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無能探偵と死者の館  作者: こよる
第三章 晩餐に眠る
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第三章―06

 さて、所持品検査に先だって、自分の部屋にいる御代川さんを呼びに行く必要があった。誰が呼びに行くのかという部分で多少揉めたが、結局全員で行くことになった。というのも、大広間にいるメンバーは全部で五人だったからだ。熊切千早が潜んでいるかも知れない屋敷で一人になるのは危険だったし、かといって二人にすれば相方が犯人である可能性を排除できない。そういうわけで結局、五人全員で動き回るのが一番安全という結論に至ったのだった。

「別に二人と三人に分かれても良かったと思うけどね、ぼくは」

 大広間を出て回廊を歩きながら、例によって霧乃がぼやいている。

「なんでさ。二人に分かれて、相方が犯人だったらどうするんだよ」

「だからー……そんな状況で犯行をするわけないじゃん。相手を殺しちゃったら自分が犯人だってバレるんだから」

「そりゃ、理屈ではそうだけど。でも心情的に嫌だよ。自分の相手が殺人犯かも知れない、と思うと」

「心情ねぇ……面倒だねぇ、そういうの」

 とんでもない暴言を吐きやがる。会話を聞いていた古橋さんが、くすくすと苦笑いするのが聞こえた。

 大広間を取り囲むように屋敷を巡っている回廊を進み、二階への階段を上る。二階の構造も基本的には一階と同じで、中央の談話・遊戯室の大部屋を取り囲むように回廊が伸びていた。談話・遊戯室と反対側の壁には、客室のドアが無数に立ち並んでいる。

 屋敷はしんと静まり返っていて、僕たちの靴が廊下を叩く音だけがいやに響く。天上島を覆っている暗い雨雲が、他の音をすべて吸い込んでしまったようだった。

 気配は、ない。

 僕たち以外の誰かの息遣いも、足音も。雨に包まれた屋敷には、静寂と薄暗がりだけがあった。

 御代川姫子の部屋の前に立つ。

「御代川さん。起きてるかい?」

 全員を代表して、古橋さんが扉をノックした。二、三秒待ったが、返事はない。

「御代川さん、僕だ。全員で所持品検査をしようってことになってさ……開けてくれないか?」

 今度は強めに、拳で扉を叩く。しかし、今度も中からの反応はない。古橋さんは仕方なく黙って扉を開けようとしたが、扉には鍵が掛かっていた。

 彼女は僕たちの方に向き直ると、肩をすくめた。

「どうやらお嬢様はお休みのようだね。部屋に鍵を掛けて、ぐっすりと眠っているみたいだ」

「仕方ないですね」と僕。「じゃあ、御代川さん抜きのメンバーで所持品検査をやりますか。起こすのも悪いし」

「そうだね……。彼女を無理に起こしたりすると、また癇癪を起こしそうだ」

 そう言って古橋さんが扉から離れ掛けたとき、「待てよ」と低い声が飛んできた。

 守屋さんが怪訝そうな表情で腕を組んで、扉を睨んでいた。

「おかしくないか。まだ夜の七時半とか、そのくらいだぜ? それなのに扉を叩いても気付かないほど熟睡するか、普通」

「有り得ないことじゃないだろう」と古橋さん。「ただでさえこんな状況なんだ。彼女だって参っているよ」

「だったらますます変だろ。こんな状況に置かれてるのに熟睡するなんて、まともな神経してる奴じゃ出来ねぇよ。……もっとも、あの我が儘なお嬢様がまともな神経してるとは言い難いがな」

「ふぅむ……」古橋さんは口もとに手を当てて黙考し、「分かった。要するにきみはこう言いたいんだろう。この中にいる御代川姫子の身に、何かがあったんじゃないか、と」

 ひっ、と伊勢崎さんが小さく悲鳴を上げた。守屋さんは深く息を吐いてから、重たげに口を開く。

「仕方ないだろ、こんな状況じゃ。俺だって考えたくはないが、そういう可能性もあるってことは常に頭に入れておかなけりゃならん。この扉を破って御代川姫子が何ともなかったら、その時は万歳ってことでいいじゃねぇか」

「確かに、そうだね。別に扉を開けて損があるわけじゃないし、御代川さんには悪いけれど、ここはひとつ強行的な手段で扉を破らせてもらおうか」

 古橋さんの目配せに、守屋さんが厳粛に頷く。彼は扉を調べて、鍵が掛かっていることを確認したりしながら、「このくらいなら、体当たりでどうにかなりそうだな」と言った。

「おい、小坂くん。悪いけど、あんたも手伝ってくれよ。何たって、この屋敷には男が二人しかいないんだからな」

「あ、はい」

 守屋さんに指名されて、彼の隣に並ぶ。とはいえ、守屋さんの方が一回りも二回りも身体つきが良いので、僕は気休めみたいなものだった。ジャガイモとモヤシくらい違う。

 じゃあ行くぞ、という守屋さんの声に合わせて、僕たちは客室の扉に体当たりを試みた。

 肩を怒らせ、勢いを付けて扉に突っ込んでいく。身体がぶつかると、ぎしっと木材の軋むような音がするとともに、骨が割れるような鋭い衝撃が身体に走った。

 一度、二度……。

 女性陣――特に伊勢崎さんの不安げな視線を受けながら体当たりすること三度目、ついに扉が勢いよく向こう側へ弾け飛んだ。それとともに、僕と守屋さんも思いっきり床へなだれ込む。

 打ち身の痛みに顔をしかめ、四つん這いの姿勢になって起き上がろうとしたとき、

 ふと、それに気付いた。

 倒れ込んだ位置のちょうど手元に、折り畳まれた紙が落ちている。

「守屋さん……これ」

 僕が示すよりも早く、彼の手が伸びてきて紙をかっさらっていった。

 部屋に落ちていた紙。

 思い出してしまう――書斎で、霧山朽葉の死体の脇に落ちていた紙。『第一の犠牲者』……。

 まさか、と震える声で守屋さんが呟いた。早く紙を開こうとして指が震えて、上手く開けない。

 しかし、徐々に中に書かれている文字が露わになっていき、

 一同の視線が注目する中、開かれたその紙には、


『第二の犠牲者』


 定規を使って書かれた不自然な文字が、全てを物語っていた。

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