第二章―08
滅茶苦茶な仮説だ……と思った。
しかし、それでも彼女に異を唱えることが出来なかったのは、もしかしたらそう信じたかったのかも知れない。
この屋敷に招待された、顔を突き合わせている六人の中に、殺人犯がいるということ。
その恐ろしい可能性を排除したくて、僕の思考は姿の見えない七人目へと向かっていく。そちらの方が、まだリアリティがある。そう信じたくなってしまう。
その後、何かの手がかりを探すという目的もあり、屋敷の探索が行われることになった。じゃんけんにより、一階部分は守屋さん、霧乃、伊勢崎さんが、二階部分は古橋さん、御代川さん、僕が担当することになった。
「探索、とはいえ、二階には鍵の掛かっている部屋が多いからね……」
三人で固まって二階へ上がったところで、古橋さんが言った。
「二階にある客室はざっと十五ってところだろうけど、ドアを開けられるのは僕たちが泊まっている四部屋と、それに中央の談話・遊戯室だけだよ。他の部屋の鍵は、マスターキーも含めて全部、広間のボックスの中に閉じ篭められているからね」
「いいじゃないですか。とりあえず、入れるところだけでも探しましょうよ」
僕たちは先程、大広間の鍵置き場を確認してきていた。ボックスで取り囲まれているとはいえ、ボックスが透明なので、外から鍵の状況を把握できるのが唯一の救いだった。
調べたところによると、鍵置き場になかった鍵は八つだけだ。すなわち、まず招待客の客室の鍵が四つ。それぞれ古橋さんの客室、守屋さんの客室、御代川さんの客室、僕と霧乃の客室だ。残りの四つは伊勢崎さんの使用人部屋の鍵と、食糧庫の鍵、霧山朽葉が殺されていた書斎の鍵、それから大広間の鍵だった。書斎の鍵は霧山朽葉の死体のポケットにでも入っているものとして、食糧庫と大広間の鍵は伊勢崎さんが管理しているとのことだった。
全部屋の鍵を開けることの出来るマスターキーを含め、他の客室の鍵は、すべてあの頑丈な透明ボックスの中だった。
「でも、かえって良かったかも知れませんね。あの鍵の防衛システムは」
僕は言った。
「もしあのボックスがなかったら、犯人にマスターキーを盗まれていたかも知れない。そうしたら、客室にいくら鍵を掛けたって、安心して眠れませんから」
「そうだね。マスターキーは確かに鍵置き場にあった。ということは、客室に鍵を掛けて閉じ篭もれば、ひとまず僕たちの身は安全ってわけだ」
「馬鹿なこと言うのね、あなたたち」
御代川さんが冷ややかに言った。
「あんなくだらない箱がなかったら、今頃私たちはボートでこんな島を脱出していたところよ。無能ごっこも大概にしたらどうかしら?」
「それも、そうですね……」
まさにその通りだった。局所的にばかり物事を考えると、大局的な見地を見失ってしまういい例だ。だからゆぅくんは詰めが甘いんだよ、という霧乃の甘ったるい声が、脳内で反響した。
「さて。じゃあ、まず僕の部屋から調べようか」
古橋さんが場を取り持つように、僕たちを促した。
部屋の鍵を開けて入ろうとするところで、「私は中には入らないわよ」と御代川さんが言う。
「え、どうしてですか?」
「だって、中には蛇がいるんだもの。電気コードに、シャワー。シャワーが握れないせいで、昨日はお風呂が大変だったわ。それともあなたたち、我を忘れた私にナイフで切り刻まれたいの?」
「……いえ。そういえば、そうでしたね」
御代川姫子は極度の蛇恐怖症だったっけ。僕は昨日、御代川さんが部屋の電気コードを蛇と見間違えて、ナイフでずたずたにしてしまったことを思い出した。その後の夕食でも、彼女は蛇みたいで気持ち悪いからと言って、パスタには一切手をつけなかった。
結局、御代川さんは外で待つことになり、僕と古橋さんが二人で部屋の捜索を行うことになった。
「もっとも、客室なんか探したって、何も出てくるわけはないんだけどね……」
一応、部屋にあった本棚やベッドの下を調べてみたりもしたが、収穫はなし。得体の知れない七人目どころか、何の手がかりも見付けることは出来なかった。
考えてみれば当然だ。ここは古橋さんが一晩泊まった部屋なんだから、余程おかしなことがあれば彼女が気付くに決まっている。今さら捜索したって、何も出てくるはずがなかった。
その後、御代川さんの客室と、守屋さんから借りた鍵で彼の部屋も調べたが、やはり収穫はなし。二階フロアの中央にある談話・遊戯室には少し期待したが、特にこれといったものが見付かることはなかった。