第二章―07
「招かれざる七人目ね……」と守屋さん。「身内を疑う前に、まずそっちを疑えってわけか。ふん、どうだかね。でも、ここは孤島の屋敷だぜ? 泥棒がちょっと忍び込んで、ってのとは訳が違う」
「分かってるよ。普通の屋敷だったら、僕だって第三者の可能性が高いと言うわけにはいかない。でもね、昨日朽葉から聞いたんだけれど、この屋敷はいわく付きだって言うじゃないか。とするとこれは、僕たちが知らない何かが、屋敷の中に潜んでいるかも知れないよ」
「いわく付きだと?」守屋さんが身を乗り出す。「どういうことだよ、それは」
いわく付きの屋敷――。
そう聞いて、僕には思い当たることがあった。
昨日、伊勢崎さんから聞いたこの屋敷の過去。霧山朽葉の前にここを所有していた、熊切という人間。そして、五年前に起こったという謎の事件。
一同の視線は、自然と伊勢崎さんの元へ集められた。
「えっと……」
伊勢崎さんは自分への注目に戸惑うように目を伏せて、
「わたしも、はっきりしたことを知っているわけじゃないんです。本当に、ただの噂話に過ぎないことで」
「構わないよ」
古橋さんが言った。
「情報は少ないよりも多い方がいい。それがたとえ、単なる噂話でしかなかったとしてもね」
「……そういうことなら、お話ししますけど」
そう言って、伊勢崎さんは躊躇いがちに口を開いた。
「まず、わたしのことから話しておきたいと思います。わたしは、元々は霧山さんではなく、熊切さんという方に仕えていたんです。このお屋敷の、専属の使用人として」
「待ってくれ」守屋さんが早速割って入った。「この屋敷の、ってどういうことだ。ここ、霧山朽葉が建てたんじゃないのか?」
「いえ、違うんです。元々、この天上島は熊切さんの所有物で、この屋敷を建てたのも熊切さんでした。霧山さんは、それを買い取るような形だったんです」
「へぇ、そうだったのか。――悪い、先に進めてくれ」
「はい。次に、その熊切さんという方について説明するのですが……皆さんは、熊切千秀という名前をご存知ですか?」
「熊切千秀……聞いたことはあるよ」と古橋さん。「確か、歴史小説家か何かじゃなかったっけ」
「ええ、その通りです。熊切千秀は、実名をそのままペンネームにしている歴史小説家でした。わたしがお仕えしていたのも、その熊切千秀という人物だったのです。もっとも、わたしがお仕えするようになった頃には、彼はもう晩年で、だいぶ歳を重ねておられましたけど」
「ふぅむ。つまり、歴史小説家の熊切千秀がこの屋敷を建てた、と。そういうわけだね」
と古橋さん。
「はい、そうです。それで……このお屋敷で使用人として働き始めたまでは良かったのですが、その頃からこの屋敷には変な噂がありまして。というのも、この屋敷は熊切千秀が、自らの隠し子を密かに育てるために作った屋敷なんじゃないか、という噂が」
隠し子……。
その言葉に、じっと話を聞いていた御代川さんが、少しだけ反応を示したような気がした。そういえば、彼女も御代川グループ会長の隠し子で、十年間監禁されて育てられたんだっけ。
「隠し子ね。でも、噂ってことは、実際にその子どもの姿を見ることはなかったのかな?」
「ええ。少なくとも、わたしはありませんでした。ただ、熊切千秀があまりに頻繁にこの屋敷を訪れるものですから……ひょっとしたら、とは思っていましたけれど」
「頻繁に、というと?」
「一週間に一回は、必ず。表向きは仕事だ、と言っているんですけれど、仕事なら本家の方でも充分に出来るはずですから……。わざわざ、この孤島の別荘を訪れなければならない理由というのが、他になかったんです。だから、隠し子がいるんじゃないか、という噂が流れ始めたわけでして」
「ふぅむ。なるほどね……。しかし、実際に姿を見たことはないとなると、その隠し子ってのは、どこかに閉じ篭められていたのかな」
「さぁ。そもそも、ただの噂に過ぎない話ですから。本当にそんな子がこの屋敷にいたのかどうかも……」
そう言って、伊勢崎さんは目を伏せた。
歴史小説家・熊切千秀。孤島の洋館。隠し子のために建てた屋敷……。有り得ない話ではない、と僕は思った。
「でも、これで可能性がひとつ出てきたわね」
一同が沈黙する中、声を発したのは意外にも御代川さんだった。
「どういうことですか?」と僕。
「あら、分からないの? この屋敷には、隠し子が監禁されていたのかも知れないという噂があった。そして今、得体の知れない第三者が、殺人を行ったのかも知れないと目されている。だったら、自然と答えは出て来るんじゃないかしら」
「まさか……」
「そうよ」
御代川さんは不敵に笑った。
「その隠し子が、まだこの屋敷のどこかに潜んでいて、殺人を行っているかも知れないのよ」