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加護と契約と本来の運命

「さて、宿主(やどぬし)と精霊との関係についてですが、これには大きく分けて2種類あります。もう授業の中で何度も出ている言葉ですね。加護と契約です。

加護は、精霊自身が宿主を選び宿主を護ること。

契約は精霊から何かを得る引き換えにこちらも精霊に何か捧げる、そんな約束を交わすことです。

もちろん契約というのですから、約束を破った時には当然ペナルティが課せられます。」

おばあ様は、加護と契約について説明を始めた。

私は結の精霊と契約しているが、その契約内容をよく知らない。


「まずは加護についてです。加護のまったくない状況から初めての加護を受ける方法は次の2通りです。

1つめのパターンは、エルフであるか、エルフの血が流れていること。出産時に精霊が集まって来て誕生した瞬間に祝福され、その時に加護を受けるのです。

エルフと人間の間に出来た子どもで2分の1、孫で4分の1、ひ孫で16分の1、その割合で祝福されると言われています。

リラはこのパターンですね。

2つめのパターンは、既に加護を受けているものから、精霊の加護を分け与えてもらうパターンです。この場合、既に宿主を持つ精霊が、相手を気に入り、精霊から宿主へ訴え合意があった場合、その精霊の宿主から、相手…つまり新しい宿主へと加護が与えられるのです。エルフの血が流れていても、1つ目のパターンでない限りはこちらになります。

フレデリックはマルグリットから、アルベールとアンヌはリラから分け与えられています。

この様に、どちらかの方法で初めての加護を受けるのです。

この加護を受け、初めて精霊との親和性が生まれます。親和性が高ければ高いほど、より多くの精霊の加護を受けることが出来ます。

特定の宿主を持たない精霊が勝手についてきて加護を与えるパターンと、他の宿主から乗り換えるパターンです。

いつの間にか増えている精霊はほとんど前者ですね。アンヌとアルを加護している結の精霊が後者です。

ここまでで質問はありますか?」

「と言うことは、出生時に加護を受けるか、誰かの精霊を分けてもらわない限り精霊の加護は受けられない、そう言うことでしょうか?

例えば…ですが、全く加護を受けていない人間やエルフの混血の人が、精霊の多い場所、例えば緑の森(フォレ・ヴェール)に毎日いたところで加護が受けられるわけでは無い、そう言うことなのですか?」

「そうですよ、アルベール。精霊を受け入れる基盤、つまり生まれた瞬間に加護を受けているか、誰かから分けてもらった加護ががなければ宿主を持たぬ精霊は加護どころか近づいて来ません。隠れてしまうのですよ。」

知らないことばかりだ。


「それから精霊の加護を受けているからと言って、精霊が見えるわけでも精霊術が使えるわけでもありません。リラのようなパターンで加護を受けた場合は100%精霊が見え、術も使えるのですが…。もう一方のパターンで精霊の加護を受けている場合、精霊術が使える者が3分の1、精霊がぼんやり見えたり気配だけ感じられる者が3分の1、まったく見えない者が3分の1、こんなものです。

加護さえ受けていれば、努力次第では術を使えるようにまでなるんですよ。あなた方がいい例です。

ただ、それが一般的でない理由はもうわかりますね?」

エルフ語の習得と精霊の多い環境で過ごすことだろうか?

確かに、ハードルは高い…。






「では続いては契約についてですね。契約の内容・条件、そして契約方法は精霊によって異なります。

まず、契約する精霊としない精霊がいます。四精霊は契約しない精霊です。

契約する精霊は、特別な精霊、そう表現した光・闇・空・結、これらの精霊です。

光の精霊との契約では治癒・回復系の術の力を最大限にまで引き上げる事ができます。それと引き換えに、加護してくれている精霊全てが光の精霊になってしまいます。つまり、他の精霊術が一切使えなくなってしまいます。

闇の精霊との契約では、邪術が使える様になります。それと引き換えに、魂、健康な肉体、それと加護してくれている精霊全てを闇の精霊へ捧げることとなります。魂は奪われ、日中は活動出来ず、精霊達は喰われてしまいます。また術をかける度、生贄を捧げる必要があるのです。

光の精霊、闇の精霊との契約は契約者を加護している精霊全体を巻き込んでの契約ですが、空の精霊との契約はそうではなく、他の精霊への影響はほとんどありません。

契約者を加護してくれている中で何体かの空の精霊と個々に契約を結ぶ、そんなイメージです。空の精霊は空間を司る精霊で、移転魔法を操ることができます。空の精霊との契約では、固定の移転装置で空間と空間を繋いでもらうことができます。精霊魔法陣と呼ばれる魔法陣を術者の血で描き、それを封印したドアを2枚用意して契約の儀をすれば異なる2地点を結ぶ扉が出来上がります。この場合捧げるのは、術者の血と、扉を通る時の通行料がわりの精霊の力でしょうか?この術は2人1組で行わなければいけません。

大きい扉になればなるほど、必要となる血は多いです。ただ、それが全て術者本人の血である必要はありませんが、本人の血の濃度が高ければ高いほど、確実に扉は繋がるのです。」

「その扉は、フーシェ公爵邸の緑の扉と、ローラン様の執務室の赤い扉と、リラの家から森へ行く時の虹色の扉の事なのでしょうか?」

フレッドが質問した。

「ええ、その通りです。私が兄やヴィクトリーヌと以前、空の精霊と契約して作ったものです。その当時は、ローランではなくテオドールの執務室でしたけれどね。」

おばあ様はフフフ、と可愛らしく笑った。

何気無く毎日使っている扉が、空の精霊と契約して作られた扉だったのも初めて知った。

空の精霊について具体的な術について知らなかったが、まさかこんなに身近な所で使われていたなんて…。


「最後に結の精霊です。この精霊との契約において、精霊は男女の仲を取り持ち、2人に強い絆をもたらします。それでは漠然としすぎてわかりにくいですね。お互いを強く愛し合っている2人ならばすでに強く結ばれていると思うかもしれません。

しかし、どんなに愛し合っても、結ばれない、そんな運命もあるのですよ。お互いがどんなに望んでも結ばれることなく、違う相手と結婚する。ですが忘れることが出来ず、お互い心の中では一生愛し続けるのです…。

そんな不幸な運命を変え、2人を結ぶ、それが結の精霊との契約です。」

思いがけない形で私とフレッドの本来の運命を知ってしまった。

精霊との契約の際、私たちは精霊さんに何もしていない。

祝福してもらって、守ってもらって、護りの石をもらって、花冠までもらった。

「精霊との契約では、こちらからも何か精霊に捧げる必要があるのですよね?私たちは精霊に何も捧げていません…。もらってばかりです。」

私は疑問に思ったことを質問した。

「結の精霊の結んだ2人の幸せこそが彼らの幸せなのですよ。精霊に祝福された時、あなた達が交わした約束を守ることが彼らにとっての見返りです。アルフレッドにも言われたでしょう、約束はきちんと守るように、と。リラよりもフレデリックの方がたくさん約束したそうですね。フレデリック、必ず守るのですよ。」

隣を見ると、真剣な表情で頷くフレッドがいた。

「その約束が守られなかった場合、どうなってしまうのですか?」

アルが質問した。

「それはその時になってみないとわかりませんし、状況次第で変わってきます。

私が経験者として言えるのは精霊の状態が宿主、特にリラの体調に大きく影響を与えるということです。約束を脅かす者が悪意を持ってリラに触れると、リラの精霊は弱体化してしまいます。すると、リラにまでその影響が出ます。リラの精霊が元気になればリラの体調も戻ります。精霊が元気になるためには、フレデリックの精霊の力が必要です。相手の不調や危険を知らせるための護りの石である事を覚えておきなさい。」






精霊学の授業の後、私とフレッドはおばあ様に呼ばれローランおじ様の執務室へ行った。

執務室で待っていたのはおばあ様でも、ローランおじ様でもなくアルフレッドおじ様だった。

「フローレンスから話は聞いたそうだな。あれからもう2年半か…我々が思っていたよりずっと2人の成長が早くて驚くばかりだ。

あの時、説明しなかった理由はわかるだろう。リラもフレデリックも幼すぎた。今から話すことも二人にとってはまだ早いかもしれないが…いい機会だし、今後必要な事だから話そう。」

隣に座るフレッドも緊張しているのだろう。

先ほどの精霊学の授業、特に結の精霊の契約の話は私にとってショックな内容だった。

フレッドにとってもきっと同じだったはずだ。

ここに来るまでもほとんどしゃべらず、つないだ手も、心なしか冷たく感じた。

「フローレンスの話でもあったように、結の精霊は結ばれない運命だった2人を繋ぐ精霊だ。フレデリックとリラだって例外ではない。そして、勘違いしないで貰いたいのだが、結の精霊と契約したからといって、加護を受けているからといって、すべてがうまくいくわけではないのだよ。あくまで『結ばれない』ものを無理やりでも『結びつける』、精霊がしてくれるのはただそれだけだ。

立ちはだかる障害がなくなるわけでも、恋敵が消えるわけでもない。

まぁ、リラを婚約者にしたいという話は1つ消えたけれども…たまたま申し入れていた相手が結の精霊の契約に理解ある者だったからたまたま、運良くそうなっただけで、普通そういう理由では断れないのだよ。相手によってはそんな理由(つくりばなし)で断るのかと怒りを買うだろうね。」

アルフレッドおじ様は、フレッドを正面から見つめている。

すごく真剣な眼差し。

「もうすでに婚約の話があったのだから、これから先、リラが成長したらどういう状況になるかは想像できるね、フレデリック。

政略結婚の駒としても、彼女の能力にしても、外見もだが…欲しがる者はいくらでも出てくるだろう。

はっきり言って前途多難だ。それは精霊の数を見ても一目瞭然。いくら君達が精霊との親和性が高いからといっても結の精霊が多すぎる。それだけ強力な加護が必要だということだ。

お互い、相手に何かがあれば精霊が知らせてくれるだろう。たとえ、遠く離れていてもね。

結の精霊との契約で、フレデリックはリラを守ると約束しているね。必ず守るんだよ。もちろん、私達もいくらでも手は貸すが、最終的に何かあったとき、リラを守れるのはフレデリックだけだということを忘れないでほしい…。」

私はフレッドの腕にしがみついた。

怖かった。

ただ漠然と怖かった。

私はどうすればいいのだろうか。

結婚なんてまだまだ先の話だと思っていた。

それまで、ずっとフレッドと仲良くしていられる自信もあった。

ずっと大好きでいられる自信だってある。

でも急に不安に襲われた。


しかし、暖かな光に包まれた瞬間、その不安は消えた。

フレッドがかけてくれた、光の精霊術。

アンヌが寒さ対策で使うあれだった。

「ありがとう。」

安心したせいだろうか、涙がこぼれた。

「リラにはこの話はまだ早かったかもしれないね。でも、大丈夫。今は、2人が仲よくしているだけで十分なんだよ。私は森へ帰るから、2人は落ち着いてから戻りなさい。」


それから落ち着くまでフレッドがぎゅってしてくれた。

「離れていてもすぐ助けに行くからね。」

そう言ってくれた。

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