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無能探偵と死者の館  作者: こよる
第三章 晩餐に眠る
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第三章―03

 初めは恐る恐るだった夕食だが、食べても何ともないことが分かると、次第に場の緊張も解れてきた。空腹を満たすため、誰もが機械的に手を動かしている。もっとも、こんな中での食事なので、味なんてほとんど分からなかったが。

「そういえばさ」

 無言の食事に耐えかねたのか、守屋さんが箸を動かす手を止めて、口を開いた。

「さっき、昼飯の後で伊勢崎さんから話を聞いたよな。この屋敷は熊切千秀って歴史小説家が、隠し子を育てるために建てたものなんじゃないか、って話」

「ええ。お話ししましたけど……」

 伊勢崎さんが不安げに守屋さんの表情を窺う。

「だよな。そんでその後、全員でこの屋敷を調べて、どうやらその隠し子らしい熊切千早っていう奴が、昔この屋敷にいた――いや、今もいるかも知れないってことが確認されたわけだ」

「はぁ……」

「けどさ、だったら熊切千秀はどうしたんだ? どうしてこの屋敷を霧山朽葉に売るようなことになったんだよ。俺、そこがさっきから引っかかっててさ」

 そういえばそうだね、と古橋さんも同意した。確かに、と僕も思う。

 熊切千秀という歴史小説家が、隠し子のためにこの屋敷を建てたというのは分かった。しかし、だったら何故彼はこの屋敷を売り払うことになったのか。そしてその際に、熊切千早という女の子はどこへ行ってしまったのか。

 そういえば昨日、伊勢崎さんから、この屋敷では五年前に何か事件があったらしい、ということを聞かされていた。その事件と何か関係があるのだろうか。

「実は、さっき話しそびれてしまった噂がもう一つありまして……」

 伊勢崎さんは箸を置いて俯いた。全員の視線が彼女に集中する。

「あまりに滅茶苦茶な話なので、話半分で聞いてくれるとありがいたいんですけど。実はその……熊切千秀は五年前に亡くなっているんです」

「亡くなってる?」守屋さんが眉をひそめる。「どういうことだ」

「はい。表向きは、この屋敷に滞在中の不慮の事故、ということになっております。ただ、本当はもっと別の死に方をしたんじゃないか、という噂がありまして」

「待てよ。あんた、この屋敷で働いていたんじゃないのか? 熊切千秀がここで死んだなら、噂じゃなくて本当のことを知ってるはずだぜ」

「いえ、わたしはその時、ちょうど暇をもらっておりまして。本土の方にいたので、本当のところは分からないんです」

「ふぅん。で、その噂ってのは何なんだ。熊切千秀はどんな死に方をしたってのさ」

「それが……彼の隠し子に殺された、というんです。ナイフで、滅多刺しにされて」

 伊勢崎さんの口から出てきたのは、予想外に衝撃的な言葉だった。守屋さんが息を呑む気配がする。

 熊切千秀は、隠し子に殺された。ナイフで滅多刺しにされて。

 隠し子――熊切千早に?

「本当に、出所も分からないような噂なんです。どうか、あまり本気にしないで下さい」

 伊勢崎さんは自分の言葉に言い訳するように、蒼白な顔で僕たちを見回した。

「しかし、噂ったって……。そんなえげつない話なら、それなりの根拠があるんじゃないのか? 火のないところに煙は立たない、って言うしさ」

「それは……確かに、不審ではあったんです」

 伊勢崎さんは再び顔を伏せて、

「熊切千秀の死については、わたしのような使用人には熊切本家から曖昧な説明があっただけでした。事故死、というだけで詳細は一切不明。それ以上は、尋ねても答えて下さいませんでした。なので、当時この屋敷にいた他の使用人にも訊いてみたのですが……知らないの一点張りで」

「つまり、熊切千秀の死は、熊切本家に握り潰されたってわけか。真相を知っている使用人は恐らく、口止めされていたんだろうな」

「そうだと思います。しかもその後、ここで働いていたわたし以外の使用人は、全員解雇されてしまいましたから。以後五年間、わたしだけでこのお屋敷の世話をしてきたんです。そんな事情もあって、どこからか、熊切千秀は彼の隠し子に殺されたんだという噂が流れ始めて……」

「熊切千早。結局、その謎の人物に行き当たるってわけだな」

 守屋さんは目元に皺を寄せて、深く息を吐いた。

「これまでのことから、熊切千早って人物が実在していたってことは疑いないだろう。ついでに、その熊切千早が熊切千秀の隠し子で、この屋敷に監禁されていたってことも。問題は、その五年前の事件だな。熊切千秀は本当に熊切千早に殺されたのか。そして、そうだとしたら熊切千早は今、一体どこにいるのか。伊勢崎さん、あんた何か知らないのかい?」

「いえ……」伊勢崎さんは緩くかぶりを振った。「熊切千秀の死についても曖昧なんですから、ましてや彼の隠し子の消息なんて……。何も分かりません」

「でもあんた、五年間も一人でこの屋敷にいたんだろ? だったらその間、もしこの屋敷に自分以外の誰かが潜んでいたりしたら、いくらなんでも気付くはずじゃないのか?」

「さぁ……。わたし以外に誰かいるなんてことは、一度も感じたことはありませんけれど」

「ふん。そうかい」

 守屋さんは苛立たしげに鼻を鳴らし、そっぽを向いた。

 熊切千早なる人物が監禁されて育てられていたという屋敷。五年前、ここで謎の死を遂げた熊切千秀。しかも、その死の真相は使用人にすら秘密にされているらしい。

 一体、熊切千秀はどうやって死んだのか。あるいは、殺されたのか。

 その死の後、ここに監禁されていた熊切千早はどうなったのか。島の外へ出ていったのか、あるいはこの屋敷に留まり続けているのか。

 そして事件から五年が経った今、同じ屋敷で起こっている殺人事件。

 犯人は一体誰なのか。この大広間にいる誰かなのか。あるいは熊切千早という得体の知れない人物がこの屋敷のどこかに潜んでいて、殺人を目論んでいるのか。一体何のために。

 分からないことが多すぎた。

 もしかしたら、屋敷の暗がりにでも誰かが潜んでいて、僕たちを狙っているんじゃないか……。そんな疑心暗鬼さえ生まれる。首筋が薄ら寒くなり、僕は上着の襟元を合わせた。

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