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無能探偵と死者の館  作者: こよる
第四章 『死者』たちの夜
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第四章―02

 夜が深まるにつれて、屋敷の中に不穏な影が濃さを増していくようだった。言い知れない邪気のようなものが、この屋敷に煙のように充満していくのを感じていた。

 休憩時間中、大広間にいるのは僕と霧乃だけになった。

 古橋さんはトイレか何か分からないが、そそくさと大広間から出ていってしまい、守屋さんは「熊切千早って奴を捕まえてやる」と言って出ていった。いくらなんでも危険だと思ったが、思えば彼はギニアの無人島でジャッカルと闘った人間なのだ。殺人鬼ごときに引けを取るはずはない、と彼は確信しているらしかった。

 伊勢崎さんも、食糧がどうとか言って、守屋さんに連れられるように大広間を出ていった。怯えきっていたにもかかわらず、仕事だけはきちんとこなすところが一流だな、と思う。

「しかし、みんな呑気だねぇ」

 休憩時間中、呑気にもペーパーバックを開いている霧乃が、そんなことを言う。さっきのぎらぎらと光る瞳はどこへやら、今は普段通りの眠たげな目に戻っていた。

「こんな状況で動き回るなんて、絶対に危険なのにさ。みんなで大広間で固まって、迎えの船が来るのを待てばいいんだよ。寝るときだって、二人を見張りに立たせて交代で眠ればいい。そうすれば、絶対に犯人は行動を起こせないんだからさ」

「だから、何度も言うけどそう簡単にはいかないよ。人間には心ってものがあるんだ。必ずしも合理的に行動できるわけじゃない」

「んー。囚人のジレンマだね。全員が協力して物事にあたれば最善の結果が得られるのに、裏切りを怖れるあまり最善の選択が出来ない。うん? この場合は情報が非対称的じゃないから、ちょっと違うかな」

「いや、知らないけどさ」

 こういうことを言っているのを聞くと、この子には本当に正常な心ってものがあるのか、どうも疑わしくなってしまう。ぼくは死ぬことをあまり怖れてないのかも知れない、という霧乃の声を、思い出す。

 『死者』なのだ。この女の子も、また。

「ねえ。霧乃はさ、どう思う?」

 話題を変えるために、そう問い掛けてみた。なぁに? と気の抜けた返事が返ってくる。

「今の状況だよ。霧山朽葉が殺され、御代川さんも殺された、この状況。さっきの議論で出た結論って、あれで正しいと思う?」  

「ん……。どうして、そういうことをぼくに訊くかな。ゆぅくんだって頭があるなら、自分で考えればいいのにさ」

「自分で考えても分からないから、訊いてるんだよ。霧乃はそういうの、得意でしょ」

 そう言うと、霧乃は「まぁね」とだらしなく頬を弛めた。それからようやく気を取り直したのか、ペーパーバックをテーブルの上に伏せる。

「んと……さっきの話し合いの結果をまとめると、どういうことになるのかな。論点は、毒物が仕掛けられていた場所だったよね」

「うん。話し合いの結果だと、毒物は食器に仕掛けられていたってことになってるね。御代川さんは運悪く、毒入りの食器を引いてしまったんだ、って」

「ふぅん。その点については、ぼくも異論はないかな。御代川さんの使った食器のどれか――多分、グラスか何かだと思うけど、きっとそこに毒が塗られていたんだよ」

「そっか。だとすると、この屋敷に招待された人が犯人だという可能性は減るね。だって、あのとき僕たちは食器をランダムに交換したんだから。自分が毒入りの食器を引いてしまうかも知れないのに、そんな危険な方法は採らないと思う。つまり、これは僕たち以外の第三者の犯行だった、って言えるんじゃないかな」

 僕としては割とよく出来た論理だと思ったが、霧乃は「うーん」と首を傾げてみせた。

「確かに、第三者の犯行だって決める論理そのものには問題ないと思うけど……。でも、ゆぅくんの言う第三者って、熊切千早のことなんだよね?」

「うん。きっと、彼女がこの屋敷のどこかに潜んでいるんだ」

「ぼくはね、それには賛成しかねるよ」

 霧乃は珍しくも、きっぱりと否定の意を示した。

「だって、そうでしょ? 冷静に考えれば分かるよ。熊切千秀がこの屋敷で死亡したっていう謎の事件があったのが五年前のこと。それ以降、この屋敷はずっと伊勢崎さんが一人で管理してきた。そんな状況の下で、誰かがこの屋敷に隠れていたなんて考えられないよ。どこに隠れていたのか、ご飯はどうしたのか、その他病気とかもろもろの問題を考え合わせれば、そんなこと有り得ないってすぐに分かる」

「待てよ。霧乃は何が言いたいんだ」

「んー……。じゃあ、はっきり言っちゃおうか? この屋敷にはね、熊切千早なんていう人物はいないんだよ。いるのは僕たちの知っている七人だけ――二人いなくなったから、今は五人だけだよ」

 ぞっと、鳥肌の立つような感覚が全身を駆け抜けた。

 もしかしたら、と。そうなんじゃないか、と思い続けてきた可能性を、改めて目の前に突き付けられた衝撃は、やっぱり相当のものだった。

 だって、それはつまり、

 僕たちの中に犯人がいる、ということを意味しているのだ。

「ゆぅくんも、そろそろ認めた方がいいよ。犯人は僕たちがよく知っている人間の中の誰かなんだ、ってこと。そうじゃないと、魂を抜かれるよ」

「でも……だったら、熊切千早はどうなったんだ。監禁されていたんだろう? 五年前の事件は? 熊切千秀はどうして死んで、その後に熊切千早はどうなったんだ」

「そんなこと、ぼくに訊かれても困るよ。もし無事にここを出られたら、熊切家にでも問い合わせればいい」

 無事にここを出られたら――。その表現に、僕は背筋が竦むような思いになる。

 閉ざされた孤島、殺人の屋敷。

 この中に、犯人がいるんだ。

 僕と、それにもちろん霧乃は犯人じゃない。殺された二人を除けば、残るのは三人。

 古橋さん、守屋さん、伊勢崎さん。

 この中の誰かが、連続殺人を犯している狂人だと言うのか?

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