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無能探偵と死者の館  作者: こよる
第三章 晩餐に眠る
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第三章―09

「盛り上がっているところ、悪いけどね」古橋さんが言った。「差し当たり、食糧庫に入れたか入れなかったかなんてことは、問題じゃないんだ。そもそも、全員が口にする食糧に毒なんか混ぜたら、僕たちは全滅だよ。犯人がそんな馬鹿なことするわけがない」

「でも、だったらどうやって……」と伊勢崎さん。

「分からないかな。別に、食糧の方に毒を仕掛ける必要なんてないんだよ。食器――皿やグラス、スプーン、フォークなんかに毒を塗っておけば、それで事足りる」

「――――――――」

 はっ、と伊勢崎さんが息を呑んだ。驚いたように目を見開き、その表情のまま、かくかくと顔を伏せる。彼女の頬を、冷や汗が伝うのが見えた。

「伊勢崎さん。あなたはどうやら、そっちの可能性には思い至らなかったみたいだね。食糧庫には鍵を掛けても、食器の方は無防備だったのかな」

「……………………」伊勢崎さんは震えるだけで、声を発しようとしない。

「いいか、僕は怒っているわけじゃないんだ。確認しなかった僕たちにも責任はある。正直に言って欲しい。食器の置いてある厨房には、誰かが出入りする機会があった?」

 そう尋ねると、伊勢崎さんは僅かに頷いてみせた。

「そうか。じゃあ、もう一つ。夕食の前、あなたは料理を盛ったり飲み物を注いだりする際に、食器を洗浄しなかったのかな?」

「……申し訳ありません。しませんでした。……まさか、食器に毒が塗られているなんて思わなくて」

 縮こまる伊勢崎さんを見て、守屋さんがふんと鼻を鳴らした。

 彼は大げさに肩をすくめて首を振り、

「メイドがこれじゃ、人が死んで当然だわな。食器に毒が塗られているなんて思わなくて、か。笑わせてくれるじゃねぇか」

「守屋さん」古橋さんが声を沈めて、「きみも口を慎んだ方がいい。今は、終わったことをどうこう言っている場合じゃないんだ。責任なら後でいくらでも追及すればいい。もっとも、僕たちがここから生きて出られたら、の話だけどね」

「ふん。そりゃいいが、こうなると伊勢崎さんに嫌疑が集中することになるぜ。食器に毒を塗って、そいつを御代川さんの前に差し出すだけでいいんだからな。目下の容疑者はあんたってことだ」

「……わたし、犯人じゃないです」

 伊勢崎さんの訴えは、しかし、だだっ広い大広間に虚しく響くだけだった。

 ここまでの議論をまとめると、御代川さんを死に至らしめた毒物は、彼女の部屋や持ち物ではなく、夕食に混入していた可能性が高いということになる。そして、毒物は食糧ではなく、食器に塗られていたという見解が強まっている、というわけだ。

 そこで、僕は疑問を覚えた。

「あの、ちょっといいですか」

 手を挙げて、みんなの注目を集めてみる。古橋さんが先生役になって、「何だい、小坂くん。ただし、ここは教室じゃないんだから、手を挙げる必要はないよ」と言った。

「すいません。えっと、疑問に思うことがあったので……。今までの見方からすると、御代川さんの食器に毒物が塗られていた、という可能性が高いわけですよね。でも、それって変じゃないですか? 夕食の時、僕たちは自分の食器をじゃんけんでランダムに交換したんです。それだったら犯人は、どうやって御代川さんを狙ったんですか?」

「そんなの、簡単だろ」と守屋さん。「犯人は、別に御代川姫子を狙ったわけじゃなかったんだ。誰でも良かったのさ。毒を塗った食器に当たった奴は死ぬわけだが、今回はそれがたまたま御代川姫子だった。それだけのことさ」

「それだけって……。まぁいいや。確かに、犯人が僕たちの中にいない――たとえば熊切千早という人物だとしたら、それでいいんでしょうけど。でも、僕たちの中に犯人がいるんだとしたら、それじゃ駄目ですよ。だって、自分自身も毒を飲んでしまう危険性があるんですから」

「だ、か、ら。犯人は俺たちの中にいない、すなわち熊切千早ってことだ。明快じゃねぇか」

 熊切千早。

 結局、そこに落ち着くのか。

 歴史小説家・熊切千秀の隠し子。この屋敷に監禁されていた少女。そして五年前、この屋敷で熊切千秀を殺害したのではないかと目されている――。

 だが、本当にそうなのか? 

 本当に、そんな少女がこの屋敷に潜んでいて、殺人を行っているというのか?

 御代川さんの言葉を思い出す。 

 ――あなたたちも、いい加減に現実逃避をやめたらどうかしら。本当は認めたくないだけなんでしょう? この中の誰かが、連続殺人を予告した犯人なんだ、ってことを。それを認めるのが怖いから、いもしない第三者なんてものを犯人に仕立て上げようとする。

 その言葉に、僕は胸を射抜かれるような思いだった。

 僕はただ、認めたくないだけなんじゃないのか。

 この中に、この大広間で顔を突き合わせているメンバーの中に、殺人犯がいるということを。そして、そいつが心の中でほくそ笑みながら、次の獲物を狙って舌なめずりしているということを。

 僕はただ、熊切千早という都合のいい第三者に、現実逃避しているだけなんじゃないのか――。

「そろそろ、議論も煮詰まってきたようだね」

 自分の中に落ち込んでいってしまいそうだった僕を、その声が現実に引き戻した。

 古橋さんが全体をまとめるように、メンバーの顔を見回していた。

「僕としては、このあたりで休憩の時間を挿みたいと思うんだけど、どうだろう。みんなも夕食の前からずっと拘束され続けて、しかも第二の事件まで起こって、精神的にきついだろうしね」

「精神的に、ね」と守屋さん。「精神なら、とっくに異常を来しているだろうがな。そうでなけりゃ、こんな状況の下で、トリックがどうのなんて冷静に話し合っちゃいられねぇよ」

「確かに、そうかも知れないけど……。他の三人はどうだい。ここに拘束されているのも、そろそろ苦痛じゃないかな?」

 そう問われて、伊勢崎さんが小さく頷いた。彼女としては――彼女が犯人じゃなかったらの話だが――さっさと自分の部屋に鍵を掛けて、閉じ篭もりたい思いだろう。さっきからずっと怯えっぱなしで、相当参っているように見える。

 霧乃はというと、「ぼくはどっちでもいいよ」と答えた。さすがにこの状況で「部屋に戻って、読書したいよ」などと言うほどの元気はないらしい。僕は何故だか、そんなことに安心してしまった。

「そっか。じゃあ、小坂くんは?」

「えっと、僕もどっちでもいいですよ。特別どうってわけでもないし……みんなに従います」

「うん、そうか。じゃあ、とりあえず三十分ほど休憩ってことでいいかな。伊勢崎さんが随分と参っているようだし」

 そう言って、再び全員に目を馳せる。それぞれ、曖昧に頷いた。

 では、という段階になったところで、守屋さんが言う。

「今さら言われるまでもないと思うが、個人行動はなるべく慎めよ。御代川姫子の事件によって、犯人がこの屋敷に潜んでいる熊切千早って奴だってことが明らかになったんだ。自殺願望でもない限り、ここで大人しくしてることをお勧めするぜ」

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