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無能探偵と死者の館  作者: こよる
第一章 くるいびとの館
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第一章―06

 全員が自己紹介をし終えたところで、霧山朽葉がゆったりと全員を見回した。

「ではみなさん、外はお暑いでしょうから、どうぞ中へお入り下さい。広間に冷たいお飲み物を用意してありますので」

 そう言って恭しく身体を退く姿は、何だか一流の小間使いのようだった。彼女が推理小説のネタとして、あれこれ殺人のトリックを考えている姿は、あまり想像できそうもない。

 観音開きの扉をくぐった先は、玄関ホールになっていた。中へと続く二枚目の扉を守るように、二体の騎士をかたどった石像が鎮座している。一方は剣で、もう一方は斧を抱えていた。その武器の放つ妖しげな光には、何となく背筋に冷たいものを感じる。隣の霧乃が「本物みたいだね」と言った。

 二枚目の扉を抜けると、ようやく屋敷の廊下に入ることが出来る。僕はそこで、壁に貼ってあった屋敷のフロア図を眺めた。

 どうやら、この建物の構造を理解するには、単純な平面図を思い浮かべるのが一番のようだ。まず、外壁の大きな長方形を描く。そして、その大きな長方形の中に、中くらいの長方形を描き、その中くらいの長方形の中に、さらに小さな長方形を描く。要するに、建物の中央に広間があって、それをぐるっと囲むように回廊が存在しているのだった。そして、その回廊をさらに囲んでいる外周は、書斎やら応接室やら、無数の小部屋に分かれていた。基本的な構造は一階も二階も同じのようだ。一階では「大広間」とされている中央の大部屋が、二階では「談話・遊戯室」となっていた。

「こちらが大広間です。どうぞお入り下さい」

 霧山朽葉が大広間の観音扉を開き、皆に向かって軽く会釈してみせた。古橋さんを先頭にして、全員がぞろぞろと部屋の中へ入っていく。

 大広間には、長テーブルが四つ組み合わされて、「ロ」の字形の配置を成していた。椅子は人数分、すなわち六つだけ。人数の少なさにしては、明らかにオーバーなテーブル配置だった。どこに座っても良いらしいので適当に腰掛けたが、僕の隣にすかさず霧乃が座ったのは言うまでもない。

 最後に霧山朽葉が入ると、彼女は扉を閉め、残っていた上座の一席に着いた。「どうぞおのみ下さい」と彼女がにこやかに促すので、各自が思い思いに、それぞれ目の前に置かれたオレンジジュースに手をつけ始める。毒が入ってないかなぁ、とでも言いたげにコップを底から覗いていた霧乃は、失礼なのでテーブルの下で足蹴にした。

 一息ついてから、再び霧山朽葉が話し出す。

「さて。では、みなさんのお部屋について説明しておきましょう」

 霧山朽葉はやはりにこやかな表情で、

「みなさんのお部屋は、すべて二階に用意してあります。東大寺さんと小坂さん以外の方々は、すべてシングルルームにいたしました。全部屋バスルームを備えておりますので、ご安心下さい。それで、ひとつお尋ねしたいのですが、東大寺さんと小坂さんはシングルルームとツインルーム、どちらの方がよろしいでしょうか?」

 僕と霧乃は顔を見合わせた。「ぼくはどっちでもいいよ」と霧乃が言うので、僕が「じゃあ、ツインでお願いします」と答えた。別にやましいことなど何もない。ただ、読書中毒で引き篭もり癖のある霧乃を一人にしておくと、後で何かと面倒が起きるかも知れないと危惧しただけだ。

 霧山朽葉は微笑を崩さずに頷くと、「では、鍵をお渡ししますので」と言って立ち上がった。彼女は長テーブルの上にあらかじめ用意されていた鍵の山を取り、「では、守屋さんは四号室でお願いします」と言った調子で、全員のところへ鍵を配っていく。

「みなさんのお部屋の鍵は、今お渡しした鍵の他、マスターキーを使って開くことが出来ます。ただ、マスターキーやその他の部屋の鍵を持ち出すには、暗証番号が必要でして……」

「暗証番号? 何だよ、それ」

 守屋さんが口を挟んだ。

「申し訳ございません。鍵の管理のため、鍵置き場から鍵を持ち出すには、わたくししか知らない暗証番号が必要なのです。そちらの……小坂さんの後ろの壁に、その鍵の置き場所があるのですが」

 そう言われて振り返ってみると、確かに壁に妙な装置が取り付けられていた。壁に大量の鍵が掛かっており、それを透明なボックスが取り囲んでいる。どれがどの部屋の鍵かは、鍵を掛けるフックの部分に「書斎」、「客室・1号室」、「マスターキー」といったテープが貼られているので、それで見分けるらしい。ボックス装置のすぐ横の壁には、電卓みたいな形の暗証番号入力機があった。おそらく、あそこに正しい暗証番号を入力すると、透明ボックスのロックが解除されて、鍵を取り出せるという仕組みなのだろう。

「ですから、万が一鍵を紛失したりというようなことがあれば、わたくしにお申し付け下さい。マスターキーで部屋の扉を開けさせて頂きますので」

「分かったよ」

 守屋さんが一同を代表して答える。霧山朽葉は軽く会釈すると、「では、わたくしからは以上です」と言って、口をつぐんだ。

 ……さて、と。

 僕はろくに口をつけていないオレンジジュースを置いて、一同の顔を見回した。

 雲の上から地球を見下ろしているみたいな、どこか超然とした微笑を保っているのが霧山朽葉。その隣の古橋さんは何が面白いのか、にやにやしながら僕たちの様子を眺めている。その二人と対照的なのが御代川姫子だ。彼女は露骨に不機嫌そうに頬杖を突き、人差し指で長テーブルをコツコツ叩いていた。一方の守屋さんは、部屋の内装――不健康な黒塗りの壁を、注意深く観察している。僕の隣に座った霧乃は、両手で「カニ」を作って遊んでいた。まるで子どもだ。

 気まずい沈黙を破ったのは、やはりと言うか守屋さんだった。

「さて。それじゃあ、とりあえず各自荷物を自分の部屋に運び込むとしようか。ここでこうしていても、仕方ないしな」

 守屋さんの提案に、霧山朽葉の友達だという古橋さんが「そうだね」と賛同する。他には賛成も反対もなく、それぞれ何となく席を立つ流れになった。

 まだ初日ということもあろうが、何だか空気がぎくしゃくしていて気まずい。僕は、これが初対面特有の気まずさであることを祈った。この企画の参加者に、そもそも「打ち解ける」という概念を持った人間は一体どれほどいることやら、だ。少なくとも霧乃と御代川さんは持ち合わせていない。

 全員が席を立ったところで、霧山朽葉が「もうひとつ、お伝えしておくことがありました」と口を開いた。

「これから夕食までは、基本的に自由時間とさせていただきます。ただし、夕食は午後六時からこの大広間で、としますので、みなさん午後六時までにはここへお戻り下さい」

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