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エルフ語の教材

「午前中で半分終わったなんて順調だな。」

「は?どこが順調なのよ?まだ同じだけやらなくちゃいけないのよ?お兄様…じゃなかったわ、アル、あなたどうにかしてるわ。」

「アンヌ、別に無理してそう呼ばなくても…今まで通り『お兄様』で僕は全然構わないんだよ?」

「私が嫌なのよ。『お兄様』じゃ全然対等じゃないじゃない?だから『アル』って呼ぶわ。」

「(なんかやたら対等(そこ)にこだわるよな…)アンヌがそうしたいなら好きにしたらいいよ…。」

「勿論そうするわ。で、アル、なんでそんなに余裕なわけ?私もうおかしくなりそうよ…だいたい、何でテキストを自分で作らなくちゃいけないのよ…。」

「それは初めに先生が教えて下さっただろう?」

「アンヌ、落ち着いて…アルの言う通りだよ。それに僕らはまだマシだよ。リラはまだ頑張ってるんだから…」


ここは王宮の中にある、私達の為に用意された学びの部屋。

元々は談話室(サロン)だったであろう広い部屋の奥には黒板と教壇が備え付けられ、その周りを囲む様に机が4台並べられている。

しかしながら手前半分にはソファやローテーブルが置かれ、以前の面影を濃く残している。

そんな部屋の奥に私1人が残って、他の3人は手前のソファに座り先程の様な会話を繰り広げていたのだ。


今日はおばあ様の5回目の授業の日。

大体2~3日に一度のペースで行われているそれは、エルフ語がメインで、マナーやダンス、算術などが合間に組み込まれていた。

エルフ語は、もう読み方はほぼ完璧に覚えたし、文字の書き取りの練習もみっちりしたのですらすら書けるようになっていた。

今後、進み具合に応じてどんどん科目が増えていくそうだ。


私がローランおじ様に連れられて部屋に行くと、もうみんな揃っていた。

「今日は暑いので授業の前に飲み物でもいかが?」

そう言っておばあ様はグラスに注がれた飲み物をひとりひとりに渡してくれた。

なぜかしら?明らかに私のだけ色が違う。

フレッド達のものは、淡く光っているけれど、私のだけそうではない。

なんだかこの光り方、見たことあるような…あっ!これリンガルベリーのシロップを水で割ったジュースだわ!私のはきっとベリーのジュースね…。

「やはりリラにはわかってしまったのね。」

渡されたジュースを飲まずにフレッドの物と見比べているのに気付いたのだろう。

おばあ様が苦笑いしている。

「今、あなた達が飲んだのはリンガルベリーのジュースです。ただのジュースではありません。今から、あなた達にはエルフ語の教材(テキスト)を自分で作ってもらいます。

まず、ここにエムロードゥ語で書かれた4冊の本があります。1人1冊ずつ持って行って、これを今から配る紙にエルフ語に訳しながら書き写してもらいます。」

「どういう事ですの!?」

「急に訳せと言われても無理ではありませんか?」

アンヌとアルがそう言うのも無理は無いはずだ。

フレッドは、理解したようで苦笑いしている。

「アルベールとアンヌはリンガルベリーの事は知らないでしょうね。この本を御覧なさい。それからエルフ語の文字をイメージします。すると…」

「エルフ語で書かれているように…見えます。」

おばあ様が話し終わる前に、驚いたアルがそう言った。

「そのエルフ語を書き写すのです。この4冊は全て違う物ですから、書き終わったら、他の人の物と交換して4冊全て写すこと。いいですね?」

それを聞いたフレッドとアンヌの顔が青くなる。

「あの、おばあ様…私のはリンガルベリーのジュースではないですよね?」

「リラ、私は今はあなたの祖母では無いのですよ?」

「すみません、先生。」

「あなたは自力で訳しなさい。2年間に食べた時は効果を感じなかったのでしょう?」

「……はい。」

言い終わった後の無言の圧力に何も言い返せなかった。


「インクと羽ペンは私が用意した物を使うこと。いいですね?」

インクと羽ペン、そして紙が配られる。

「あの、先生。既製の教材(テキスト)ではいけませんの?」

アンヌが聞く。

「残念ですが、そういったものは私の知る限り存在しません。教材だけでは無く、書物も出回ってはいない筈です。エルフの郷の書物は基本持ち出しを禁じていますからね。一部許可されているものもありますが、それは持ち出す本人とその血を分けたものにしか読めない…と言うより寧ろ見えない様に加工されています。」

「それはなぜでしょうか?」

アルが質問する。

「エルフの郷の書物はその多くが精霊術や薬学、その他エルフの持つ技術に関するものです。その技術の流出を防ぐために書物の持ち出しは禁止されています。たとえ、書物が出回って、エムロードゥ語に訳されたとしても、それを再現することは無理なのですけれどね。」

「なのになぜ、禁止なのでしょうか?」

緑の森(フォレ・ヴェール)の植生と生態系を守るためです。元々、その為にエルフの郷つまり緑の森(フォレ・ヴェール)王国はエムロードゥ王国の保護下に置かれているのですよ。

もし、訳された書物が出回ったとします。たとえ再現出来ないと分かっていても、材料を揃えて試したくなるでしょう。それが1人や2人で済むわけありませんよね。法を犯して森へ入り、荒らされたらエルフの郷の受ける被害は甚大です。エルフの国が滅びる可能性、それを防ぐためにエルフが戦争を起こす可能性だってあるのです。そうならない為にも禁止されているのですよ。」

「では、なぜ僕たちはエルフ語を学ぶのでしょうか?もし、書き写したものが出回ったらどうするのですか?」

「この国において、エルフと直接交渉するのは誰ですか?王族と、その信頼できるほんの一握りの家臣です。直接交渉する者が喋れないと不便でしょう?相手との関係を良好に維持する為には相手のことも知る必要があります。エルフの王アルフレッドはエムロードゥ語が話せますが、郷に残ったエルフが皆話せるわけではありませんよ。

そして、あなた達の書き写した物は、限られた者にしか読めない、というか文字さえ見えません。ただの白紙です。このインクはただのインクではありません。私とマティユ陛下、ヴィクトリーヌの血が混ぜてある特殊な物で、本人とその血を分けた者…子どもや孫にしか見えないのです。

リラ、あなたはアルフレッドに習った薬学の帳面(ノート)を今持っているかしら?持っているならそれをアルベールとアンヌに見せてあげなさい。そのインクは、私とヴィクトリーヌの血が混ぜてある物で、2人には読めない筈ですよ。」

私は、おじ様に教わった薬草や調合のコツをまとめたメモのようなノートのようなものを2人に渡す。

2人はただの白紙じゃないかと言っていたが、フレッドが内容を読み上げると驚いていたが、どうやら納得した様だ。

「ですから、今後指定したインクやペンを使うこと。必ずです。」

「先ほどのお話ですが、僕とアンヌとリラは王族としてエルフ語を学ぶのは理解しました。フレッド…フレデリックは将来の重臣候補という認識でよろしいでしょうか?」

アルの質問にフレッドがものすごく驚いている。

「こちらの認識としては違います。今は重臣候補とは言えませんしそのつもりもありませんよ。しかし、可能性がないわけではありません。それを決めるのは今後、フレデリック自身の力量と人柄と運、それから将来あなた自身が王になったときにどうしたいかです。現時点で彼がここにいるのは…ある意味彼の適性と人柄でしょうね。」

アルもフレッドもいまいち理解しきれていないようだがおばあ様は気にしていないようだった。

「それから、教材が存在しない理由ですが、郷から出ているエルフはエムロードゥ語が流暢な者ばかりですからね。それに普通はエルフの郷へ入ることが出来ないのですから、言語も通じ、書物もない、そもそもエルフ語に触れる機会がありません。つまりエルフ語を学ぶ理由など無いに等しいのですよ。あるとしても人間と結婚し子をもうけたエルフが自分の子どもに教える程度でしょうね。その場合は、あなた達の使うような特殊なインクを使って作るか、日常で習得させるでしょうから…もし、そういった教材があったとしても、所詮物好きな学者の作った正しいのかも疑わしい物でしょうね。

ですので、自分自身で教材をつくるのです。例え、リンガルベリーの力を借りても、自分で書くことに意義があるのです。それだけ身につきますから、頑張りなさい。それでははじめ。」


一通り理由を説明すると、おばあ様は始めるよう促した。

それから2時間半以上経ち、昼食の時間を少しすぎた頃、2冊目を書き写すのが終わった者から休憩を取る様に言われる。

2冊目を写し終わった3人の会話が先程のものだ。

私は自力で訳しながらなので、みんなよりも時間がかかる。

私が遅れると、本を交換できないせいで誰かを巻き込むことになるので、休憩を削っても2冊目を終わらせなくてはいけない。

どうしても遅れるのだから、少しでも遅れはここで取り戻しておいた方がいい。

なんとか2冊目を終わらせ、3人に合流すると、昼食をとらずに待っていてくれた。

「みんな待っていてくれたの?ありがとう。お腹空いたよね。ごめんね、長いこと待たせちゃって。」

「当たり前でしょう?みんなで食べた方が美味しいんだから!」

アンヌ、ありがとう。

すごく嬉しい!


テーブルの上には、色とりどりのフィンガーフードが並べられ、デザートにはプティ・フールもあった。

おばあ様が簡単に食べられる様に配慮してくれたのだろう。

「これでマナーのレッスンを兼ねた昼食だったらたまったものじゃないわよね。」

アンヌに皆が同意する。

「アル、もう食べないのかい?」

「満腹になると午後が辛いからね。この位で丁度いいよ。フレッド、食べ過ぎて睡魔に襲われるなよ?」

フレッドはアルとすっかり仲良しだ。

初日は呼び捨てにするのさえ躊躇っていたのに、もう慣れたみたい。


昼食をとりおえたら、おばあ様が戻ってきて午後の授業が始まった。

また訳して書き写す作業だ。

さっきより頭がスッキリしているので、スムーズに進む。

ご飯って本当に大事だね。

3冊目は、すごく集中したので皆と大きく遅れを取ること無く写すことができた。

4冊目を書き終わった人から、他の人のものと見比べて間違いがないか確認する。

最終的に、おばあ様とおじ様が確認して、間違えた箇所は訂正し、2つ折にする。

ページに番号を振り、順に重ねたものをおじ様が糸で纏めてくれた。

出来上がった者はおばあ様に回収される。

「滲まない様に防水処理をした後、表紙をつけて次回お返しします。

今日は本当にご苦労様でした。よく音を上げずにここまで頑張りましたね。正直、1日で出来るとは思いませんでしたよ。」

「1日で無理に仕上げることなかったのね…頑張って損したわ…」

アンヌからこぼれる本音。

「アンヌ、また悪い癖が出ていますよ。それに決して損などしていません。時は金なり、です。さぁ、疲れたでしょうからお茶を飲んでから帰りなさい。リラとフレデリックは時間を見計らって迎えに来ますからね。ではゆっくりなさい。」


「ゔー、手が痛い…。」

「ペンだこって1日で出来るんだね…。」

「綺麗な顔して、鬼だわ、鬼。もう手に力入らないし。」

実は私は手が痛くなるたびに回復魔法をかけていたので、そんなに疲れていない。

ここでは魔法を使っちゃダメって言われてないから使っちゃおう。

使っていいとも言われてないから、コッソリにしておこう。

私はフレッドの右隣に座り腕を組む。

さりげなく、右手でフレッドの腕と、手を撫でる様に右手に溜めた魔力(ちから)を流す。

「リラ、ありがとう。」

ちょっぴり赤い顔のフレッドがお礼をいってくれた。

やっぱり回復魔法をかけたの気付いたんだね。

にこっと微笑む。

「ちょっとなにイチャイチャしてるの?」

アンヌはニヤニヤしながらこっちを見てる。

今度は、アンヌの隣に座って、同じ様に回復魔法をかけた。

「リラが撫でてくれたら楽になったわ。なんで?」

またにこっと微笑む。

今度はアル。

アルは一人掛けのソファなので、隣に座らず前に立つ。

「ねぇアル、右手見せて?」

「え?これでいいかな?」

アルは恥ずかしそうに右手を出した。

ちょっと顔が赤い。

フレッドも赤かったけど、暑いのかな?この部屋。

私の左の掌の上にアルの右手をのせ、私の右手の掌をアルの肘より先に向かってゆっくり撫でるように動かす。

ペンだこと言っていたので指もチェックして、赤くなった部分を人差し指で撫でながら魔力(ちから)を送る。

ちょっと力加減を間違えたみたいで、アルの手がほんのりだけど光に包まれてしまった。

「!?…リラ、もしかして今のって治癒・回復系の魔法なの?」

アルに気付かれてしまったけれど…まぁいっか。

でもおばあ様には内緒にしておいてもらおう、念のため。

「実はね、そうなの。でもここにいる私たちだけの秘密ね。おばあ様に使っちゃいけないって言われてるわけじゃないけれど、一応森以外では控えるように言われてるから・・・。」

「もちろん、リラがそういうならそうするよ。」

「もちろん私も親友の秘密はちゃんと守るわよ!」

アルもアンヌも約束してくれた。

「もし、体調悪かったり、どこか痛くなっちゃったりしたら言ってね。こっそり魔法かけるから。」


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