろう?」
「殿下、念のためにやはり見ていただくべきです。」
「仕方ない、行くとしよう。リラ、本当にありがとう。フレッド、師匠に報告してくれるかい?」
アルは副隊長に連れられて医務室へいき、フレッドはおばあ様に報告をしに行った。
残されたのは私と彼、ブランシャール氏のご子息だけだった。
怪我をしたのはアルだけではないようだ。
アルを助けようとした時に体制を崩して足を痛めたようだった。
肋骨の辺りもおかしいのだろうか?顔をしかめ、脇腹を気にしているようだ。
「あなたも見せて。足を痛めたのでしょう?それから、脇腹を抑えているけれどどうしたの?」
「いや、大丈夫だ。」
彼はそう言うと、足を引きずって歩こうとする。
「あなたも怪我をしていると知ったらアルが落ち込むわ。自分のせいで怪我をさせてしまったと。」
そう伝えるとようやく、渋々ではあるが治療させてくれた。
まず、腫れた足首に治癒魔法をかける。
「もしかして…肋骨折れてる?」
「あぁ、以前折れて治りかけの所がさっきまた折れたようだ。」
ぶっきらぼうだが答えてくれた。
「また折れたって…。」
折れた肋骨にも治癒魔法を、おまけで回復魔法もかけた。
「すまない…助かった。」
「もうこんな時間?じゃあ私は行くわね。」
授業に遅れてしまったと急いで学びの部屋に戻ると、おばあ様はいなかった。
「戻るまで自習ですって。」
アンヌとフレッドと3人で自習しているとアルが戻って来た。
「リラ、本当にありがとう。フローレンス様は急な用事で戻れないそうだから、時間になったら帰るように言われたよ。フレッドはリラの家にいるようにって。」
おばあ様は戻って来ることはなく、時間が来てローランおじ様が迎えに来たので私とフレッドは2人とサヨナラをして帰った。




