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無能探偵と死者の館  作者: こよる
第四章 『死者』たちの夜
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第四章―08

 守屋さんは僕に目を向けて、

「なぁ小坂くん。俺たちを疑う前に、疑うべき奴がもう一人いると思わねぇか?」

「もう一人……?」

「古橋さんだ」

 僕は息を呑んだ。

「彼女は休憩中、二階にいたんだ。それなら御代川姫子の死体をどうにかする時間はある。――それにな、彼女を疑うにはもう一つ、決定的な理由があるんだよ」

「決定的な理由、ですか?」

「そうだ。すなわち、俺たちは彼女の死体を見ていないという事実さ」

「……………………」

 ぐるっと、視界が反転したような気がした。隣の霧乃が、我が意を得たと言わんばかりに、小さく鼻を鳴らす。

 僕たちは、古橋さんの死体を見ていない――。

 その事実は一体、何を示しているというのか。

「いいか。こういう状況にあっては、死体が目の前にない限り、死んだと断定するのは危険だ。犯人が自分は死んだと見せかけて姿を隠し、影で犯行を重ねていた、なんて話は腐るほどある。ミステリの女王の有名なクローズド・サークルだって、その一例さ」

「つまり……つまり、守屋さんはこう言いたいんですか。一連の事件の犯人は古橋さんであり、第三の事件は全てが彼女の自作自演だった、と……?」

「断定は出来ないが、その可能性は充分にある、ってことだ」

 守屋さんは自分で自分を鼓舞するように大きく頷いて、

「そういや、考えてみれば、古橋さんが休憩時間中に二階に行ったってのも妙な話じゃねぇか。あの人、安全の確保を最優先にする、って自分で豪語してたんだぜ? そんな奴がどうして、わざわざ危険を冒して二階に行かなけりゃならなかったんだ。あの人は知ってたんだよ。この屋敷は何も危険じゃないってことを。なにしろ、危険の根源は自分なんだから、ってな」

「確かに……そう考えれば辻褄は合いますけど」

 たとえば、古橋さんは休憩時間になったら、一人で二階へ向かう。そこでまず、御代川姫子の死体をどうにかする。目的は不明だが、これだけ探しても死体が出てこないってことは、恐らく海に落とすか何かしたんだろう。そしてその後、中央バルコニーに通じる観音扉に『第三の犠牲者』の紙を貼り付け、自作自演の悲鳴を上げる。僕たちが悲鳴に気付いて二階へ来るまでに、彼女は自ら、中央バルコニーから海へと飛び込んだ。そして、やって来た僕たちに自分が死んだのだと思わせ、注意が逸れてから、海を泳いでこっそり島へ戻る……。

 いや、待てよ。

 何かがおかしい。この論理にはどこかに違和感が……、

「そうだ!」

 僕は思わず大声を上げてしまった。何事かと他の三人の視線が集束してくる。

「守屋さん、その方法は無理ですよ。だって、古橋さんは泳げなかったんです。昨日、そんな話を確かに聞きました。こんな雨降りで海が荒れている夜に、カナヅチの人が海を泳いで島に戻るなんて、不可能ですよ」

「そういえば、ぼくもそんな話を読んだ覚えがあるよ」

 宙に視線を漂わせて、霧乃が言う。

「多分、霧山朽葉のインタビュー記事か何かだったと思うけど……。自分の数少ない友人の一人に医学者がいるんだけど、彼女は泳げないから一緒に海に遊びに行けなくて残念だ、みたいなことを確かに書いてあったよ」

「……そういえば、俺も覚えがあるな」

 守屋さんは実に苦々しい顔で首を振った。

「昨日のことだ。午後の自由時間に、暇だったら一緒に島の探索でもして、ついでに泳がないかって古橋さんを誘ってみたんだ。そうしたら、自分は泳げないから申し訳ない、って……。もちろん、それだけだったら彼女が嘘をついていた可能性もあるが、その後に霧山朽葉を誘ったときに確かめたから、間違いない。古橋さんは泳げないんだって、確かに霧山朽葉は言っていた」 ……これはどうしたことだ。三人の証言が、ぴったり一致してしまったではないか。

 古橋さんは泳げない。

 これはどうやら、疑いようのない事実であるらしかった。

「くそ……正解を見付けたと思ったのに」

 守屋さんは頭を抱えて、うう、と呻いている。しかし、彼はその後すぐに頭を上げると、「いや、まだだ」と瞳を爛々と輝かせた。

「泳げないから何だってんだ。そんなの、いくらでも誤魔化す手段はあるじゃないか。たとえば、海に落ちたのは自分じゃなくて人形だったとか、実は浮き輪を付けてたとか……」

「人形ってのは有り得ませんよ」と僕。「全員で、ちゃんとこの目で確認したじゃないですか。あれは人形なんかじゃない。間違いなく、古橋さん本人でした」

「あの……浮き輪っていうのも、無理があると思います」

 今まで黙っていた伊勢崎さんが、珍しくも口を開いた。

「そもそも懐中電灯で照らして、古橋さんの姿をくっきり捉えたんですから、大きな浮き輪を付けていなかったことは一目瞭然ですけど……。そうじゃなくたって、ここらへんの海は流れが速いんです。みなさんもご覧になりましたよね、その……古橋さんの身体が、どんどん沖に流されてしまう様子を。いくら浮き輪を付けていたって、よっぽど泳ぎの上手い人じゃなきゃ、島まで戻ることなんて出来ませんよ」

 くそ、と守屋さんが呟いた。喰い切らんばかりに、唇をきつく噛み締めている。

「つまり、」

 話し合いを総括するように言ったのは、霧乃だった。

「第三の事件に関して言えば、こういう図式が出来上がるわけだよね。

 古橋さん=海に落ちた=泳げない=死亡……。

 もし古橋さんが犯人だって言うなら、この図式のどこかを崩さなきゃいけないんだよ。

 もっとも、古橋さんが犯人だったとしても謎は残るけどね。第一の事件で霧山朽葉の首を斬った理由、第二の事件で自分の身の安全を保ちつつ御代川さんに毒を盛った方法、第三の事件に関連して、御代川さんの死体を隠した理由……。分からないことは山積みだよ」

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