第二章―11
「まず一つ目から考えようよ。犯人はどうして、霧山朽葉の死体から首を斬り取ったのか。
実を言うと、ぼくにはこれが不思議なんだ。というのも、『死者の館』の第一の殺人では、犯人は被害者を殴って気絶させた後、ロープで首を絞めて殺害しているんだよ。それなのに、どうして現実では犯人は首を斬り取ったのか」
「そんなの、別に小説に合わせる必要なんかないじゃないか。犯人は霧山朽葉を殴って気絶させた後、首を斬って殺した。それじゃ駄目なの?」
「駄目なの」
霧乃は僕の案を無下に切って捨てた。
「だって、この屋敷の状況は、他は全部『死者の館』と一緒なんだもん。孤島の洋館、書斎で見付かった死体、最初の被害者が小説家であること、そのうえ死体のそばに『第一の犠牲者』という紙が置かれていたこと、ついでに言えば、屋敷に妙な過去があること。そこまで一緒なのに、どうして犯人は霧山朽葉の首を斬り落としたのか。これはちゃんと考えないといけない問題だよ」
「ふぅん……。そういうもんなのか」
「でね、ゆぅくん。次に、どうして犯人は首を斬ったのか、あるいは首を斬らなければならなかったのかについて考えるんだよ。
首斬りの理由については――これはミステリの話なんだけど――主に二つの理由が考えられるんだ。つまり、一つ目は人物の隠蔽や入れ替わり、二つ目は証拠の隠蔽」
「はい? 人物の……隠蔽?」
いきなり専門用語らしきものが飛び出して、僕は混乱する。霧乃は「ミステリを読まない無知なゆぅくんのために説明してあげると」と言って、続けた。
「人間の見分け方って、何だかんだ言って顔でしょ? 顔を見て、相手が誰なのか判断する。だから、その顔を含む頭部を隠すことで、死体が誰なのか分からなくすることが出来るんだよ」
「たとえば?」
「んー。ありがちな例だけど、顔がそっくりな双子姉妹がいたとするでしょ?」
「双子兄弟じゃ駄目なのか」
「どっちでもいいの! ゆぅくんは黙って聞いてなさい」
珍しく霧乃が大きな声を出した。自分の専門分野について語るときは、こいつも少しばかり瞳の輝きが増すような気がする。
「で、その双子姉妹の姉の方は、目の下にホクロがあるんだよ。だから、みんなはホクロの有無で姉妹を見分けていたんだ。
そこで、あるとき妹が殺人を犯しちゃうんだよ。現場からは物的証拠も見付かって、妹が捕まるのは時間の問題だと思われていた。そこで、考えあぐねた妹は姉を殺害しちゃうのです」
「え? なんで」
「まぁいいから。で、姉を殺害した妹は、姉の首を切断して、頭部をどこかへ隠してしまった。その後、自分の目の下に姉と同じようなホクロを描くわけ。するとどうでしょう、ホクロのある方が姉だと思い込んでいる周りの人は、生きているのは姉で、顔のない死体は妹だと思い込んでしまう。おかしい、妹が犯人のはずなのに、その妹が殺されてしまうなんて……。ということで、事件は迷宮入りして一件落着ってわけだよ」
「そんなデタラメな……。今なら、科学捜査とかあるでしょう。DNA鑑定とか」
「そういう無粋なものは考えないものとするの」
霧乃は唇を尖らせた。でもそれって、物理で「空気抵抗は考えないものとする」とかいうのと同じなんじゃないだろうか。
「まぁ、そういう例もあるよって話だから。もっとも、今度の事件では少し考えにくいけどね」
「うーむ。似ていると言えば、霧山さんと古橋さんはちょっと似ていたけど……」
髪型とか、顔の作りとか。
「ちょっと似てるくらいじゃ無理だよ」
霧乃は断言した。
「いくらなんでも、それだけじゃ他人の目を誤魔化すことは出来ないからね。……で、首切りの理由としてもう一つ考えられるのは、証拠の隠滅だよ」
「証拠の隠滅?」
「こっちは至って単純。首から上に、犯人を示すような証拠が残ってしまったから、仕方なく首を斬ったという場合だよ」
「ふぅん。証拠ね……」
首から上に一体どんな証拠が残るのやら。脳のない僕が考えても、さっぱり分からなかった。
「とまぁ、ここまでが犯人はどうして首を斬ったのかという問題について。次は、この屋敷の状況が小説『死者の館』によく似ていることについて考えてみようよ」
「うーん。僕はその小説を読んだことないから分かんないけど、偶然が重なっただけとか?」
「それはないよ、ゆぅくん。孤島の館だけならともかく、殺害場所、被害者の属性、『第一の犠牲者』という紙まで一緒だったら、何かあるって考えた方が自然じゃないかな」
「じゃあ、一体何があるんだよ」
「うんと、何があるのかは後で考えるとして、よく似ているって事実が何を示すのかについて先に考えた方がいいかな。ゆぅくんは見立て殺人って言葉は、知ってる?」
「知らない」
即答すると、霧乃は「だよねぇ」と言って、蔑むような目を僕に向けた。ふん。どうせ僕は無知無能だ。
「見立て殺人ってのは、たとえば小説や童謡に見立てられて殺人が進んでいくことだよ。小説に、一人目は毒殺、二人目は絞殺、三人目は刺殺ってあったら、現実でもそういう風に殺人が進められていくんだ」
「何だそれ、気味悪いな……。まさか、この屋敷で起こっているのも、それだって言うわけ?」
「そうかも知れない、とは思うよ。だって、この屋敷は何から何まで『死者の館』とそっくりだもん。違うことと言ったら、被害者の首が斬り落とされていたことくらい」
「さっきの首斬りの話か……」
そうだとすると、確かに首が斬られていたというのは不可解な気がする。こうまで『死者の館』の見立て通りになっているのに、どうして犯人は霧山朽葉の首を切断したのか。もしかして犯人は斬りたくて斬ったわけじゃなく、やむを得ず首を斬らなければならないような状況に置かれていたのではないか……。そんな風にも思えてくる。
「ただ、この見立て殺人っていう概念には、一つはっきりしない部分があるんだよね」
「はっきりしない部分?」
「そう。つまり、どうして犯人は見立て通りに殺人を進めていくのか、っていう理由の部分だよ。見立て通りに犯行を進めるのは、要するに自分の行動を制限するようなものだから、犯人にとって不利なんだよね。それなのに、どうしてわざわざ見立てをする必要があるのか」
「偏執狂の完璧主義者だから、とかそういう理由じゃないの?」
「うん。まぁ、それも考え得るけどね。でももしかすると、他にもっと合理的な理由があるのかも知れない」
「何だよ、その理由って」
僕が問うと、霧乃は「それは犯人さんに聞いてみないとねぇ」と呑気に答えた。
見立て通りに殺人を行う理由か……。要するに予告殺人を行うようなものだ。監視の目が厳しくなるだろうから、犯人にとって不利益な結果しか生まれ得ないような気がするのだが。僕には殺人犯の考えることは分からない。
「まぁ、今の段階で分かるのはこのくらいだね」
霧乃はそう言って、またベッドに横になった。
「首斬りの理由と、見立て殺人の意味。ぼくたちが注意して考えなきゃいけないのは、主にその二つだよ」
「ふぅん……」