第二章―04
「死体見物は楽しかったかしら?」
大広間に戻ると、椅子に座って腕組みした御代川さんが、鋭い目つきを僕たちに向けてきた。守屋さんがそれに不快感を隠さず、「口を慎んだ方がいいぜ」と忠告する。
御代川さんは、ふんと鼻を鳴らした。
「結構なことね! こんなわけの分からない場所に連れてこられたと思ったら、今度は殺人ですって。『そして誰もいなくなった』の実演でもする気? だったら、私がこの場で真っ先に、あなたたちを皆殺しして差し上げるわ」
「……みんな気が立ってるんだ。静かにしてくれ」
守屋さんが押し殺した声で再度忠告すると、御代川さんはまた鼻を鳴らして黙り込んでしまった。
あの後、四人でざっと書斎の中を調べてみた。なくなった頭部が見付かるかも知れない、と思ったのだ。しかし、頭部はおろか、他には何の異常も見付かることはなかった。
霧山朽葉の死体は、他にどうしようもなかったので、毛布を掛けて放置してきた。
「さて。まず何を考えるべきなのか……」
全員が席についたのを確認してから、守屋さんが口を開く。「ロ」の字形に並んだテーブルの中で、一席だけが不自然に空席となっていた。僕の意識は、知らず知らずそこへ吸い寄せられてしまう。
「霧山朽葉は殺された……。どうやらこれは、疑いのない事実らしい。だから、冷たい言い方だが、それはそれで終わったことにしようと思う。そんなことより今、俺たちが考えるべきは、とりあえずこれからどうするか、だ」
守屋さんの問いかけに、古橋さんが答える。
「何よりも先に、警察を呼ぶべきだろうね。こいつは、僕たちだけでどうにかするには、いささか問題が大きすぎる。手に負えないよ」
「僕も賛成です。警察を呼んで、警察が来るまでは、この大広間でじっとしてましょう」
僕も意見を述べた。こういう状況にあっては、下手に動かないのが一番のように思えたのだ。
しかし、その最善策は「それは、出来ません」というか細い声によって打ち壊された。
声を発したのはメイドの伊勢崎さんだった。
「実はわたし、みなさんが書斎へ行っている間に、警察に連絡しようとしたんです。一階の使用人部屋の隣に電話機があるので、そこへ行って。でも……でも電話機は、既に破壊されていたんです」
伊勢崎さんは怯えるように俯いたまま、小さな声で語った。
破壊された電話機――。その陰には明らかに、何者かの悪意が見え隠れしていた。
「ふん。それが犯人の目的ってか。この屋敷、他に外部との通信手段は?」
「……ありません」伊勢崎さんが消え入るような声で答えた。
「そうかい。電話は破壊されていた……。だが、携帯電話ならどうだ。誰か一人くらい、携帯電話かスマートフォンを持ってる奴はいないのか?」
守屋さんはそう言って、一同を見回した。しかし、反応する者は誰一人としていなかった。
無理もない。
この企画では、カメラ機能搭載の機器の持参は一切禁止、とされていたのだ。そうすればおのずから、携帯電話だろうとスマートフォンだろうと持ち込めないことになる。
とはいえ、そうではない別の理由も考えられた。
他者との接触を拒絶する引き篭もりが二人、無人島で生活する趣味を持つ者が一人、ドイツ留学していて日本に知り合いのいない者が一人、ずっと孤島で一人で生活していた者が一人。
そもそも、僕たちの中のどれほどが携帯電話なんてものを手にしたことがあるのか。そこから疑わしい気もした。
「いねぇか」守屋さんは苦虫を噛み潰したような表情になる。「つまりこれで、外部に連絡する手段は断たれたってわけだな……。ちくしょう」
それきりで守屋さんは黙り込み、大広間は重苦しい沈黙によって支配された。
連絡する手段がなくなった、というそのこと自体よりも、電話機が破壊されていた、という事実の方が、僕には不気味に感じられた。
電話機を破壊した者――恐らく霧山朽葉を殺害した犯人だろうが――は、どうして電話機を破壊しなければならなかったのか。
言うまでもない答えが、僕の身体の内部を這い回る。
それは、何よりも恐ろしい想像だった。