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無能探偵と死者の館  作者: こよる
第二章 悪意の集う夜明け
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第二章―06

 気付くと、屋敷の外では雨が降っていた。大広間から回廊に出ると、島を包み込む雨の不気味な低音が、黒塗りの壁から漏れ聞こえてくるようだった。屋敷の窓からは、紫色の雲が低く垂れ込めて、島を覆っているのが見える。この分では、たとえボート小屋の鍵が開いたとしても、モーターボートを走らせることなんか出来なかっただろう。海は猛り狂ったように白波を暴れさせていた。

 その後、大広間の死んだような雰囲気の中で、全員でブランチを摂った。伊勢崎さんが精神的に参っていたので、古橋さんも厨房を手伝うと申し出た。その真意は、誰も指摘こそしなかったが、伊勢崎さんに毒を入れる隙を作らせないためだったのだろう。

 この中に犯人がいるかも知れない――。

 霧山朽葉の死から時間が経過して、全員の心の中に疑心の種が芽生えていた頃だった。

「別に、見張る必要なんかないと思うけどね。ぼくは」

 この期に及んで、大広間にSFハードカバーを持ち込んでいる霧乃は、呑気にもそんなことを言う。

「どうしてだよ。見張らなかったら、毒を入れる隙がいくらでもあるじゃないか」

「だって、そんな状況で伊勢崎さんが毒を入れたら、自分が犯人ですって申し出てるようなものだもん。そんなこと、まともにものを考えられる人間ならしないよ」

「分かんないよ。もしかしたら、自分以外の全員に毒を盛って、一気に片を付けるつもりなのかも知れない」

「それだったら、昨日の夕食でやってると思うけどなぁ……」

「でも、万が一ってことがあるだろ」

「うーん」

 すると、霧乃は顔を上げて少しだけ考え込み、

「そのときは、そのときだよ」

 そんなことを言って、再び読書に戻った。

 ……こいつは、ひょっとすると事の重大さを認識していないんじゃないだろうか。それとも、生きることに執着がないのか。どちらにせよ、常軌を逸した女の子であることは間違いない。

 結局、そのブランチでは何事も起こることはなかった。

 食事の後、再び全員で今後の方針について会議することになった。

「とにかく、だ。まず行動目的をはっきりさせておこう」

 今度の話し合いで主導権を握るのは、どうやら古橋さんのようだった。守屋さんは鍵を囲むボックスを斧で破れなかったことが余程ショックなのか、軟体動物のように椅子の上で項垂れている。

「僕たちが目的とするのは、何よりも安全の確保だ。これについては異論はないだろう。朽葉を殺害した犯人は、『第一の犠牲者』という思わせぶりな紙を書斎に残していた。考えたくはないが、これは連続殺人の予告と見てまず間違いないよ」

 連続殺人――。

 誰もが認識していながら、口には出せなかった可能性。改められて突き付けられたその単語は、やはり相当の重さを持って僕たちにのしかかってくるようだった。

「僕たちは、これ以上の犠牲者を出すわけにはいかない。安全の確保という目的のために全力を尽くす。いいね?」

 古橋さんはそこで一同の顔を見回した。それぞれが神妙に頷く中で、「笑わせてくれるじゃない」と冷たく言い捨てたのは、御代川さんだった。

「安全の確保、ですって? それなら、私は今ここで、斧でも何でも振り回してあなた方全員を殺害する所存よ。それが一番手っ取り早いわ」

 身も蓋もない彼女の物言いに、隣の霧乃がくすっと笑って、「至言だね」と小声で囁いた。

「御代川さん。あなたの言い分は分かるけれど、それでは意味がないんだ。僕たちは可能な限りで、全体としての利益を最大化しなければならない」

「あら? でも残念ながら、私にはそんな義理はないわよ。私は個人の利益以外に関心がないもの」

「悪いけれど」古橋さんは声を沈めて、「そういうことであれば、僕たちは全体の利益のために、あなたを抹殺しなくてはならないんだ。余計な血は流したくない。そういうことなら、御代川さんも理解してくれるね?」

 容赦のない台詞だった。御代川さんは鼻を鳴らして、それきりで黙り込んでしまった。

 本題に戻ろう、と古橋さんは続ける。

「さっき、僕たちは安全の確保という目的のために、外部への救助要請という手段を講じようとした。警察への連絡や、ボートでの島からの脱出がそれだ。しかし、生憎とこの手段は封じられた……。故に、僕たちは二次的な手段を執る必要があるんだ」

「二次的な手段、ですか?」と僕。

「うん。早い話、安全の確保には犯人の行動を封じ込めてしまえばいいんだ。そのために必要なのが、すなわち犯人探しだよ。犯人さえ分かってしまえば、もう怖いものはない」

「そう、ですね」

 僕の合いの手には、しかし、少しばかりの躊躇いが含まれた。犯人探しという言葉のニュアンスが、何かしら不吉なものを含むように感じられたからだ。

 僕たちの中に犯人がいるんだよ――。

 古橋さんが、言外にそう言っているような気がしてならなかった。

「おい、古橋さんよ」

 今まで黙っていた守屋さんが、不意に口を開いた。

「それってのはつまり、俺たちの中に犯人がいると言いたいわけか。この屋敷にいる六人の中に、霧山朽葉の首を斬り落とした気狂いがいるってか?」

「うん。まぁ、屋敷の中にいるのは確かだろうね。でも、僕は六人と言ったわけじゃないよ」

「どういうことだ」

「分かるだろう? 第三者の可能性さ」

 そう言って、古橋さんは笑みを含んだ。

「この屋敷の中にはまだ、得体の知れない何かが、招かれざる七人目がいるかも知れない――。僕はそう言っているんだよ」

「……………………」

 ぞくり、と。

 肩が震えるような気がした。

 一瞬、大広間に降りた沈黙の帳が、いやに薄気味悪かった。

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