魔法のベリーの摘み方
精霊さんのお誘いがあったので、おばあ様に相談すると、「それじゃあ明日もここで授業しましょうか」とアッサリ許可が出た。
翌日、現地集合だったので先に森に着いて待っていた私は、昨日教えてくれた精霊さんとお話ししながらみんなを待つことにした。
「昨日はリンガルベリーの事教えてくれてありがとう。もう摘み頃になったかしら?」
『もちろん、とっても美味しそうになってるよ』
「ベリーの木は前に教えてもらった時とおんなじところの木?」
『違うよ。でも大丈夫!僕らがちゃんと連れて行ってあげるからね。』
「ねぇ、あなた達はアンヌとアルの事知っているのよね。もうすぐ2人にも精霊さんが見えるってこのあいだ教えてくれたけれどどうしてそうわかったの?3年前のフレッドの時もそうだけど…。」
『ココロの目。固く閉じていたのが少しずつ開いて来たの。』
「ココロの目?初めて聞いたわ。私もその心の目であなた達を見ているの?」
『うーんとね、君は違うよ。君は特別。君の目はココロの目と同んなじ目。』
「よく分からないわ。」
『僕等は君のその綺麗な目が大好き!』
「まだよく分からないけれど…ありがとう。」
そんな会話をしていたら、みんながやって来た。
「さぁ、リラ、案内して頂戴。」
「精霊さん、お願いします。」
お願いすると、待ってましたとばかりに、私の精霊さんとフレッドの精霊さんが連れ立って飛び出る。
なんとなく、フレッドと手を繋ぐ。
精霊さんが、そうするように促してくれたからだ。
フレッドも同じタイミングで繋ごうとしてくれてたみたい。
昨日のリンガルベリーの事も、アンヌとアルの事も、今の手を繋ぐ事も、全部同じタイミングだ。
不思議。
でも嫌じゃない。
むしろ嬉しい。
フレッドの顔を見て、微笑むと、同じタイミングで微笑んでくれた。
結の精霊さん?なのかな?
『そうだよ、僕等は仲良し。君達が仲良しだと嬉しいし、僕等元気になれる!』
やっぱりそうだった。
『あそこだよー!』
リンガルベリーの木まで案内すると、精霊さん達は遊びはじめた。
「リラ、お疲れ様でした。皆さん、良いですか?まだ触れてはいけませんよ。
これが、リンガルベリーの木です。正確には、この木は現在、リンガルベリーの木です。」
「現在、と言うのはどう言うことでしょうか?以前は違ったということでしょうか?」
「アルベール、良い質問です。今はリンガルベリーの木ですが、去年は普通のベリーの木でした。『リンガルベリーの木』に『リンガルべリーの実』が毎年実るわけではありません。ある条件が揃った時だけ、ベリーの木にリンガルベリーが実るのです。その実がいつ、どこに実るのかは収穫が近づいた時、精霊にしかわかりません。そして、その実は大変繊細なもので、摘み取る際にも条件が揃わなければただのベリーになってしまうのです。」
条件…以前摘んだ時にはそんな話は聞いていない。
「あの、僕とリラが以前摘んだ時には条件という話は聞いていないのですが…。」
やはりフレッドも同じことを考えていたようだ。
「あの時は本当に驚きましたよ。無意識にその条件を満たしていたのでしょうね。そうでなければただのベリーになっていたのですから。」
「それで、その条件とは何なのでしょうか?」
アルが聞く。
「まず、ベリーの持つ魔力を感じる必要があります。その上で、ベリーを摘む手に魔力を纏わせること。そして自らの魔力を流しながら摘むのです。」
「はぁ…やっぱりそうなるわよね。」
「条件をひとつとしてクリアできないのだから仕方ないだろう。」
魔力を流しながら摘み取る、どころかベリーの魔力を感じられなかったアンヌとアルは見学する事となった。
私とフレッドが光っている、と感じたことが魔力を感じていたということらしい。
『魔力を感じる』と言っても、人によって感じ方が違うようで、私たちのように目で見て感じる人もいれば、匂いで感じる人、熱を感じる人、音で感じる人など、いろいろなタイプの感じ方があるそうだ。
初めは摘みたがっていた2人だが、実際に、自分が摘んだリンガルベリーを食べてエルフ語(二人の知らないであろう単語の多いものだった)を聞き、その後私とフレッドが摘んだリンガルベリーを食べて同じエルフ語を聞いた二人は、その違いを嫌でも実感したらしい。
適切に摘めない自分たちではただのベリーになってしまうと、2人とも渋々見学することを受け入れた。
リンガルベリーを摘み終わると、お城に戻り、私とフレッドでリンガルベリーのシロップを仕込み、アンヌとアルはおばあ様に連れられて、何処かへ行った。
シロップが仕込み終わり片付けていると、2人はランチの軽食を持って戻ってきた。
2人は、メインの厨房へ行き、昼食をもらって来てくれたようだ。
リンガルベリーの力を借りたとは言え、エルフ語でリクエストして作ってもらったそうで、先ほどまでの顔とは一変、満足そうだった。
「リンガルベリーって、単語の習得とか言い回しを覚えるのにすごく有効だということに気付いたよ。」
「そうね、私も気づいたらメモを取るようにしているわ。それで、時間のある時にカードに纏めようと思うの。」
アルとアンヌは勉強熱心だ。
私も頑張らなくっちゃ、と2人を見ていると思う。
「そういえばね、これを2人に渡すようにおばあ様に言われていたのよ。さっき作ったシロップ。大体、1回にティースプーン1杯くらいで十分だって。それと、1日に1回まで。貴重なものだから大切に使うように、ですって。」
私は、リンガルベリーのシロップが詰められた小瓶を2人に1瓶ずつ渡した。
大体1瓶で10回分くらいだろうか?
きっと、アンヌとアルが、そのことに気付いたのでプレゼントしたのだろう。
「僕にはないの?」
フレッドが聞く。
「ないわよ?フレッドはもう必要ないとおもうけど?」
ちょっとつまらなそうな顔をしていたけれど、それだけしゃべれるようになってるっておばあ様が思っているんじゃない?というと、少し照れながら納得していた。
翌週から、週3回は王宮で、2回は森で授業を受けることになった。
王宮でのエルフ後の授業は減り、算術・ダンス・マナーの授業が増えた。
森ではエルフ語で話しかけられる事も多く、『エルフ語会話の授業』というものは無かったが、少しずつアンヌとアルの語学力もUPしていた。
授業といえば、薬草学・精霊学・エルフ学(エルフの歴史や文化を学ぶ)で、それから昼食の調理をしたり、自由時間も結構あった。
薬草学は、ローランおじ様と、時々アルフレッドおじ様も教えて下さった
アンヌは、薬草学になるとやたら張り切って、自由時間にも復習したり、質問にいったり、動機は不純ながらもすごくがんばっていた。
「ローラン様も素敵だけど、アルフレッド様も素敵ね。もちろん、私はローラン様派だけど…。」
なんてよく分からない事もしょっちゅう呟いていた。
アルは、エルフ学を熱心に勉強しているようだった。
元々、歴史には興味があるようだったし、王国ではエルフの歴史について書かれた本があってもかなりアバウトだったらしく、(実は200歳を超えている!)アルフレッドおじ様は近代の歴史と言われる出来事は大概経験しているそうで、体験談を事細かに語ってくれるらしく、自由時間もおじ様といることが結構あった。
なので、自由時間は私とフレッドで過ごすことが多くなり、そんなときは魔法や精霊魔法の練習をしていた。
「ねぇ、どうしたら攻撃系の魔法が使えるようになるかしら?」
「別に使えなくてもいいと思うけどな。僕が守るって言ってるじゃないか。」
「でも、いつも一緒にいられるわけじゃないでしょ?それに、強くなりたいわけじゃないのよ。自分のことは自分でできるようにしたいの。」
フレッドは、守ってくれるっていつも言ってくれる。
魔法だって上手だし、剣術もなかなかだってアルが言っていた。
守ってもらうことが不満だとか、フレッドが頼りないとかそんなことは思っていない。
でも、もしフレッドのいないときに何かあったら…とか、一緒にいるときでも私が足手まといになるんじゃないかとか考えてしまう。
何かあって逃げるにしたって走るのも得意じゃないし、自分のことくらい自分で何とかしたいと最近思うようになった。
というのも、お母様が最近口癖のように、「自分のことは自分でできるようにならなきゃね。」と言って、私はいろいろなことを教わるようになったのだ。
食事の支度や、お洗濯、お掃除、着替えが難しいドレスの着方(さすがに手伝ってもらわないと無理なものもあるけれど)とか、髪も自分で洗ったり、結んだり編み込みだって教えてくれた。
家事と言われるものは、一般的な方法と魔法や精霊魔法で行う方法を教えてもらっていて、家の家事も手伝っていたので、自然と魔法も精霊魔法も上達していた。
いわゆる、便利術とか、家事術と言われるものばかりだったけれど。
それと、防御系の防護壁とか、盾とかの類の魔法も上達していた。
「リラは防御系が使えるからそれでいいんじゃないかな?」
フレッドの攻撃魔法の練習の時、私が防護壁を魔法で作ってそこへ攻撃したり、盾を作って攻撃を受けたりしていた。
初め、盾の魔法で攻撃を受けると言ったらすごく反対されたけれど、自分の身を守るためと強調したら何とか了解してくれて、かなり手加減されている感は不満だけれど、練習させてくれている。
「防御だけじゃ不安よ…。」
「じゃあ、森の精霊魔法で足止めしている間に逃げるとかじゃだめなの?」
「木がなければ術も起こせないわ。せめて雷の魔法で麻痺位させられたらいいのに…。」
そう思って何度も教えてもらったけれど、雷の魔法は相性が悪いのかもしれない。
何度やっても麻痺まではほど遠く、起こせてもせいぜい静電気程度の、バチッと感じるものだった。
「自分のことは自分で守る…護身術か…僕も調べてみるよ。魔法である必要もないよね?」
そうフレッドが言ってくれた。
今まで魔法にこだわっていたけれど、確かに、自分の身が守れたら魔法じゃなくてもいいのかもしれない。
私も調べてみよう。
アンヌに相談したり、調べたりしているうちに、いつの間にかおばあ様の耳にも入っていたようで、秋から授業に追加されることとなった。
秋から、というのはキリがいいからだそうだ。
おばあ様に習い始めてちょうど1年だし、誰に指導をお願いするにしてもスケジュールの調整もしなくてはいけないのですぐには無理だからだ。
そして、8月の終わりに2週間の休暇がある。
それが明けて、授業も少し変わるそうで楽しみ。
アンヌとアルは外国へ行くそうだ。
東南に隣するグラナート王国の王カルミーニオ3世の即位40年式典に招待されているそうで、おばあ様やジュリエッタさんも同行するそうだ。
私はお父様が遊びに来てくれることになっている。
残念ながら、今年もノエミは先約が入っているそうで、来れないらしい。
でも、お兄様たちは来てくれるのでそれで十分だ。
休暇の話が出てから、フレッドは落ち込んでいた。
話を聞くと、私たちの休暇がフレッドが去年彼のお父様の上司に招待されて家族(ジュリエッタさんは仕事の為不参加)と共に滞在した別荘でのパーティと重なり、案の定ジュリエッタさんは仕事で家を離れるためフレッドも一緒に行かなければいけないらしい。
「あーあ、せめて滞在中、部屋に引きこもることが許されればなぁ…魔法も使えないし…。」
遠い目のフレッドが呟く。
「そんなに部屋にこもりたいのですか?それならば願いをかなえてさしあげましょう。」
なんだかただならぬ雰囲気のおばあ様がフレッドの背後に立っていた。
「ひぃぃぃぃぃぃぃ…」
アンヌが声にならない声を上げた。
「部屋にこもるなら、いい口実がありますよ。とっておきの課題を出して差し上げましょう。私が課題を出したと言えば、あなたのお父様もきっとお部屋にこもっても何も言いませんよ。」
見たことないくらいいい笑顔だ。
なんだかおばあ様の後ろに真っ黒な背景が見えるのは私だけだろうか?
後日、授業の終わりに袋に文具の入った袋が配られた。
「では、休み中の課題について説明します。まず、算術の問題集が1冊。それから、エルフについて何かテーマを決めてレポートを書くこと。こちらの紙に最低10枚は書きましょうね。もちろんエルフ語でです。インクとペンは専用のものを使うこと。それと薬草学ですが、習った2種の解毒薬について、それぞれの作り方をまとめたうえで、効能の違いを書き加えること。こちらもエルフ語でですので、同じくインクとペンに注意すること。精霊学は四精霊のうち、1つを選び習ったことを纏めてくること。それから、ダンスのレッスンは欠かさず行ってくださいね。休み明けに踊ってもらいます。」
お休み中の課題は結構なボリュームだ。
重たい…結構な重さもある。
相変わらずおばあ様は笑顔ではあるが、なんだか背筋が寒くなるのはなぜだろうか…。
アンヌがものすごい形相でフレッドを睨んでいる。
それを見たフレッドの顔が青くなる。
アンヌ…すごく怖いです、あなたのそんな顔初めて見ました。
泣く子も黙るってこういう顔のこと言うのですね…。
そうして私たちはそれぞれの休暇を過ごすのだった。