表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能探偵と死者の館  作者: こよる
第二章 悪意の集う夜明け
11/59

第二章―01

 第二章 悪意の集う夜明け   

 


 昔から。

 昔からずっと、生者と死者の境目というものが、よく理解できなかった。

 それは単に心臓が動いているか否かの差異なのか、あるいは他の定義が与えられ得るのか。与えられ得るのだとしたら、それは一体何なのか。

 たとえば、生まれてから一度たりとも他者に感知されることのない人間が存在するのだとしたら。たとえば、指先でつつくほどの影響力さえ世界に行使できない人間が存在するのだとしたら。その人間は、果たして生者であると呼べるのか。生者と死者の境目は、一体どこに存在するというのか。

 彼が、彼女の頭に鈍器を振り下ろすとき、考えていたのはそんなことだった。

 その一瞬は、永遠かと思われるほど長かった。

 振り上げた凶器。どうして、と問うように見開かれた彼女の目。風を切る音。身体に伝わってくる確かな手応え。低音。裂けた肉。赤い液体。滑りけ。

 気付いたとき、意識を失った彼女が目の前に倒れ伏していた。

 彼は血を滴らせる凶器を片手に、しばらく彼女の身体を眺めた。

 生者と死者の境目を、今まさに越えようとする物体。彼が彼のために価値を損なわせたモノ。

 精神は、思ったより冷静を保っているようだった。それどころか、殺人を犯すことによって、ますます冷徹に研ぎ澄まされていくようにすら感じた。

 血液の付着した頬を、指の腹で拭う。

 それから彼は、懐から頑丈なロープを取り出した。それを注意深く、意識を失った彼女の首の下に通していく。

 後の作業は、ただの事後処理に過ぎなかった。

 彼は彼女に馬乗りになり、体勢を安定させて、ロープを左右へ思いきり引っ張った。彼女は意識を失っているから、マネキンの首を絞めるのと大差ない。ただ、生理的反応なのか、首を絞め上げたとき、彼女の口から、ぐぅ、と喉を引き絞ったような声が洩れた。

 秒数をきっかり数えたのち、彼はロープに掛ける力を緩めた。彼女は飛び出さんばかりに目を剥き出し、唇を歪めて絶命していた。彼女の首には、まるで蛇が這った後のような、毒々しい赤色の索状痕が残されていた。

 彼は自らが創り出したその光景をしばらく眺めてから、用意していた紙を死体の脇へ添えた。

 『第一の犠牲者』――。

 紙にはそう書かれていた。 

 

(霧山朽葉『死者の館(上)』より抜粋)


 *

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ