第五章―04
「でも、だったら第一の事件は?」
僕は尋ねた。
「第二、第三の事件はそれで何となく分かったけど、まだ第一の事件で霧山朽葉の首が斬り落とされていた理由が分からないよ。御代川さんは何のために、首を斬って頭部を隠したんだ?」
「蛇、だよ」
霧乃の答えは簡潔だった。
「この一連の事件は、すべてが霧山朽葉の小説『死者の館』に見立てられているっていうのはいいよね。ゆぅくんは読んでないから分からないかも知れないけど、あの小説では第一の事件は絞殺だったんだよ」
「絞殺?」
「そう。正確には、背後から殴って被害者を気絶させ、そのうえでロープで首を絞めたんだけど……。問題は、そのロープだった」
ロープ。細長い紐。
それはまるで、蛇のような形……。
「御代川さんは絞殺という手段を使えなかったんだよ。ロープじゃなくてもいい。電気コードでも何でも。とにかく、人を絞殺するには細長い紐が必要不可欠なんだよ。でも、御代川さんは電気コードを蛇を見間違えて発狂しちゃうような人。到底そんなものを握って人を殺すことは出来ない……。だから多分、御代川さんは霧山朽葉を、絞殺じゃなくて撲殺したんだと思うよ。棒か、あるいは鈍器か何かで。
でも、まだ問題が残った。一連の事件を『死者の館』に見立てるつもりなのに、第一の犠牲者が絞殺じゃなくて撲殺されていたら、どうしても目立ってしまう。そして、犯人はどうして絞殺しなかったのかと考えられたら、紐を握れない自分が犯人だと感づかれてしまう……。だから、御代川さんは霧山朽葉の首を斬って、頭部を隠蔽したんだよ。殺害方法を分からなくして、ぼくたちの注意を逸らすためにね」
「そうか……」
確かに、それだったら筋が通っているように思えた。第一、第二、第三の事件の辻褄も合う。
だが、しかし――。
「じゃあ、最後にもう一つだけ。昨日の火事は一体何だったんだ? あれも、屋敷に隠れていた御代川さんがやったんだろ? でも一体、何のために。やっぱり、僕と霧乃を殺害するため?」「多分ね。みんな部屋に鍵を掛けたうえ、バリケードまで作っていたから、他に殺害方法がなかったんだよ。だから、ドア周辺に灯油か何かを撒いて火をつけ、部屋ごとぼくたちを焼き殺そうとした――。もっとも、この計画は失敗したみたいだけどね」
「いや、待てよ」
守屋さんが口を挿んだ。
「そんな火事、霧山朽葉の『死者の館』じゃ、どこにも書かれてなかったぜ? この屋敷で起こった他の事件は全部、あの『死者の館』通りに見立てられているってのにさ。どうして最後になって、御代川姫子は見立てをやめて、火をつけたんだ」
「さぁ……それは御代川さんに訊いてみないと、ぼくにも分からないけど。そのためにも、このメッセージの示す場所に行ってみよう、って言ってるんだよ」
そこで霧乃は口をつぐみ、僕たち全員をぐるっと見回した。自分の推理に納得したかどうか、尋ねているようだった。
僕はもちろん、納得だ。
何となくではあるけれど、事件の全貌が見えた気がした。第一の事件の首斬りの理由も、第二の事件の毒殺の謎も、第三の事件の密室状態での犯行も。今、霧乃が喋った通りならば、全ての辻褄が合う。
守屋さん、伊勢崎さんも表情にこそ出さないが、異論はないようだった。
「良し。だったら、東大寺さんの推理を信じてみることにするか」
守屋さんが三人の意見をまとめるように言う。
「広間に置かれていたこの紙――『熊切千早の監禁部屋にて待つ』ってやつに、乗ってみようじゃねえか。もっとも、そのためには熊切千早の監禁部屋ってのがどこなのか、突き止める必要がありそうだけどな」
「それ、きっと僕と霧乃の部屋だと思いますけど……」
と僕。
「僕たちの部屋には、熊切千早が使っていたと見られる品が色々とあったんです。人形とか、ノートとか、玩具とか……。きっと、熊切千早はあそこで監禁されてたと思うんですよ」
「ふぅん。でもな、あの部屋は火事ですっかり燃えちまったじゃねえか。熊切千早の監禁部屋にて待つ、っても、あそこには黒焦げの残骸くらいしか残ってないぞ」
「そうですけど……」
「あの部屋じゃないよ」
僕たちが考えあぐねていると、霧乃が横から口を出した。
「だって、普通に考えて、あんな場所に子どもを監禁するわけがないもん。いくら鍵を掛けて、他の人が立ち入れないようにしていたとしても、部屋の中で泣き声を立てれば外にバレちゃうよ。でも実際は、熊切千早の存在は噂程度でしかなかったんだよね?」
「ええ、そうです」と伊勢崎さん。「熊切千秀があまりに頻繁にこのお屋敷を訪れるものですから、ひょっとして、という程度でした。実際に姿を見たとか、声を聞いたというようなことは、一度も……」
「ふぅん。じゃあ、熊切千秀ってどういう名目でこの屋敷に来ていたの? 実際は隠し子の世話かも知れないけど、表向きの名目があったんでしょ?」
「ええ。それは、仕事のため、と……」
伊勢崎さんの言葉に、霧乃はにやりと笑みを浮かべた。
「じゃあ、もう分かったようなものだね。熊切千秀は歴史小説家。そんな人が仕事で使って、閉じ篭もるような部屋と言えば――」
「書斎、か」
僕が後を引き継いだ。
「そう。だからきっと、書斎のどこかにあるんだよ。熊切千早の監禁部屋につながる、隠し通路のようなものがね」