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無能探偵と死者の館  作者: こよる
第四章 『死者』たちの夜
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第四章―10

 そして、夜は更け――。

 僕の醜態から一時間後。

 部屋を汚してしまった吐瀉物を片付け、ついでに僕は自分のパジャマも汚れてしまったので、風呂に入り直した。霧乃の服や身体を汚さずに済んだのが、せめてもの救いだった。

 そして、風呂上がりの布団の中。

 湯を浴びた直後に寝ろというのも無理な話で、僕は目が冴えてしまって、なかなか眠れないでいた。隣の霧乃はもう眠りに就いているのだろうか、すやすやと心地よさげな呼吸音が聞こえてくる。ガラス戸の外で、雨はまだ降り続いているらしかった。

 暗闇の中で寝返りを打ち、朝から三つの殺人が連続して起こった今日のことを、ぼんやりと思う。

 霧山朽葉の死、御代川姫子の死、古橋さんの死。

 死を間近で見つめるたび、殺人という感覚が僕の中で薄れていくようだった。そしていつしか、死体を前にして冷静に状況分析を行うようにすらなっていった。殺人すれば殺人しただけ、自分も追い詰められるという逆説的な世界。クローズド・サークル。

 そんな世界で育まれた正気なんてものは、所詮まやかしでしかない。僕の身体はそのまやかしを受け付けなかった。嘔吐して初めて、自分が精神的にかなり追い詰められていたんだということに気付いた。

 その嘔吐感からも解放され、とりあえず一息ついて。

 暗闇の中、僕が思考を巡らせるのは、やはり事件のことでしかなかった。

 首斬り死体、見立て殺人、『死者の館』……。事件のキーワードが次々と頭に去来する。毒入りの食器、『第二の犠牲者』、古橋さんの悲鳴、沖へと流されていく彼女の身体、なくなった御代川さんの死体、何者かが侵入したこの部屋……。

 そういえば、バリケードは大丈夫だろうか。ふと気になって、半身を起こす。

 鍵を掛けていたにもかかわらず何者かに侵入されたため、僕と霧乃は客室ドアの前にバリケードを作っておいたのだ。ドアの前には、荷物その他もろもろが山となって積み重なっている。これならたとえ犯人がドアの鍵を開けても、ドアを押し開けて入ってくることは出来ないだろう。大丈夫だ。

 再びベッドに上体を戻し、そして考える。

 この屋敷にかつて監禁されていた少女。熊切千秀の隠し子、熊切千早。そして五年前の事件。殺害された熊切千秀。使用人すら真実を知らないという謎の事件。

 過去にこの屋敷で起こったという事件は、本当に今回の事件と関連がないのだろうか。奇怪な事件が、同じ屋敷で……。偶然にしては、いささか出来過ぎではないか。

 そういえば、この部屋には熊切千早の存在を示す品が色々とあったんだっけ。古びた人形、『くまきりちはや』と名前がひたすら書かれたノート、おままごとの玩具……。熊切千早は、かつてこの部屋に監禁されていたのだろうか。部屋の中を探せば、アルバムや写真も見付かるかも知れない。いまだ顔を見たことのない、謎の少女――。

 寝返りを打つ。薄暗がりの世界が、無性に不安を煽る。

 数学の大門。(1)、(2)、(3)。僕たちは一体どこで間違えてしまったのか。正解へと続いている分岐道は、一体どこに隠れていたというのか。

 嘘と、真実。

 僕たちは一体、誰の嘘に騙されてしまったんだろう……。

 暗闇の世界が、現実と夢の境目を溶かしていく。

 かすかに聞こえる霧乃の息遣いが、僕を眠りへといざなう。

 いまだ降り止まぬ雨の中、僕はいっときの眠りに落ちた。

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