第五章―06
『
願わくば、この遺書が永遠に発見されないことを。そして、私の持つ記憶のすべてが、この紙の中に封印されたまま朽ち果てることを。
前書きとしてそう書いておきながら、このようなものをしたためる心境は妙なものです。私はこの遺書を誰かに発見してもらいたいのか、あるいは発見されずに朽ち果てることを祈っているのか。
それは、隠れん坊をしているときの心境に近いのかも知れません。
見付かりたくないが、見付けて欲しい――。
もっとも、私は生まれてからずっと小部屋に閉じ篭められて育ったので、隠れん坊をやったことは一度もないのですが。
隠れん坊ばかりではありません。
私は鬼ごっこも、缶蹴りも、ドッジボールも、あらゆる遊びという遊びをしたことがありませんでした。十何年も薄暗い部屋に閉じ篭められ、他者と交わる機会が与えられなかった私に、そんな遊びが出来るはずもなかったのです。ただ情報としてのみ知るそれを、私は暗い部屋の中でうずくまりながら、ひそかにやってみたいと願うばかりでした。しかし、この遺書があなたに読まれているということは、私は一度の遊びの機会も持てずにこの世を去ることになったようです。残念だ、と私の死体は考えているのでしょうか。
白状すると、この遺書を書いている今は、私の計画はまだ実行に移されていない段階です。瀬戸内海の天上島、霧山朽葉の別荘――そこで起こったであろう惨劇を、私はまだ見ていないのです。故に、私は瞼の裏にその惨劇の様子を想像するほかありません。私はそこで一体誰を殺し、どの程度まで計画を遂行できたのでしょう。殺人の想像は、私を静かな興奮に導くようです。それは他者を殺すという昂りであると同時に、自らをも殺すという昂りであるようにも感じます。計画を完遂したにせよ、途中で頓挫したにせよ、私はこの屋敷で果てるつもりでいましたから。
動機についても触れて置かねばならないでしょう。
私はどうして、このような殺人を犯すに至ったのか。
実を言うと、自分でもよく分からないというのが正直なところです。日々を監獄のような部屋の中で延々と繰り返しているうち、私の中に殺人の衝動とでも呼ぶべきものが、徐々に降り積もっていった、というのが一番正しいのかも知れません。一滴、一滴と毒を垂らすようなそれは、いつしか私を狂気へと染め上げたのです。そして、いつからだったか、私はこの人生の最期を、殺戮の果ての自殺という形で迎えようという思想を抱くようになりました。それが、私にとってもっとも相応しい最期であるように感じられたのです。
今になって冷静に自己分析を行えば、私はただ自己というものを主張したかっただけなのかも知れません。
生まれて以来ずっと部屋に閉じ篭められ、他者と接触せずに生きてきた――。
そのような、およそ生者と呼ぶに値しない私であっても、せめて最期の一瞬くらいは生きる者として他者に認められたい。社会に、私という人間の存在を訴えたい。この天上島で起こったであろう殺人劇は、いわば私の最期の叫びであったのかも知れません。
天上島でのこの企画を利用しようと思ったのにも、やはりそれなりの事情はありました。
ふとしたことから手に取った小説『死者の館(上)』を読み、巻末でこの企画を知ったとき、私はかねてから考えていた殺人幻想の実行を思いついたのです。この小説と同じような舞台で、同じような方法で殺人を重ねていく――。その劇的な殺人は、私の最期として相応しいものであるように感じました。
そのような私の考えは、この天上島の屋敷に隠された秘密を知ったとき、確定的なものとなりました。殺人計画を立てるため屋敷のことを調べているうち、奇しくも、この屋敷で少女が監禁されていたという事実を知るに至ったのです。
私とまったく同じ境遇に立たされていた少女――。
その時の私の心境を、理解してもらえるでしょうか。
私は、ここしかないと思いました。この屋敷で――出来ることなら、その少女がかつて監禁されていた部屋で――私は最期を迎えるのだ、と。『死者の館(上)』の暗号を解いて企画に応募した結果、参加決定の通知が届いたとき、私は運命の存在を確信しました。このようにして、私は自らの殺人幻想を、この屋敷で具現化することになったのです。
もっとも、今まで書き連ねてきたような事情は、すべてが個人的なものに過ぎません。いくら言葉を重ねたところで、私には罪の赦しを請う資格すら与えられ得ないでしょう。だからこそ私は沈黙し、その代わりに遺書という形で、あなたに真実を託すことにしたのです。
最後に――。
願わくば、この遺書があなたの手によって発見され、読まれることを。そして、私の持つ記憶の一端でもが、他者の心に深く根付き、永遠に時を刻み続けることを。
生きる者であるために
御代川姫子
』