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【フレデリックの夏休み~引きこもりの日々~】

夏季休暇…それは別名バカンスとも言われる。

僕は正直、あまり好きではない。

寧ろ…嫌いだ。

きっかけは去年の夏。

今年も、同じところで過ごすことになっており、始まる前から憂鬱だった。

でも、今年は…引きこもる口実も出来た。

あまり喜ばしくない口実だけれど、堂々と部屋にこもれるのは嬉しい。

今年も去年と同じく、父の上司の別荘に招待され10日間を過ごすことになった。

途端に気分が…更に重くなった。

去年よりも3日も長くなっている…はぁ…気付いてはいけないことに気付いたようだ。

でも、帰ったらリラのところに行く約束をしている。

フローレンス様…リラのお祖母様で僕達の先生でもあるは、僕の母と仕事で隣国へ出かけており不在だが、フーシェ公爵、つまりリラのお祖父様はご在宅だそうで、僕が王都へ戻った後、フーシェ侯爵邸で会うことになっている。

それがあるので、この10日間、何とか頑張れそうな気がする…。


今年もやはり、友人のエドワールことエドもいた。

エドには悪いが、僕は極力引きこもる。

さすがに期間中ずっとはエドに申し訳ないので、1日の目標と、時間を決めることにする。

そのつもりだった。

しかし、彼は僕に勉強を教わることを口実に僕の部屋で一緒に引きこもるという。

そのために部屋割りを内輪で交換し、僕の1番目の兄とエドの兄が同室、僕の2番目と3番目の兄が同室、僕とエドが同室となった。

まずい。

僕が、リラと一緒に、アルやアンヌと授業を受けているのは秘密なのだ。

両親は知っているが、兄達と彼らの母は知らない。

フーシェ公爵邸に勉強を習いに行ってることになっているのだ。

…あ、そうか。

エドにもそう言えばいいのだ。

彼は僕の母が魔術師で国立学校の教師であることも知っている。

母の伝手でならばフーシェ公爵夫人(フローレンス様)に勉強を教わっていることも不自然ではない。

エルフ語のレポートも、インクで書いたものは見えないはずだから、読まれる心配もないし、特殊なインクを使うのも、誰かに代わりにやってもらうなどの不正ができないように僕にしか見えない魔法をかけたインクを使わなくてはいけないということにしておこう。

算術ならば問題集を一緒に解けばいい。

部屋でエドと気楽に過ごせるならば、この10日間もそんなに悪くないかもしれない。


まずは算術の問題集から解くことにする。

問題集には直接答えを書き込まず、ノートに写して書くことにする。

そうすれば2人で問題集を使うことが出来る。

僕が他の課題をやっている間、エドが問題集を解くこともできる。

エドは僕に勉強を教わることになっているのだ。

それなりに結果を出す必要があった。


エドは加法と減法のさわりの辺りの問題は難なく解けた。

しかし、桁数が大きくなるとそうはいかなかった。

なので、僕の算術のノートを貸し、それを見ながら解いてもらう。

ところどころ、わからないところは僕が教える。

エドは飲み込みが早く、少し教えると直ぐ覚えていた。

僕のノートを大変気に入ったようだったので、問題集を解く前にそのノートを写す作業から始めることになった。

それがあれば、僕が彼に算術を何日もこもって教えていたことを誰も疑わないだろう。

使っていないノートを数冊大目に持ってきていて正解だった。

結構な量があるので、写し終えるのには数日かかるだろう。

その間に僕は算術以外の課題を済ませる事を目標にした。


エドもノートを写すことに集中していたので、課題は思っていたよりもスムーズに進んでいった。

1番大変だと思われたエルフのレポートも、食事について書いたため、ネタが尽きることもなく2日でまとめることが出来たし、薬草学も時間があるときノートにまとめていたので、書き写すだけで済んだ。

精霊学は、風の精霊術が比較的得意であったので、風の精霊について習ったことをまとめ、ついでに僕が試したことのある術について書き加えてみた。

風の精霊達も進んでいろいろアドバイスしてくれたし、算術の問題集以外は3日でなんとか済ませた。

エドも、7割方写し終えたようだ。

「このノート、本当にわかりやすいよ。兄に教えてもらうのとは大違いだ。」

エドは、乗法も覚え、除法も大体理解したようだった。

「でも、分数ってやつがややこしいな。分数の除法だ。理解しようとすればするほど、分からなくなる。」

「それ、理解しようとしない方がいいぞ。法則を覚えて、計算を解く。そうしないとドツボにはまるぞ。」

僕らは結局、7日間引きこもっていた。

食事も3色部屋に運んでもらって摂っていたほどだ。

簡素ではあるが、浴室もトイレも部屋に備え付けられているので文字通り、一歩も外へ出ることなく過ごした。

立派な引きこもりだ。

課題はというと、算術以外の課題を3日で終わらせ、算術の問題集を2日で終わらせた。

その5日間で、エドはノートを写し終え、残りの2日間は、算術の問題集から掻い摘んで問題を解いて、僕が時々アドバイスしたり、添削したりした。

これだけやっていたら、疑われないどころか、来年またここで過ごす事態になっても、2人で引きこもることを許可してもらえるだろう。

事実、勉強はものすごくしたのだから、その点に関しては大人たちに文句言われないはずだ。

何か忘れている気もするが、まぁ気にしても仕方ないだろう。

さすがに7日間も部屋に引きこもると、外に出たくなる。

残りの3日間は去年のように剣術で体を動かすことにする。


1日目はよかった。

誰にも邪魔されずに思う存分、1日中二人で剣を打ち合っていたのだから。

久しぶりに浴びる太陽の光はじりじりと暑かったが、時折り吹く風はとても心地よかったし、体を動かした後の食事はすごくおいしく感じられた。

夜もぐっすり眠れた。


2日目はそうはいかなかった。

去年、何度もお茶会に誘ってきた女の子たちのグループに見つかってしまった…。

しかも朝食の時に、だ。

エドと、今日はどこで稽古するか、そんな相談をしているときだった。

エドの幼馴染だという少女に声をかけられた。

「エドワード様、お勉強はもう終わられたのですね。ずっとお部屋にこもりきりでお見かけしないので、心配でしたのよ。せっかくですから、今日の昼食はお庭でご一緒しませんか?急な話ですので簡単な物になるとは思いますが、わたくしのお友達もエドワード様とフレデリック様に皆お会いしたいとお話していましたのよ?」

笑っているけど、目が怖い。

すごい迫力だ。

休み前、課題が出た時のアンヌの方がまだましだ。

あの時のアンナもすごく怖かったけれど…。

これ、NOとは言えない、言っちゃいけないタイプの質問だよな…そう思いエドを見ると、エドは変な汗をかきながら、ひきつった顔に一生懸命笑みを貼り付け、

「も、もちろんだよ…な、なぁ、フレッド…。」

そういうのが精一杯だったようだ。

そんな友人の姿に、やはりNOとは言えない僕は

「せっかくだから、ね。」

と、同じような表情を作ってしまうのであった。


午前中、剣術の稽古をする気力さえなくした僕らは部屋にこもり、去年の様子を思い出していた。

あの子たちはすごく苦手だ。

目がギラギラしているというか、怖い。

妙にというか、無理に背伸びしていて、その必死さが怖いのだ。

リラはもちろん、時々怖いと思うアンヌでさえも子どもっぽくて可愛らしいと感じるほどにだ。

アンヌはただ単に怒っていて怖いけれど、彼女たちは怒っているわけではないが怖い。

去年はお茶会だったが、今日は昼食会だ。

下手すれば、昼食会からのお茶会という流れになりかねない。

さて、そんな最悪の事態をどう避けるかだ。

なるべく早めに切り上げ、剣術の稽古をしたい。

去年のような面倒な質問をどうかわすか、それについてもある程度話し合っておきたい。

「なぁ、剣術の試験が休み明けにあるから練習しなくてはいけないとかはどうだ?」

「まぁ、それが無難かもな。昼食が終わり次第、切り上げたいよな。」

「昼食って、なんだろうな。まさかコースじゃないよな?」

「大丈夫だろ?きっとお茶会の甘い菓子が軽食に変わるくらいじゃないか?簡単なものだって言ってたし。」

「でさ、去年みたいな質問はどうする?」

「あの誰が一番好みかってやつか?今年もエドの幼馴染でいいだろ?」

「じゃあ好みのタイプは?」

「それも去年と同じでいいだろ?」

「髪が長くて、優しくて、笑顔がすごく可愛くて、ちょっと不思議な子?」

エドがニヤつく。

「そうそう、それで美人なら言うことなし!なんだろ?」

「まぁ、それが無難だな。それで行こうぜ。」

そういって僕らは部屋を出るのだった。


約束の時間に、指定された庭に行くと、テーブルがセッティングされていた。

あれ?おかしいぞ。

なんだか嫌な予感がする。

このナイフとフォークの数、コースじゃないか?

まさかのフルコース?

どこが簡単な昼食だ!

拘束時間、当初の予定よりも伸びることが決定した。

エドも、話が違う…という顔をしている。


円形のテーブルを、僕とエド、そしてエドの幼馴染とその友人の少女たち、合計6名で囲み昼食をとった。

何とか、エドと隣同士で座ることに成功したが、彼女たちは不満だったようだ。

申し訳ないが、両サイドを囲まれるのは勘弁していただきたい。

隣はエドじゃないと困る。

いろいろ不便だからだ。

隣にいれば、足をつつけばアピールできるし、小声での相談も可能だ。


昼食会は、アミューズ・ブーシュから出てくるような気合の入ったものだった。

簡単な昼食じゃなかったのか?と再度思う。

「急なお約束だったのに、こんなに用意していただくのは大変だったのではないですか?僕たちなら軽食で十分だったのですよ。」

エドがそう言ったが、彼にとってこれは完全なる嫌味だ。

訳すならば、「簡単な昼食じゃなかったのかよ?まったく迷惑だぜ!」あたりがしっくりくる。

もちろん、彼女たちにはそうはとられるはずもなく、

「いえいえ、お2人にせっかくお越しいただけるのですから、無理を言って用意していただきましたの。この程度のこと、当然ですわ。」

嬉々と、そんな答えが返ってきた。

正直、僕は覚えていないが去年既に自己紹介を済ませているらしく、メンバーも全く同じだったようで、今回は自己紹介がなかった。

彼女たちの会話の中で名前は何となく把握した。

僕の右隣がエドで、その隣が彼の幼馴染のミレーヌ。

なかなか気の強そうな顔の赤毛の少女だ。

その隣はセリア、ふくよかなブラウンヘアの少女。

その隣のロザリーは細すぎる感のある背の高いブラウンヘアの少女だ。

この2人は並ぶとお互いの体型が強調されてしまう。

よりふくよかに、よりガリガリに見えてしまうのだ。

そして最後、僕の左隣は、エミと呼ばれる明るいオレンジというかオレンジがかったブロンドの少女。

鋭い目に高い鼻…キツそうな印象を受ける。


「フレデリック様は所作が優雅でお美しいですね。」

セリアに話しかけられる。

「そんなことありませんよ。」

美しいなんて言われたことない。

最近は特に注意はされないが、マナーの授業は毎回ボロクソだった。

「そんな、謙遜されなくても…マナーを習われているのですか?」

「ええと、以前母の知り合いに少し習っていました。」

「やはりそうでしたのね。ぜひ、どちらで習われたか教えていただけませんか?」

まずい。

ここではフーシェ公爵邸と言うことさえも出来たら避けたい。

母のことはあまり言わない様に言われているのだ。

「ええと、幼い頃でしたので覚えていなくって。自宅で兄達が教わるのにおまけで居た、その程度ですので…。」

嘘じゃない。

これは事実だ。

この場合、…の後にはまぁ最近も叩き込まれてますが。と続く。

僕の母のことは、エドにも口外するなと言っている。

母親が魔術師とか言うと、面倒臭い事になるらしい。

実は母も、仕事の際は旧姓を名乗っている。

僕と兄達に危害が加わる危険があるからだそうだ。


「あの、エドワール様とフレデリック様には想いを寄せている女性はいらっしゃるのですか?」

いきなりの爆弾投下だ…なんでいきなりそんな話になるんだ?

え、なに?ロザリーは親が決めた婚約者がいるって?でも、好きな人が他にいる?いや、そんなこと言われても困るし…。

エドがこっそり教えてくれたが、そんなの知ったことじゃない。

僕らに言ってもどうにかなるわけじゃないし。

え?何?僕に答えろって?

「そういう話は恥ずかしいので、お答えしかねます。」

ははは…と乾いた笑いと共にごまかす。

もちろんいるとも!リラだ!

心の中でそう叫ぶ。

「僕もここではちょっと勘弁していただきたいな。」

僕の答えを聞き、余裕を持ったエドが爽やかなスマイルと共に答える。

はぁ…と少女達からため息が漏れる。

あれ?まずかった?まぁ気にするのはやめよう。

気疲れするだけだ。


「エドワール様とフレデリック様は恋愛や結婚についてどうお考えですか?」

え…また面倒臭い質問きた…今度はエドが先に答えろって、と足を突つく。

「結婚か…まだまだ先の話だからなんとも言えないけれど、結婚するためには相手の女性を守れなくてはいけないからね。そう考えると、これから剣術はもちろん、勉学にも励んで…責任ある仕事に就かなくてはいけないしね。まだまだ恋だ愛だと言うには僕には早すぎるよ。」

お!良いこと言った!これは長いこと使えそうだ。

「僕もそう思うよ。きちんと守ってあげられるだけの力をつけて、立派仕事にも就いてから、想いを寄せる人にプロポーズして結婚出来たら最高だよな。」

実際はそんな偉そうなこと言えないですけどね。

もうプロポーズしちゃったし…。

実力をもっとつけて再度プロポーズしたい、それが本音です。はい。

でも立派な仕事ってなんだろう?

あれ?どうした?みんなぼーっとしてるぞ?

あ、いつの間にかデザートきてる。

よし、これを食べてお暇しよう。


「今日はご馳走様でした。大変美味な昼食をありがとうございました。では、僕たちは将来の為に剣術の稽古をしなくてはなりませんので、そろそろ失礼します。」

エドがまたうまいこと言った。

僕もそれに習う。

「素敵な昼食会にご招待いただきありがとうございました。名残り惜しいですが、日々の鍛錬が大切ですので失礼します。」

引き留められる事無く、すんなり抜けられた。

本当に良かった。

物凄く疲れたけれど。

途中からみんなぼーっとし出したもんな。

こんなの毎日だからきっと疲れてるのだろう。


それから、僕たちは剣術の稽古をした。

翌日も彼女達に会ったが、挨拶を交わす程度で済んだ。

相変わらずなんだか上の空で、ほんのり顔が赤い。

こう毎日暑いと体調が悪くなっても仕方ないよな。

まぁ、これだけ貴族が集まって居たら医者を連れている人もいるだろうし、問題無いだろう。

本当に具合が悪ければ部屋で寝ているだろうし。


そして、僕もエドも無事に帰路へつくのだった。

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