精霊と精霊術
「ごめん、そういうつもりじゃなかったんだけど…。」
真っ赤な顔でフレッドが私だけに聞こえる声で言う。
「えっと、いいの。嬉しかったし。それに、きっと精霊さんのいたずらだから。」
私も絶対真っ赤な顔だと思う。
私達の周りには、してやったりといった顔の精霊さん達がキャッキャウフフと飛び回っていた。
「そういえば、アル…。」
フレッドが呟く。
あ、一瞬忘れていた。
アル、ごめんなさい。
本棚の影から覗くと、アンヌがじっと見つめる先でアルが目を見開き、口を半分開いた、この間のアンヌそっくりな顔で固まっていた。
「見える様になったのね?」
アンヌが近づき、私とフレッドもそれに続くと、私とフレッドを見たアルが更に目を見開いた。
「さっきはごめんね。急にあんな事して。びっくりしたわよね。でも、みんなアルに見える様になって欲しくて、相談して決めたの。」
「えっと、いいんだ。こちらこそありがとう。お陰で、見える様になったよ。ぼんやりだけど。すごく輝いていて今までとは違う世界にいるみたい。」
頬をほんのり赤く染めて、アルが言った。
4人で泉のほとりに移動して、アンヌがこの前私がした様に精霊を紹介し(私とフレッドも手伝ったけれど)、アルは真剣にアンヌの話を聞いていた。
「まだはっきり見えないのは残念だよ。はじめはキラキラ輝いている光の塊たっだのが、何とか1体1体を確認できるくらいまでは出来る様になったんだけど…まだ表情はもちろんわからないし、何と無く手足と羽がある位にしか見えなくって残念だよ。僕もちゃんと見える様になるかな?」
アルの精霊さん達は頷くがアルは気づいていない様だ。
「一生懸命頷いてるわ。そのうち見えるってことよ?」
アンヌがそう伝えた。
アルは嬉しそうだ。
「あら?アンヌだけではなく、アルベールにも精霊が見える様になったのですね。今週中に見える様になるのは無理だと思っていましたが、いい意味で予想外というか、喜ばしいことです。王宮でも時々話しかけたり、中庭に連れて行っておあげなさい。」
「はい。」
おばあ様は嬉しそうだ。
「そのうち、精霊術も授業に取り入れましょうね。」
「本当ですか?僕も使えるようになるのでしょうか?」
「それはどうでしょうね?精霊が見えても向き不向きがありますからね。では、今日はもう帰りましょう。今週もよく頑張りましたね。」
翌週から再び週3回は王宮で、週2回は森で授業を受けた。
アンヌとアルが精霊が見れるようになってからひと月半程経ち、ぼんやりしか精霊の姿を確認できなかったアルにも、精霊さんの姿がはっきり見えるようになっていた。
「ずいぶん寒くなってきたわね。でも、光の精霊にお願いすると温かくなるってわかったの。だから今年の冬はいつもよりも快適に過ごせそうだわ。」
アンヌはずいぶん精霊さんとも仲良くなったようで、オリジナルの精霊術?快適に過ごせる方法を考えては試していたようだ。
先ほどまで私とアンヌは乗馬の時間でポニーに乗っていたし、フレッドとアルも馬術の時間で同じ馬場にいた。
あと半月ほど12月、もう冬はすぐそこまで来ているため風がずいぶん冷たい。
指先も凍えるようだ。
私はアンヌに教えてもらった方法で、フレッドは火の精霊さんがいるためずいぶん過ごしやすいのだが、アルには火の精霊も光の精霊もいないので多めに着込んで寒さを凌いでいる。
「みんな羨ましいよ。そんな薄着で寒くないんだからね。」
「きっと暑い時期は快適に過ごせるわよ。」
水の精霊さんの氷と、風の精霊さんの風を組み合わせるととても涼しい。
王都の夏はなかなか厳しいのだから。
アルは確かにそうだね夏が楽しみだよ、と言っていた。
寒そうだったので、私の光の精霊さんにお願いしてアルを暖めてもらう。
「リラ、ありがとう。あたたかいよ。」
アルにお礼を言われたのでにっこりほほ笑んだ。
精霊学の授業は四精霊のことまでは学んでいたが、それ以外の精霊についてはまだ習っていなかった。
今日は王宮での授業だが、次は精霊学の時間。
私たちは着替えを済ませて急いで学びの部屋へ行く。
部屋では、おばあ様が待っていた。
私たちの机には、私たち専用のインクが置かれていた。
「そろそろインクがなくなるころでしょうからね。では席について授業を始めましょう。」
席へ着く。
「アルベールとアンヌにも精霊が見えるようになりひと月半経ちましたがどうですか?声はまだ聞こえないようですが、身振り手振りで多少の意思疎通は出来ているようですね。」
アルとアンヌが頷いた。
「今日は精霊と精霊術について説明します。もう実際に精霊を見てどれがどの精霊であるかというのはリラとフレデリックから教わっていますね。そして、四精霊についても学びましたがしばらく授業はありませんでしたし今日は復習から始めましょうね。」
そう言っておばあ様は授業を始めた。
「…以上が光の精霊についてです。特別な精霊の中でも、光の精霊の術はリラもフレデリックも使っていますし、理解しやすいでしょうね。
闇の精霊ですが、エムロードゥ王国および緑の森にはいません。この国の環境は闇の精霊に適しませんから。そして、闇の精霊術はこの国では禁止されています。国交のあるグラナート王国やリュビ帝国、ザフィーア皇国、アダマース共和国でも同じく禁止されています。
闇の精霊術は、いわば邪術と同じなのです。闇の精霊に関しては、加護という概念がありません。無償では力を貸しません。術者の魂と引き換えに契約を交わし、生贄を捧げることで術をかけるのです。契約した者は日の光を浴びる事を嫌い、長時間浴びると死んでしまいます。絶対に関わってはいけません。通常、ほかの精霊の加護があれば特に心配することもないのですけれど…なぜならば闇の精霊はその他の精霊とは相性が悪く、お互い嫌いなようですから近寄ってきません。ですが…。」
おばあ様が言いよどんだ。
闇の精霊というものが存在するらしいというのはおばあ様の授業からわかっていたことだけれど、まさかそんな恐ろしいものだとは知らなかった。
フレッドもアンヌもアルもそうだったようで、みんな顔がこわばっている。
「術者に狙われたら…そうとは限らないということですか?もし、万が一そういった精霊と契約した術者に狙われ、遭遇してしまった時はどうすればいいのでしょうか?」
アルが恐る恐る聞く。
「急に襲われた場合には成す術がありません。光の精霊術が有効ですが、闇の精霊は真っ先に光の精霊を攻撃しますからね。光の精霊はすぐに死滅するわけではありませんが、攻撃されると弱体化し、術が起こせなくなります。また太陽の光を浴びればすぐ元気にはなりますが、そうなる前に殺されるか、光の差さ無いところに監禁されるでしょうね。最善策は相手に襲われる前に、光の精霊の障壁を張ることです。しかしそれができない場合の方が多いです。その時は誰か助けを呼ぶのです。出来れば、光の精霊の術者がよいでしょう。光の魔法を相手にかければ術者は浄化されますし、闇の精霊は消え去ります。しかし、闇の精霊と契約した術者は魂を売ってしまっていますから、人としてその後どうなってしまうのかわかりません。
昼間や夜でも明るいところでは術が使えないため襲われません。人気のない暗い所へは近づかないことです。あなた達の場合、襲われる可能性がないと信じたいですが、そう言い切れません…。」
最後にさりげなく添えられた言葉がすごく怖い。
命を狙われるかもしれないということだ。
「暗い話はこのくらいにしましょうね。では、空の精霊についてですが…」
おばあ様は笑顔を作り、再び話し始めた。
「次は結の精霊についてですね。リラとフレデリックはアルフレッドを介してこの精霊と契約していますし、アルベールとアンヌも加護を受けているようですね。この精霊はとても珍しいのですよ。どこからともなく現れて、人と人の縁を結ぶ。まれに気に入った男女の仲をとりもち、お互い強く惹かれ合っていてお互いに思いやりの気持ちを強く持っている事が前提ですが…その2人を祝福します。祝福された二人は強い絆で結ばれ、守護の石と花冠を与えられます。その後、結の精霊と契約を結ぶことでその加護はより強いものとなるのです。
結の精霊は、男女の仲だけを結ぶのではありません。それはあなた達にもわかっているでしょう。精霊が気に入ると男女問わず、友人、家族、師弟、いろいろな関係問わず周りの人にも加護を与えます。
アルベールとアンヌのところにいる結の精霊がそれですね。
結の精霊は精霊術においては他の精霊を援護します。水・火・風・森・花・土・光・空、これらのどの精霊術でも、術者が術をかけた時、結の精霊が援護し、より大きな力を使うことが出来るのです。
また、他の精霊も結の精霊に引き寄せられやってきます。」
「だから2人はやたらと精霊をたくさん引き連れているのですね。」
アンヌが言った。
「そうですね。それもありますが、精霊にとって居心地の良い術者…術の使えない人もいるので、精霊の加護を受けている人は宿主とも言います、宿主との相性や、人柄、環境が良ければたくさん精霊が集まってきます。2人はもともとそうなのでしょうね。それに、アンヌもアルベールも普通の宿主と比べたら倍以上の精霊がいますよ。」
ニコニコしながらおばあ様が言った。
「なぜ、フローレンス様のまわりには精霊がいないのですか?精霊術師なのですよね?」
アルが聞いた。
確かにそうだ。
お休みで森にいるときは連れていることもあるけれど、そういえばここにいるときは連れていることの方が少ないかも。
「それはですね、隠れてもらっているからですよ。あなた達もそのうち覚えなくてはいけませんね。」
そう言って、出てらっしゃい、と言ったかと思うと、目の前がぱぁっと明るくなった。
「す…すごい…」
「わぁ…」
アルとアンヌが声を上げた。
「時々、リラもそうしてることあるよね?」
フレッドに言われる。
「え…?そう?そんなつもりはないけれど…。」
あ、もしかしてかくれんぼしてる時?
時々、気配はあるのに、見えないときがある。
かくれんぼって私は呼んでるんだけど。
それとも、スカートの中にいるときかな…初めはちょっと嫌だったけど、精霊さんだし、夏は涼しくしてくれるし、最近は温めてくれるからまぁいいかと思ってたんだよね。
「そうですね、時々隠れていますね。スカートの中にいるときもありますが…それは少し違いますからね。」
「「え?」」
フレッドとアル、ちょっと顔がこわばってる?
私の方見えるけど、私と目が合わないってことは…精霊さんたちを見てるの?
あれ?結の精霊さんが2人に向かって変顔してる、フレッドとアルの精霊さん達とじゃれてる?ん?ケンカ?まぁいっか、楽しそうだからケンカじゃなさそうだし。
「はい、授業に戻りますよ。高位の精霊術師は大抵自分の精霊を人前では隠しています。見える人には見えてしまいますからね。精霊の数イコール精霊術師の力量と言い切ってしまうのもいかがなものかと思いますが、完全に否定出来ないのも事実です。もちろん、精霊の数が少なくても腕のよい術師は強力な術がかけられる術師もいますが、そういう人も隠している人が多いです。とはいえ、同業者には分かってしまいます。それは一般的に同業者同士感じてしまう気配とか匂いとか勘、そういうのと同じでしょうかね。
きっとあなた達の場合、精霊はそのうち勝手に隠れてくれますよ。気を張っていると隠れていて、リラックスすると姿を現す、そんな感じです。
因みに魔術師は、相手が魔術師かどうかやはり勘で判ります。相手の力量は、体に触れると相手の持つ魔力の量程度は把握できますが、相手の力量は魔力量だけではないので…やたら低燃費な魔術師もいますし、その逆にたいしたことないものにすごい量の魔力を使わなければ術がかけられないそんな魔術師もいます。そしてそれだけではどういう術に適性があるのか、どういう術が使えるのかまでは分かりません。
その点、精霊術師は精霊が見えてしまうとある程度何が得手不得手を読まれてしまいます。ですから隠すのですよ。精霊を見せていることはある意味弱点をさらしているようなものですから。
しかし、それを知らない、出来ない精霊術師の方が大多数です。中には自己顕示欲が強く、そうしなければ気が収まらない、そんな術師もしばしば見受けられます。そういった術師はトラブルを起こしがちですから覚えておく様に。」




