心の成長と身体の成長
運命の赤い糸ってあるんだろうか。
もしあったならば…
きっと私の赤い糸も、彼の赤い糸も途中でぷっつり切れていたのだろう。
その切れた2本の糸を結の精霊が結んでくれた。
それはもろくて、これからも誰かに切られたり、解けたりしてしまうのだろう。
そして、その度に精霊さんが結んでくれるのだ。
その度に固く固く結んで欲しいと願う。
もう、解けてしまわぬ様に。
もう、切られてしまわぬ様に。
ぼんやりと考えてしまう。
本来の運命を知ったあの日以来。
何かに集中している時ならば平気なのに…。
誰かと一緒にいるときも平気なのに…。
一人になったとき、思い出してしまうのが怖い。
もし、結の精霊の加護を受けていなかったなら。
もし、結の精霊と契約していなかったなら。
私は誰と婚約しているのだろう。
そして誰と結婚するのだろう。
フレッドを想い続けたまま…。
アンヌとは親友になれたのだろうか。
アルとも仲良くなれただろうか。
もしかしたら2人には出会えていなかったかもしれない。
小さなころと同じように、家と森を往復する日々を送っているのかもしれない。
「なにボケーっとしてるのよ?またくだらないこと考えてたんでしょ?そんなに暇なら私に治癒魔法かけてくれない?靴擦れおこしちゃって。まったく、新しい靴はこれだから嫌になっちゃう。」
今もアンヌに救われた。
話しかけてもらい、意識が『それ』から離される。
気持ちが軽くなる。
アンヌに治癒魔法をかける。
「ありがとう。助かったわ。あれが衝撃的だったのは分かるけれど。ちょっといくらなんでも引きずりすぎじゃない?」
それは分かってる。
自覚だってある。
忘れようとすると余計に忘れられない負のループに苦しめられている。
あれから3か月以上。
とっくに新しい年を迎え、もうすぐ春なのに。
季節は移り変わっているのに。
「ねぇ、初めて森へ行った時の約束覚えてる?」
「約束?」
「そうよ、リラの家に遊びに行ってもいい?って聞いて流れちゃったやつ。」
それなら覚えている。
私はその日家に帰ってすぐお母様にお願いしたもの。
お母様はアンヌの家族がいいって言わなきゃダメだと言っていた。
アンヌも直ぐに彼女の母に聞いたそうだが、許可は下りず、結局彼女が遊びに来ることは出来なかった。
「ウフフ、実はね、許可が下りたのよ!しかもね、泊まりたいって言ったら、リラの家族がいいって言ったら泊まっていいって!」
「本当なの?」
「本当よ。前回はお願いする人を間違えていたのよ。それでね、今回おじい様にお願いしたのよ。そしたらね、おじい様も一緒に行く条件付きで許可が下りたの!」
おじい様が行きたがっていたのよ、最近行けなくてつまらないってずっと言っていたもの…それを利用したってわけ…そんな事をアンヌは言っていた。
アンヌのおじい様、つまり国王陛下は以前は時々うちに遊びに来て、私のおじい様やアルフレッドおじ様とお酒を飲みながら楽しそうに話をしている。
最近は忙しいらしく、1年以上来ていなかった。
「それでね、ローラン様にお願いしたの。おじい様と一緒にお泊りに行きたいって。そしたらおじい様が一緒なら構わないって!」
つまり、アンヌの家族と、私の家族の許可が取れたわけだ。
私とアンヌは手を取り合って喜んだ。
さっきまでの暗い気持ちが嘘みたいだ。
数日後、森での授業の後アンヌはそのままうちへ来た。
フレッドとアルは羨ましがっていたが、今日はダメだと言ったら、アルが冗談で
「では男同士の友情を深めようじゃないか。そう言うわけでフレッドの家に泊めてくれ!」
と言うのをフレッドが真に受けちゃって、本気で困っているのが可笑しかった。
アンヌと女の子同士で…という約束だもの。
今日は男子禁制です。
とはいえ、夕食の頃には私とアンヌのおじい様、アルフレッドおじ様、ローランおじ様もいたのだけど。
おじい様達はとっても楽しそうだった。
ずっとニコニコしていたし、時々ガハハと豪快に笑っていた。
きっと、大人達はこれから何時間も飲んでお喋りして…きっと明日の朝にはここで寝ているんだわ。
それが毎回お約束だった。
夕食後、2人でお風呂に入った。
泡いっぱいのお風呂。
お互い、髪の洗いっこをしたり、泡で遊んだり、キャーキャー騒ぎながら入っていた。
急にアンヌの両手が私の胸に伸びてくる。
「やっぱりリラはまだコドモね。」
「アンヌ、ひどい!私はチビだし…まだコドモだから仕方ないもん。」
私もアンヌにやり返す。
え…嘘?
ちょっとショックだ。
アンヌの胸には小さいながらもちゃんと膨らみがあった。
「アンヌ…」
「大丈夫よ、リラだったそのうち成長するから!ほら、身長差これだけあるんだもの、仕方ないわ。」
アンヌは私よりも10cmほど背が高い。
フレッドとアルは恐らく20cm以上私よりも大きいし、私だけやたら背が小さい。
お母様もおばあ様も背は高くない。
ついでに胸も控えめだ。
おじい様とお父様は背が高いけれど…
きっと私は背の高さもおばあ様やお母様に似ているんだわ。
私はお母様似だとよく言われるし、おばあ様と親子に間違われる事もあるほど似ているようだ。
はぁ、きっと胸も期待出来ないわ…仕方ないよね、遺伝だもの…。
「ちょっと、リラ?何落ち込んでるのよ?」
アンヌにくすぐられ、私たちは再びキャーキャー騒ぎながらお風呂に入った。
手も足もふやけて皺々になり、騒ぎ疲れてお風呂から上がった。
いつも寝ている寝室では無く、今日は大きなベッドのある客間で寝る。
2人で一緒のベッドで寝る。
アンヌが手を繋いでくれた。
とても温かい。
その温かさに安心する。
「リラ、もう運命は変わったのよ。いつまでもウジウジ考えるのは辞めなさい。」
真面目な顔のアンヌ。
「わかっているんだけど…。ふと1人になると考えちゃうんだよね…。」
溜息をつく。
「リラ、私ね、もしあなたとフレッドが結の精霊に祝福されていなかったら、あなたはアルと結婚していると思うのよ。きっと間違いないわ。
以前、アルに婚約者を…って話があったの。具体的には誰とは聞いていないんだけど、おじい様がすごく熱心にお父様とお母様に勧めていたの。しつこい位にね。なのにおじい様が急にその話をしなくなって。その直後に授業が始まったのよ。
それであの話を聞いて、私の中で繋がったの。
もし、その話が現実になっていても私とあなたは今と変わらず親友だと思うわ。」
アルフレッドおじ様が話していた、なくなった婚約の話と今のアンヌの話。
理解ある相手とはアンヌのおじい様に違いない。
「でも、もうあなたとアルが結婚することは無いわ。私が絶対許さない。大切な人達には幸せになって欲しいもの…。
リラもフレッドもアルも辛いだけ…幸せとは程遠いでしょ?
それにそんなことされたら私がローラン様と結婚出来ないし。」
最後は悪戯っぽく笑ってアンヌが言った。
わざとおどけて私を励ましてくれているんだ。
「もう、運命は既に変わっているの。あなたとフレッドは結ばれるの。だから、過去なんて気にしちゃダメ。クヨクヨしているほどあなたは暇じゃ無いのよ?それに、自信を持ちなさい。小さくたって、胸が無くたって、あなたは十分過ぎる位魅力的な女の子で、それを1番知っているのはフレッドなんだから。もちろん2番めは私よ?ついでだから、3番目はアルって事にしておくわ。」
その日をきっかけに、私は本来の運命について考えることは少なくなり、もう1人でいても不安に襲われる様なことはなくなった。
季節は幾つも移りゆき、アンヌが言う様にクヨクヨ悩んでいられる程、私達は暇ではなかった。
授業内容は益々難しく、専門的な内容になっていき、おばあ様のスパルタにも磨きがかかっていく。
休みの度に課題が出される様になり、3ヶ月に1度の試験が行われ、授業内容をきちんと理解できているのかを確認されていた。
課題を提出出来なければ残ってさせられたし、試験も8割以上理解できていなければ補習させられた。
それを逃れるため、4人が皆必死で勉強していたし、お互い教えたり教えられたり以前よりも濃い時間を過ごしている。
試験はマナーやダンスでも行われた為、私とアンヌが11歳、フレッドとアルが12歳の秋には大人と遜色無い程だと、おばあ様に太鼓判を貰った程である。
私達の成長は著しく、貴族社会でも十分通用するレベルだそうだ。
そしてそれ以上に、アンヌの胸の成長は著しかった。
もう、俗に云う巨乳を通り越して爆乳と云われるサイズらしい。
それと引き換え私は、僅かに膨らんできたものの、まだまだ申し訳程度でしか無く、アンヌが爆乳ならば私は微乳だった。
彼女は1年以上前に初潮を迎えているが私はまだ無いので仕方ない。
それに自分の身内を見ても期待は出来ない。
話は逸れてしまったが、1番成長したと言えるのは、精霊術、私とフレッドはそれに加えて魔術もだ。
1年前から、この国でも3本の指に入る程の実力派2人に術の手ほどきを受けている。
その修業に当てる時間をなるべく多く作るため、他の授業の課題や試験を必死でがんばってきたのだ。
精霊魔術師でも、特に精霊術に長けたフローレンス様…つまり私のおばあ様と、精霊魔術師でも特に魔術に長けたヴィクトリーヌ様…つまりフレッドのおばあ様、この2人に稽古をつけて貰っている。
それまで、2人が精霊魔術師で有ることはもちろん知っていたけれど、まさかそんな大物だとは知らなかった。
フレッドもそこまでとは知らなかったそうだ。
それでやっと母と祖母が精霊術や魔術を使えることは言ってはいけないと幼い頃から言われていた本当の理由に気づいた、そう言っていた。
しかし、知らなかったのは私とフレッドだけで、アンヌもアルももちろん知っていたし、この王国の精霊術師や魔術師はもちろん、貴族や一般庶民の間でもおばあ様達の名前は有名らしい。
「リラの世間知らずっぷりはやはり流石だわ。でもまさかフレッド、あなたまで知らなかったとはね…。」
アンヌはいつも以上に呆れていた。




