第四章―03
「話が逸れちゃったね。元に戻そうか」
冷や汗を滴らせる僕を尻目に、霧乃が続けた。
「問題は、犯人がどうやって御代川さんに毒を飲ませたか、だったよね。そこで、ぼくはとりあえず、食器に毒が塗られていたんだと仮定した。
ここで問題となるのは、ぼくたちが食器をランダムに交換したという事実だよ。これだと、犯人は自分のところへ毒入りの食器が回ってくる可能性を排除できなかった。だよね、ゆぅくん?」
「うん……」
「でも、たとえばこう考えられないかな? つまり、犯人は食器にあらかじめ目印を付けて、どれが毒入りの食器かを見分けられるようにしていた。もし自分のところに毒入りの食器が来ちゃったら、口を付けなければ済んだ。どう?」
「目印か……」
特に妙な目印なんてなかったような気がするけど、と思っていると、霧乃が「ちょっと調べてみようか」と言い出した。言うや否や席を立って、てこてこと厨房の方へ歩いていく。行動力があるのかないのか、よく分からない奴だ。仕方ないので、僕もその透明色の長髪に従う。
大広間と厨房は繋がっていて、誰でも出入りすることが出来た。ワゴンの上に、洗っていない食器が山積みになっている。
「これ、全部調べるのか……」
「時間ならあるでしょ。どこかが欠けてるとか、食器の模様が違うとか、ないかな」
そう言って、霧乃は食器の汚れを意にも留めず、素手で触っては調べていく。僕も仕方がないので、彼女に倣って調べ始めた。
しかし、結局。
食器には何の細工も施されておらず、それぞれの食器を区別するのは不可能だという結論に達した。
「おかしいなぁ……」
大広間に戻り、そう言って首を傾げる霧乃は、落ち込むといった様子ではなく生き生きしているようにすら見えた。謎が不可解であればあるほど、やる気を出すらしい。タチの悪い奴だ。
「これだと結局、犯人は毒入りの食器を見分けられず、自分で毒を飲んでしまう可能性を排除できない、ってことになっちゃうんだよね……。ううん、どこかで間違えたかな」
「実は、それでも構わなかった、とか? 自分に毒入りの来る確率が六分の一なら、それでもいいと思ったんじゃない?」
「それはないよ、ゆぅくん。こういう偏執的な事件を起こす犯人が、そんな危険を引き受けるはずがないもん。きっと、何かあるんだよ。自分は安全に、かつ自分以外の誰かに毒を飲ませるような方法が……」
そう言って、霧乃は黙り込んでしまった。ぶつぶつ、と自分にしか聞こえないような独り言を呟いている。こうなると霧乃は誰の言葉にも耳を貸さなくなるのだ。その姿はどこか、面白い玩具を与えられた子どもと重なる。
きっと、興味や集中力が局所的で、かつ異常なんだろう。
だから、一日中平気で読書していられるし、逆に言えば読書以外のことをしない。普段、読書に向けられている興味と集中力が事件の謎に向けば、今度はそちらにひたすら没頭する。……何だか、稀代の名探偵シャーロック・ホームズを彷彿とさせる性癖だ。
霧乃が機能停止してしまったので、僕も仕方なく、自分の頭で考えてみることにする。
食器に仕掛けられていた毒物。区別できず、しかもランダムに交換された食器から、犯人はどうやって自分の身を守ったのか……。
いや、それ以前に、犯人の可能性はどうだろう。犯行を成しえた人物から、犯人を絞ることが出来るのではないだろうか。
この場合、犯行を成しえた人物というのは、すなわち食器に毒を仕掛けることの出来た人物だ。厨房には鍵が掛かっていなかったみたいだから、出入りは誰でも可能だったと言える。時間的にも、午後に屋敷の探索を終えてからは自由時間となっていたから、可能性としては誰でも犯行が可能だったはずだ。
結局、犯人を絞り込むことは出来ない。
すなわち、全員にアリバイなし。ただ、「どうやったのか」という方法の部分だけが分からない……。
「あのさ、ゆぅくん」
不意に、霧乃が声を発した。彼女はぽかんとして、対面の壁を眺めていた。
「なに?」
「どうってことのない疑問なんだけど、犯人はどうして即効性の毒物を使わなかったのかな」
「え?」
「いや、だから、犯人はどうして即効性の毒物を食器に塗っておかなかったのかな、と思って。別にあの有名な青酸カリやニコチンじゃなくたって、飲めばすぐに症状の現れる毒物なんかいくらでもあるんだよ。それなのに、犯人はどうして比較的遅効性の毒物を使ったのかな、って」
「そんなの……どうでもいいだろ。たまたま、犯人がそういう毒物を使おうと思ったってだけで」
「そうかな……? もしかして何か、理由があるんじゃないかな。犯人が、遅効性の毒物を使わないといけなかった理由が」
「うーん。たとえば?」
「たとえば……そうだな。犯人は被害者に、即座にこの場で倒れてもらっては不都合があったんだ、とか? 実際、御代川さんは自分の部屋に戻ってから倒れたわけだし」
「それはそうだけど……でも何のために? ここで倒れるのと、自分の部屋に戻ってから倒れるのと、一体どこがどう違うって言うんだよ」
「それは、」
――その時だった。