第三章―05
「しかし、何だな」
御代川さんの抜けた大広間では、伊勢崎さんが空いた皿を片付けて、再び会議をするような形になっていた。緊張を破ったのは、守屋さんだった。
「あの御代川姫子って女、性格や体質は無茶苦茶だが、言うことが妙に的を射ているときがあるんだよな。それがまた、何とも嫌らしい」
「『死者の館』の話かい?」
古橋さんが尋ねると、守屋さんは「まぁな」と苦い顔で顎を引いた。
「言われてみりゃ、確かに俺たちは他者とろくに関わらない連中ばかりだ。生きながら死んでいる『死者』って表現も、何だかそれっぽいしさ。まともに生きているって言えるのは、東大寺さんの付き添いの小坂くんくらいなものだぜ」
「あ、えーと……どうなんでしょう」
急に名指しされたので、まごついてしまう。霧乃がくすりと鼻で笑った。
でも確かに、その通りだとは思った。この屋敷に集まっている人たちは、この東大寺霧乃も含めて、およそ他者と関わりのない、社会的に死んだ人たちばかりなのだ。そういう意味でなら、『死者』という表現もあながち間違いではない。
――醒めない夢の中で生きることと、死んでることって、一体何が違うんだろうね。
不意に、そんな霧乃の台詞を思い出す。あれは霧乃の心の、一体どのくらいの深さにあった言葉なんだろう。
「そう考えると、もしかしたらって思っちまうよな。霧山朽葉は本当に、この屋敷という舞台で『死者の館』という小説を完結させるつもりだったのかも知れない、ってさ」
「まさか……」と僕は呟いた。「いくらなんでも、それはないですよ。霧山朽葉はもう既に、殺されてしまっているんですから」
「ふん。そりゃま、そうだよな。霧山朽葉じゃなくたって、気違いの犯人野郎が小説を真似て殺人を犯しているだけっていう可能性も否定できないし」
「悪いけどね。今の段階では、そんなことを考えても埒が明かないと思うよ」
古橋さんが割って入った。
「はっきり言って、犯人の動機面なんて想像しても仕方ない。殺人者が何を考えているかなんて、僕たちには分かるわけもないからね」
「何だよ。あんただって、ドイツでちょっと人を殺してきたって話じゃないか。立派な殺人者だろうがよ」
「今はそんなことを問題にしている場合じゃないだろう!」
珍しくも、穏便な古橋さんが声を荒げた。その剣幕に、場が水を打ったように静まり返る。
古橋さんは「すまない」と言って、項垂れた。
「こんな状況で、僕もちょっと混乱しているんだ。でもとにかく、今は無駄な議論をしている場合じゃない。それだけは分かって欲しい」
守屋さんは太い腕を組んで、不快な顔でそっぽを向いた。伊勢崎さんはさっきから物憂げに俯きっぱなしだし、霧乃にいたっては左右の手の爪の長さを見比べていやがる。
仕方ないので、僕が口を開く。
「御代川さん、こうも言ってましたよね。いい加減に現実逃避をやめたらどうかしら、って。この中に犯人がいる、とも」
「うん、そうなんだ。僕たちが今、本当に考えなければならないのはそのこと――この中に犯人がいる、という可能性についてだよ」
はっ、と息を呑むようにして伊勢崎さんが顔を上げる。彼女はますます表情を歪めて泣き出しそうな顔になると、ゆるゆると再び目を伏せてしまった。
「先に言っておくけどね、僕は別にこの中に犯人がいると確信しているわけじゃない。謎の第三者――熊切千早なる人物が、この屋敷に潜んでいるという可能性も充分にあると思っている。ただ、もしそうじゃなかった場合のことも、視野に入れておかねばならない、ということだよ」
「万が一、ってこともありますからね」
僕の相槌に、古橋さんは頷いてみせ、
「そこで、どうだろう。このあたりで、全員の所持品検査をしてみる、っていうのは。もしかしたら、誰かが犯人を示す証拠品を隠し持っているかも知れないしね」
そう言って、彼女は一同の反応を窺った。伊勢崎さんは怯えっぱなしで俯きっぱなし、守屋さんは眉間に皺を寄せて腕を組み、霧乃は手を握ったり開いたりしながら「無意味だと思うけどねぇ」と小声で呟いていた。
しかし結局、具体的な賛成や反対は得られなかった。
「じゃあ、とりあえず所持品検査をやってみる、という方向でいいかな。ここでこうしていても始まらないしね。犯人だと疑われるのはいい気分じゃないだろうけど、我慢してくれよ」
「まぁいいさ。そんなチャチなもんで疑いが晴れるってなら、いくらでもやろうぜ」
守屋さんが投げやりに言い、かくして所持品検査が行われることとなったのだった。