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無能探偵と死者の館  作者: こよる
第三章 晩餐に眠る
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第三章―08

「――どうして」

 分析的に話を進める古橋さんに対して、今まで黙っていた伊勢崎さんが口を開いた。意外だったので、誰もが彼女に注目する。

 伊勢崎さんは蒼白の顔を俯かせ、唇を震わせていた。

「どうして、そんなに平然としていられるんですか……。霧山さんに続いて、御代川さんまで殺されたのに……。変です、おかしいですよ。みなさん、気が狂ってるんじゃないですか」

 息を吐くように震える彼女の声には、みんなを黙らせてしまうだけの重みがあった。それぞれが自省するように口をつぐんで、下を向く。

 平然、としているのだろうか、僕は。

 よく分からない、というのが正直なところだった。

 怖い。怖いけど、恐怖を恐怖として認識できない。そもそも、平然の基準から歪められてしまったような、そんな感覚だった。

 もしかしたら僕たちは、とうの昔に正気を失っているのかも知れない。

 しかし、正気の基準が存在しないこの閉ざされた空間――クローズド・サークルでは、正気と同じように狂気もまた認識できない。きっと、そういうことなのだろう。

「たとえ、気が狂っていたとしても――」

 声を発したのは、やはり古橋さんだった。

「僕たちは絶対に、目的を見失ってはならない。いいか、伊勢崎さん。僕たちの目的は一体何だったんだ?」

「それは……安全の確保、です」

 伊勢崎さんは昼間、全員で決めた僕たちの目的を、小さな声で繰り返した。

「そうだ。僕たちは何としても、自分たちの身の安全を確保しなければならない。そして、その目的を達成するための手段として、犯人を捜し出し、拘束する。平然としているか狂っているかなんて問題じゃない。いいか伊勢崎さん、僕たちは何としても目的を達成しなければならないんだ」

 古橋さんの声は熱を含み、その場にいた全員の心へ直接響いてくるようだった。古橋さんの訴えは伊勢崎さんにも伝わったのか、彼女は幾分元気を持ち直したように「分かりました」と頷いた。隣に座っていた霧乃さえも「たいした人だね」と感心するように呟いたのだから、古橋さんは本当にたいした人なんだろう。きっと、僕なんかとは比べものにもならない。

 全員の意志が統一されたのを見て、古橋さんは「じゃあ、本題に戻ろうか」と言った。

「僕たちの目的は安全を確保することだと言った。そして、そのための手段は犯人を捜し出して拘束することだとも言った。じゃあ今度は、その犯人を捜し出すことを目的に据えて、そのための手段として事件の分析を行うんだ。いいね?」

 全員がぱらぱらと、その言葉に頷きを返す。

「差し当たっての問題は、犯人がどうやって御代川姫子を毒殺したか、だ。そこで僕は、犯人が御代川さんの部屋のどこかに仕掛けを施したんじゃないかと考えた。問題は、その仕掛けがどんなものだったか、というところなんだが……」

「しち面倒くせぇな」と守屋さん。「ここで机上の空論をぶつけてる暇があったら、確かめに行きゃいいじゃねぇか。もう一度、全員で御代川姫子の部屋に。あの部屋のどこかに、人を毒殺するような仕掛けがあったんだろ?」

「うん。そうなんだけど……」

「それは変だよ」

 古橋さんと守屋さんの応酬に割って入ったのは、驚いたことに東大寺霧乃だった。今まで、全員の前ではおよそ無言を貫き通していたのに、どうしたことか。僕がびっくりして彼女を見やると、彼女の瞳が――さながら獲物を追い詰める猫のように――ぎらぎらと輝いていた。

 それは僕が今まで一度も見たことのない、東大寺霧乃の本気の瞳だった。

「だって、御代川さんの部屋には、御代川さん以外立ち入る隙がなかったんでしょ? 鍵は御代川さんしか持っていなかったし、マスターキーはあの通りボックスの中だし。昼間に二階を捜索したときには入ったかも知れないけど、あの時は誰かと一緒だったんだよね」

「うん。僕と、古橋さんが一緒に入ったんだ」と僕。

「そっか。だったら、もしゆぅくんが犯人でも、古橋さんが犯人でも、お互い監視下にあったんだから、仕掛けを設置する機会はなかったと考えていいよね。つまり、何が言えるかというと、御代川さんの部屋には毒殺の仕掛けなんてなかった、ってことだよ」

「そうか……」と僕。「でも、部屋の中とは限らないんじゃないの? たとえば、御代川さんの持ち物に毒を塗っておくとか、部屋の外側のドアノブに毒を塗っておくとかさ」

「んー……。持ち物に毒を塗るのは不可能だよ、ゆぅくん。だって御代川さんの持ち物は全部、御代川さんの部屋の中にあったんだから。部屋の中に毒の仕掛けを作れなかったのと同じ理由。

 それから、部屋の外側のドアノブっていうのも……。それはつまり、ドアノブに触って手に付いた毒を、口の中に入れないといけないんだよね。何かを素手で触って食べていたのならともかく、何もないのに指を舐めるっていうのは考えにくいと思うよ、ぼくは」

「素手で何かを食べたってのも有り得ねぇな」と守屋さん。「夕飯を残して部屋に戻った奴が、自分の部屋に戻ってから何かを食べるとは思えねぇし。それに、部屋の中にはそれっぽい食べ物なんて見当たらなかったしな」

「確かに、そうですね……」

 僕は頷いた。 

 すなわち、これで御代川さんの部屋や持ち物に毒物が仕掛けられていたという可能性が排除されたわけだ。誰がやったのか、という部分はとりあえず放って置くこととして、では一体、犯人はどうやって御代川さんを毒殺したのか。

「自殺の可能性を考えないものとすると、」

 今度は古橋さんが口を開いた。

「素直に考えれば、あの夕食の中に毒物が混入していた、と考えるのが一番自然だろうね。いわゆる青酸カリのような即効性の強い毒ではないけれど、摂取後三十分ほどで症状が出て、結果死に至らしめるような毒物。それがきっと、御代川さんの食べた物の中に入れられていたんだ」

「でも、夕食は僕たちだって食べたじゃないですか。どうして御代川さんだけが……」

「夕食に、毒なんて入ってません」

 咎めるような口調で言ったのは、伊勢崎さんだった。

「さっきも言いましたけど、食糧庫には鍵が掛かっていて、私がその鍵を管理していたんです。飲み物にちょっと毒を混ぜようったって、そんなこと出来ませんよ」

「だから、それはあんたが犯人じゃないと仮定しての話だろ」

 と守屋さん。

「現時点で、こいつは絶対に犯人じゃないと言える奴は、この中に一人もいないんだぜ? いくらあんただって、他人の証言なんか信用できねえってのが本当のところさ」

「そんな……」

 伊勢崎さんは唇を噛んで俯いてしまう。霧乃が小声で、「堂々巡りだね」と呟いた。 

 そうだ。いくら他人を信用できないからとはいえ、証言の全てを疑って掛かったら、本当に信用できることなど何一つなくなってしまう。

 だから僕たちは、見抜かなければならないのだ。

 何が真実で、何が嘘なのか。

 誰が本当のことを言っていて、誰が間違ったことを言っているのか。

 そもそもジョーカーは、本当にこの中にいるのだろうか?

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