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無能探偵と死者の館  作者: こよる
生きる者であるために
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第六章―05

「ううん」と霧乃は否定し、「マスターキーは、古橋さんが持っていた一つだけだよ。古橋さんが持っていたのが、正真正銘、本物のマスターキーだった。とすると、大広間のボックスの中にあったのが何かは、もう分かるよね」

「あれは、偽物だった……?」

「そう。鍵なんて、どれがどれなのか、外側から見ただけじゃ分かりっこないからね。適当な鍵に『マスターキー』って札でも付けておけば、それで事足りるよ。まして、ぼくたちはあのボックスを開けられなかったから、ボックスの中にある鍵が本物かどうかなんて確かめようがなかったしね」

「そうか……。いや、しかし待てよ。でも、だったらどうして古橋さんはマスターキーなんか持ってたんだ。あのボックスを開けるには、霧山朽葉しか知らない暗証番号が必要なんだぞ? 古橋さんはそれを知っていたとでも……」

「うんとね、それはもう少し後で説明することにするよ。とりあえず今は、古橋さんが本物のマスターキーを持っていたって事実だけを覚えておいて。

 で、話を元に戻すと、マスターキーを持っていた古橋さんは、それを使って御代川さんの部屋の鍵を開け、中に『第二の犠牲者』っていう紙を入れたんだよ。それが夕食の前、全員が大広間に集まるときのこと。あの時、古橋さんは夕食の席に遅れてやって来たでしょ?」

「そういえば、確かに……。でも、それでもまだ、古橋さんはどうして御代川さんが睡眠薬入りの食器を引くって予測できたのか、っていう疑問が残るよ」

「ゆぅくん、人の話はちゃんと聞こうよ。古橋さんは、睡眠薬入りの食器を誰が選ぶかまでは予測できなかった、ってさっき言ったでしょ?」

「でも、だったら……」

「誰が選ぶか分からないなら、誰が選んでもいいようにしておくまで、だよ。ゆぅくん。つまり古橋さんは、ぼくたち全員の部屋に、一時的に『第二の犠牲者』っていう紙を入れていたんだよ。誰が睡眠薬入りの食器を選ぶか分からないんだから、そうするしかないよね」

「そうか……。だとすると、僕たちの部屋に何者かが侵入した形跡があったのは」

「そう。古橋さんが『第二の犠牲者』の紙を置くために、ぼくたちの部屋の鍵をマスターキーで開けて、中に入ったからだよ。その時、古橋さんはうっかりぼくの文庫本を床に落として、証拠を残すような羽目になっちゃったけどね。

 さて、次にいよいよ第三の事件。古橋さんは第二の事件に関する議論が出尽くした適当なタイミングを見計らって、休憩にしようと言い出した。休憩時間になると、古橋さんは真っ先に二階へ向かったんだよ」

「そして、自作自演の悲鳴を上げて、中央バルコニーから海に飛び降りたわけだな?」

「違うよ、ゆぅくん……」

 霧乃は呆れたような目で僕を見て、

「古橋さんには、まだやっておくことがあったんだ。それがすなわち、全員の部屋に撒いた『第二の犠牲者』の紙の回収と、御代川さんの処理だよ。

 古橋さんはまず、全員の部屋の扉をマスターキーを使って開け、中にある『第二の犠牲者』の紙を回収した。それから、眠っていた御代川さんを手足を縛るか何かして、二階の別の客室に放り込んだ。マスターキーで、ぼくたちが使っていない二階客室のどれかの鍵を開け、その中に御代川さんを隠したんだよ。ぼくたちは扉を開けられないから、まずばれない。これが、御代川さんを犯人に見せかけるための行動だったってのは、言うまでもないよね。

 さて、すべての準備を終えた古橋さんは、中央バルコニーの観音扉に『第三の犠牲者』の紙を貼り付け、二階で自作自演の悲鳴を上げると、海に飛び込んだ」

「そこで、あの図式が問題になるわけだな。古橋さん=海に落ちた=泳げない=死亡……。実は古橋さんは泳げたとか、あるいは浮き輪をつけていたとか?」

「ううん」

 霧乃は静かに首を振った。

「そのどちらでもないよ。ただ、これについても説明は後回しにしたいんだ。とりあえず今は、古橋さんは海に飛び込んだ後、生きて屋敷に帰り着いたってことにしといて」

「ふぅん。なんだか、釈然としないな」

「古橋さんが屋敷に帰り着いた後の行動は、簡単だね。ぼくたちが寝静まるまで、どこかの部屋で身を隠す。そして、タイミングを見計らって二階へ向かい、どこかの客室で眠らせたままの御代川さんを、部屋から引き出した。そして、御代川さんを抱えたまま、一階の書斎から隠し通路の奥へと向かい、熊切千早の監禁部屋に辿り着く。そこで古橋さんは毒物を注射して御代川さんを本当に殺害し、偽の遺書を置いたんだよ。ついでに、大広間には『熊切千早の監禁部屋にて待つ』っていう例の紙を置いておいた。

 御代川さんを殺害した後、古橋さんは再び屋敷の二階へ戻り、ぼくたちの部屋の前に灯油か何かを撒いて放火した。それからは、あの人は屋敷のどこかの部屋に身を潜めていたんだと思うよ。なにしろマスターキーがあるんだから、どの部屋でも使いたい放題だからね。

 ……っていうような真相に、実はぼくは一週間前の時点で思い至ってたんだけど、みんなの前では言えなかったんだよ。ごめんね、ゆぅくん」

「どうしてさ。自信があるなら、堂々と話せばいいじゃないか」

「古橋さんが、どこかで聞いているかも知れないからだよ。自分が犯人だ、ってことがぼくに知られていると思えば、古橋さんはまだ犯行を続けるかも知れない。だから、そんな危険を冒すよりは、古橋さんが用意した偽の真相に騙されたふりをする方が、安全だなって思ったんだよ。ぼくたちに、犯人に仕立て上げた御代川さんの死体を発見させたってことは、古橋さんはこれで犯行を終わりにするつもりなんだろうなって思ったしね」

「ふぅん。なるほど……」

 僕にはとても頭の回らない考えだった。東大寺霧乃が天才の範疇に属する人間であることを改めて思い知り、ついでにどうしてその才能をもっと生産的な活動に使わないのかと改めて悔やむ。

「それで? まだ、後回しにしてきた謎が残ってるでしょ。古橋さんはどうしてマスターキーを手に入れられたのかってことと、古橋さんはどうして海に落ちて助かったのかってこと。その二つの謎は、どう説明するんだよ」

「うん。難しいのは、そこなんだよ。まぁ、マスターキーの問題くらいなら、友達である霧山朽葉に頼んでボックスを開けてもらったってことで、無理やり説明できなくもないんだけど……。 それでも、二つ目の謎はなかなか解明できないんだよ。古橋さんはどうして海に落ちて助かったのか。古橋さん=海に落ちた=泳げない=死亡っていう図式の、どこを崩せばいいのか。

 古橋さんが海に落ちたっていうのは、疑いようがない。古橋さんが泳げなかったっていうのも、確からしい。泳げなかったら沖に流されて死亡するっていうのも、どうにも崩しがたい。

 だったら、ぼくたちは一体どこを崩せばいいのか。

 そこで、ゆぅくんの言葉が出て来るんだよ」

「僕の言葉?」

「そう。図式を崩せないんだったら、問題設定の方を崩せばいいんだ、っていうあれ。あれを聞いて、ぼくはもしかしたらって思ったんだ。

 ぼくたちは、この図式を描いた時点で、既に古橋さんの罠に掛かっているんじゃないか。

 この図式を描く上で、当然の前提としている事柄を崩せないか、ってね」

「当然の前提としている事柄……」

「そう。古橋さんが海に落ちたのも、古橋さんが泳げないのも、泳げなかったら死亡するのも疑い得ない。だとしたら、崩せる可能性のある部分はひとつだけ――」

 古橋さん=海に落ちた=泳げない=死亡……。

 崩せない図式。

 問題設定の方を崩せばいいんだ。

 当然の前提としている事柄。

 崩せる可能性のある部分はひとつだけ――。

 まさか、と思った。

 真実の可能性に思い至り、驚愕に目を見開く僕に、霧乃はそれを認めるように頷いてみせた。

「そう――。彼女は、古橋さんじゃなかったんだよ」  

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