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無能探偵と死者の館  作者: こよる
第一章 くるいびとの館
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第一章―10

 夕食の前に、ちょっとした事件が起きた。というのも、二階の客室から狂ったような叫び声が聞こえてきたのだ。何事かと思って、広間にいた古橋さん、伊勢崎さんと一緒に駆けつけると、二階回廊で御代川さんが果物ナイフ片手に暴れていた。

 蛇がいるのよ! 蛇がいるのよ!

 御代川さんは喚きながら、半狂乱でナイフを振り回していた。目を剥き、髪を振り乱して暴れるその姿は、狂っていると言うほかない。島の探索から戻ってきた守屋さんが事態に気付き、二階へやってきて彼女を取り押さえてくれた。

 御代川さんの部屋では、電気スタンドに繋がっている電気コードが、ナイフでズタズタに切り裂かれていた。どうやら彼女には、この電気コードが蛇に見えたようだった。

 錯乱状態の御代川さんは、どうしようもなかったので別室に隔離して、精神医学も心得ているらしい古橋さんに任せることにした。数十分後、御代川さんは別人のように静まり返って、ぶつぶつ独り言を呟きながら部屋から出てきた。電気コード以外に目立った損害はなかったので、とりあえず一件落着、ということになった。

 これはその後で、守屋さんから聞いたことだが――。

 御代川姫子は過去、監禁されているときに蛇に噛まれたことがあったらしい。御代川家の息子が飼っていたやつが、彼女の部屋に忍び込んだのだとか。そもそも、その蛇の一件が、彼女の監禁が露呈するきっかけになったのだという。以来、御代川姫子は蛇に対して極端な恐怖心を抱くようになり、蛇のような細長い物体にすら反応するようになったのだとか。

 電気コード、ネクタイ、ベルト、靴紐……。御代川姫子はそれらに恐怖して触れることが出来ないどころか、時としてナイフで切り刻んだりもしてしまうため、彼女の部屋からは一切の蛇に見えるものが取り払われたらしい。守屋さんはそんな話を今朝、御代川家の執事から聞かされていた、と語った。

 御代川さんは夕食中ずっと、肩を小刻みに揺らしては何事か呟いていた。

「何なのかねぇ……この屋敷は」

 夕食後、御代川さんと霧乃は早々に自室へと引き揚げ、メイドの伊勢崎さんを除く残りのメンバーは、二階の談話・遊戯室でしばし歓談するという流れになっていた。もっとも、僕は今日一日で色々ありすぎて疲弊しきっていたため、早いうちに輪から抜けて、十二号室へと戻った。

「おかえり、ゆぅくん」

 ベッドで相変わらずハードカバーを広げている霧乃が、僕を認めると半身を起こした。ほのかにシャンプーの匂いがする。多分、霧乃は先に風呂へ入ってしまったのだろう。僕はすぐに風呂へ向かうほどの元気もなく、自分のベッドに倒れ込んだ。

「どうかしたの?」

「どうもこうもないよ。まるで異星人の群れの中に漬け込まれたような気分だ。このままじゃぬか漬けにされちまう」

 僕が嘆くと、霧乃は「ゆぅくんは、何の取り柄もない高校生だからねぇ」と慰めてくれた。でも、それは何の慰めにもなってないと思う。

「しかしなぁ……。こんな奇怪きわまりない人たちの中にいると、霧乃の奇怪っぷりがまだ可愛らしく見えてくるよ」

「うん? そうかな」

「自分の部屋に閉じ篭もって読書してるだけなら、害がないからさ。蛇が出たとかいってナイフを振り回すよりは百倍もマシだ」

「おぅ。ぼく、ゆぅくんに初めて褒められた気がするよ」

「別に褒めてるんじゃないの。相対的にどうかって話だから……」

 僕は寝返りを打った。霧乃は自分のベッドに寝転んで両脚を天に掲げ、足の裏をくっつけようとして遊んでいる。その邪気のなさに、今はちょっとだけ安心する。こんなわけの分からない屋敷の中で、僕にはこの女の子だけが自分の味方のように思えた。

 あと三日――。

 何事もなく過ごせればいいのだが。

「でも、似てるよね」

 ふと、霧乃が呟いた。うん? と僕は彼女の方を見やる。

「似てるって、何がさ」

「この状況だよ。ゆぅくんは読んでないから分からないかも知れないけど、この屋敷の様子は霧山朽葉の『死者の館』上巻にそっくりなんだ」

「……………………」

「『死者の館』でも舞台設定は孤島の洋館だったし、変わり者の小説家も出て来るんだよ。登場人物は、人数や設定なんかは違うけど、みんな奇人変人ってところは『死者の館』と同じかな」

「何が言いたいんだよ」

「別に。ただ、何となく似てるなぁと思ったから」

 霧乃はそう答えて、僕に背中を向けた。ふん、と僕は鼻を鳴らしてみせる。それはもちろん、強がり以外の何物でもなかった。

 それはつまり、心のどこかで認めているのだろうか。

 この屋敷が既に、何か異様な気配に包まれている、ということを。

「あと、もうひとつ」

 霧乃はそう言ってベッドの下に手を突っ込むと、何かを取り出した。ゆぅくんパス、と言って投げ寄越してくる。咄嗟に掴んだそれは……人形?

 生地が色褪せて黄ばみ、ところどころ破けて中の綿が飛び出している。小さな子どもが玩具にしていそうな、古びた女の子の人形だった。

「何だよ、これ」

「さっき、この部屋で偶然見付けたんだよ。昔、小さな子どもがここにいたのかもね」

「いたから、どうだって言うのさ」

「『死者の館』上巻にも、同じような設定があるんだよ。この館では昔、小さな女の子が監禁されていました、っていう設定が」

「……まさか。考えすぎだろ」

 たかが人形があったくらいで。そう付け加えると、霧乃はわりとあっさり「まぁ、そうかもね」と言って読書を再開してしまった。ああなると霧乃は他人の話を聞かなくなるので、僕も口をつぐんで、彼女に背を向ける。

 古びた人形。小さな子ども。

 そういえば、守屋さんが行きの船でこんなことを言っていた気がする。

 ――ここらへんじゃ、あの島には何でも、小さな女の子の幽霊が出るって噂らしいぜ。 

 それだけじゃない。伊勢崎さんから聞いた、五年前にこの屋敷で起こったという謎の事件。熊切という名前の、この屋敷の前所有者。この古びた人形とその五年前の事件には、何か関係があるのだろうか。

 そして、霧山朽葉の『死者の館(上)』に似ているという、この屋敷の様子。

 孤島の洋館、奇怪な招待客。

 考えれば考えるほど、不穏な気配が背筋を舐め回すようだった。

 雨が近いのか、海がやけにざわめいていた。



 その翌日――。

 朝から全員が呼び集められた大広間で、僕は霧山朽葉の死を知った。

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