第四章―07
しずしずと雨の降る音だけが、その部屋に響いている。僕も霧乃も、守屋さんも伊勢崎さんも、誰もが無言だった。僕には雨の降るその音が、僕たちに降り注ぐ誰かの悪意のように感じられてならなかった。
御代川さんの部屋に、僕たちは集まっていた。
僕と霧乃はガラス戸のある窓際に並んで立ち、守屋さんはデスクの椅子に座って太い腕を組んでいる。伊勢崎さんはベッド――確かに御代川姫子の身体があったそのベッド――に、身体を縮めるようにして浅く腰掛けている。
御代川姫子の死体がなくなっている、と守屋さんが言った通り、この部屋にあるはずのその物体は、影も形も見当たらなかった。ベッド、バスルーム、クローゼットの中……。どこにもないのだ。
いや、それだけじゃない。
その後、屋敷の中の入れる部屋を全て捜索したにもかかわらず、僕たちはその物体を見付けることは出来なかったのだ。
後は鍵の掛かっている部屋だけだったが、全ての扉を体当たりで破っていたらこちらの身が持たないので、僕たちは捜索を諦めて御代川さんの部屋に戻ってきたのだった。
御代川姫子の死体がどこにも見当たらない、というのと同時に、屋敷内の探索で僕たちはもう一つ思い知った。
この屋敷には、明らかに僕たちしかいない。
謎の第三者など、気配すら感じることが出来なかった――。それもまた、僕たちの間の沈黙を居心地の悪いものにしていた。
「さて……何から話し合えばいいのか」
御代川さんの部屋で、守屋さんが重たい口を開いた。
「いかんせん、分からんことが多すぎるんだ……。第三の事件に関することだけでも、大きく二つ、分からん」
「二つ、というと?」と僕。
「まず、犯人は――とりあえず、俺たち以外の誰かを犯人と仮定するんだが――古橋さんを殺害した後、どこに消えちまったのかってこと。俺たちが二階をくまなく捜索したにもかかわらず、犯人の気配すら発見することは出来なかった。
さらにもう一つ。こっちは至って単純で、御代川姫子の死体は一体どこに消えちまったのか。入れる部屋は全て探したが、死体はどこにもなかった。これで二つだ」
「一つ目なら分かるよ」
僕の隣でガラス戸にもたれ掛かっている霧乃が、口を開いた。
「一つ目……犯人は古橋さんを殺害した後、どこに消えたのかって謎か?」
「うん。守屋さんの言うように、これはぼくたち以外に犯人がいるって仮定しての話だけど。あの時、ぼくたちは全員で中央バルコニーに出たでしょ? とすると、ぼくたちがバルコニーに出ている隙を狙って、二階にいた犯人がこっそり階段を降りたと考えることは出来るよ」
「そうか……俺たちと入れ替わるように、ってことだな。それなら確かに、可能だな」
可能だが――と守屋さんは言いたげに顔をしかめた。
可能だが、だったらその犯人とは何者なのか。この屋敷には俺たちしかいないじゃないか……。守屋さんも、徐々にそのことを感じ始めているようだった。
そして、二つ目の謎。この部屋にあった御代川姫子の死体は、一体どこへ消えたのか。動かしたのは間違いなく犯人だろうが、では一体何のために?
「二つ目の謎についてなんだが」
守屋さんが言った。
「こいつはちょっと不可解な点が多いぜ。誰がやったのか、どのようにやったのか、何故やったのか。フーダニット、ハウダニット、ホワイダニット……。分からんことのオンパレードだ」
「えっと……その中だとハウダニット――方法は分かりませんけど、犯行時間の特定くらいなら出来そうじゃないですか?」
僕は言った。
「夕食後に御代川さんの死体を発見してから、休憩時間に僕たちが古橋さんの悲鳴を聞いて、二階に上がってくるまで……。この部屋、扉は開いてましたから誰でも出入りは出来ましたよね。となると、やっぱりみんなが自由に動き回っていた休憩時間が、一番怪しいと思うんですけど……」
「休憩時間ね。そりゃあんた、俺たちの中に犯人がいると仮定しての話だな?」
守屋さんに睨まれて、僕は目を逸らしながら小さく頷いた。
でも、そうとしか思えないのだ。
霧乃が言ったように、この島に僕たち以外の誰かが潜んでいると考えるのは非現実的すぎる。それは単に、自分たちの中に犯人がいるとは思いたくないという、現実逃避でしかないのだ。
そう。
この中に犯人がいるのだ。この中に……。
「休憩時間だったら、ぼくとゆぅくんはずっと一緒にいたよ」
霧乃が口を開いた。
「ずっと、大広間で一緒。ね、ゆぅくん?」
「うん……。僕と霧乃には犯行は不可能です。だから、もし――もし万が一、この中に犯人がいるとしたら、それは守屋さんか伊勢崎さんのどちらか、ということに」
「やめて下さい……」
伊勢崎さんがか細い声を出した。両手で耳を塞ぎ、いやいやをするように首を振っている。
「わたしじゃないです……わたし、犯人じゃないです……」
ノイローゼを起こしたかのように、ただその言葉だけを小さな声で繰り返す。その様子を見て、守屋さんが長い溜息をついた。
「いいよ、伊勢崎さん。あんたが犯人じゃないってことは、俺が知ってる。証明してやる」
伊勢崎さんは涙を目尻に溜めて、ゆるゆると守屋さんの顔を見やった。
「悲鳴が聞こえたとき、彼女は食糧庫の中に、俺はその近くの回廊をうろついていたんだ。その後、悲鳴が聞こえたらすぐに、伊勢崎さんが食糧庫から廊下に飛び出してきたから、彼女のアリバイは俺が保証する。同時に、俺のアリバイも彼女が保証してくれるはずだぜ」
「でも……」と僕。「休憩時間中、二人はずっと一緒にいたわけではなかったんでしょ? だったら、隙をついて二階に上がって、古橋さんを突き落として、御代川さんの死体をどうにかして、悲鳴は録音か何かで……」
「ゆぅくん」
頭に浮かんだ考えを思いつくまま喋る僕に、霧乃が咎めるような目を向ける。それで僕は我に返り、「……すいません」と二人に向かって謝った。録音機材なんて二階にはなかったし、それにあれは間違いなく古橋さんの声だった。