第六章―03
「おい、霧乃」
僕は箸を置いて、コタツ机の正面に正座している霧乃を見やった。なぁに? と相変わらずのとろんとした眠気目で、霧乃が小首を傾げる。その雪のように白い顔に、僕は言った。
「いま気付いたんだけどさ、あの屋敷の事件で一つだけ、分からないことがあるんだ。多分、霧乃も見落としていた……。
第三の事件の後のことだよ。あの時、僕たちは二階に隠れているかも知れない犯人を探すため、二手に分かれて屋敷の二階を捜索しただろ? そして、僕たちは自分たちの部屋に入り、霧乃の文庫本のページ数が変わっていることに気付いた……。つまり、あの部屋には何者かが侵入していたんだ。扉に鍵が掛かっていたのにもかかわらず、だ。
しかも、あの部屋の扉を開ける方法は二つしかない……。正規の客室の鍵か、あるいはマスターキーを使うか。でも、正規の客室の鍵は僕が肌身離さず持っていたし、マスターキーはあの透明ボックスの中に確かにあった……。これは一体、どういうことなんだ。御代川さんは一体どうやって、そして何のために僕たちの部屋に侵入したんだ」
「あぁ、そのこと」
霧乃はしばらく箸を止めて僕の話を聞いていたが、何でもないといった感じで答えると、再びそうめんを啜り始めた。
「ゆぅくん、ようやく気付いたんだね。ぼく、てっきり知りながら黙殺しているものと思ってたよ」
「待て。だから、それはどういうことなんだ……?」
「ぼくがみんなに話した推理で、その部分以外は一応収まりが良かったし、だったらそれでもいいかなーと思ってたんだけど。やっぱり、ゆぅくんは本当のこと知りたい?」
「本当のことって……。まさか、霧乃が屋敷で話した推理は、間違っていたというのか?」
「そうだよ」
霧乃はあっさりと肯定した。僕は目眩がしてくる。
「待ってくれ。だったら……まさか、あの事件の犯人は、実は御代川さんじゃなかった、とでも言うのか。他に真犯人がいた、と」
頭に混乱を来している僕に、霧乃は黙って頷いてみせた。
そんな馬鹿な――。
あの事件の犯人は御代川さんじゃなかった、だと?
「あのね、ゆぅくん。あの事件の犯人が御代川さんじゃないってことは、ちょっと考えればすぐに分かるんだよ。
まず、ゆぅくんが指摘したように、ぼくたちの部屋への侵入が御代川さんには不可能だったこと。それから、侵入しなければならない理由もなかったこと。
二つ目。御代川さんの取った行動が、いくらなんでもリスクが大きすぎること。古橋さんに、『犯人を見抜くため、ここは二人で芝居を打とう』なんて持ち掛けるのは、いくらなんでも危険すぎるよ。なにしろ、これとまったく同じ方法で、犯人が自分を死んだように見せかけた、超有名なミステリ小説があるからね。古橋さんがそのことに気付かなかったはずがないもん。
その他にも、御代川さんがぼくたちの部屋に火をつけた理由がいまいちはっきりしないこととか、そもそも初めて訪れる屋敷であんな周到な殺人を実行できるわけがないとか、考えればおかしな点は色々と見付かるんだよ」
「待ってくれ」
僕は頭を抱えた。
「だったら、一体誰が犯人なんだ。熊切千早か。謎の第三者が、やっぱりあの屋敷にはいたって言うのか……?」
「違うよ。落ち着いて考えてみて、ゆぅくん。
ぼくは一週間前の屋敷で、この事件は第三の事件から考えるのが正解なんだ、って言ったよね。そう。第三者の可能性を考えないものとするならば、あの第三の事件には、可能性が二つしかなかったんだよ。
すなわち、御代川さんが実は生きていて古橋さんを殺害したか、あるいは第三の事件は古橋さんの自作自演だったか。
御代川さん=犯人説が否定されたとなると、残る可能性は一つしかないでしょ?」
「つまり、あの事件の犯人は……」
「そう。分かりやすく言えば、古橋さんだったってことになるんだよ」