アリクイさんのおはなし
さんさんと太陽が照りつける夏の日のこと
田舎の道路をオオアリクイの家族が、父を先頭に、兄、マイク、母、姉、爺の順に歩いていました。
道路の周りは一面の田んぼで、あぜ道にはところどころに黄色い花が咲いている。
田んぼの中では大きな目をギョロつかせたアキアカネが飛び交い、色とりどりの服を着たカカシと、辺りの風景を色づかせています。
そのうちの赤いビニールの服を着たカカシにカラスが群がっていました。
マイクは兄に尋ねます。
「ねえ、おにいちゃん。どうしてあのカカシは人気者なの?」
兄はめんどくさげに答えました。
「人気者のカカシなんていないさ」
マイクは一瞬不機嫌な顔をしましたが、それをとりつくろい納得したふりをしました。
「ふーん。そういうものなんだ」
兄は道路の反対側から赤い車がやってくるのを発見しました。
兄はマイクに尋ねます。
「おい、マイク。お前は道路を歩く時のルールを知っているかい?」
「もちろん知らないよ」
マイクは自信満々に言います。
「だって兄さんが僕に質問する事はいつも僕が知らないことだもん」
兄はちょっときまりが悪そうに笑いながら言います。
「じゃあ、教えてやろうか?」
マイクは笑顔で頷きます。
「うん」
兄はその様子を見て少しほおを緩めつつ、考えるふりをして腕組みします。
「うーん。どうしようかな…」
「ア……」
爺は何か言おうとして言葉に詰まりました。
父は兄の頭をコツンとつついてたしなめます。
「こら、もったいぶらずに教えてやりなさい。」
兄は後ろを振り向きテヘッと笑います。
爺はせき払いをし、目をそらしました。
その様子を見て母は幸せそうににこにこ笑います。
姉は一人厳しい口調で言いました。
「今日はあの日なんだからふざけたら許さない」
その言葉を言った瞬間、辺りが一瞬静かになりました。
静寂の中にツクツクボウシのなく音だけが響き渡ります。
遠くでカカシが倒れる音と大勢のカラスが羽ばたく音がしました。
「ねえ」
マイクは兄の袖をつかみながら首をかしげました。
兄はぎごちない笑いを顔に浮かべて弟に振り向きます。
「ああ、それはな」
兄はほほえみを浮かべ、対向車線に飛び出しました。
「赤は止まれっていうことだ。もし止まらなかったら俺のように…」
急ブレーキの音が響き渡ります
アリクイの首がねじれちぎられて跳ねていき、フロントガラスに映るうつろな目が車を紅に染めました。
お父さんは振り向き、マイクに話しかけました。
「分かっただろう。赤は止まらないとダメなんだ」
深紅に染まった車は辺りをうかがうように一瞬停止し、そっと加速していきました。
その様子を見て父は不機嫌そうに顔をしかめます
「無慈悲だろう。マイク。これが…」
父は何かを言いかけて口をつぐみました。
太陽が次第に頂上から降りてきて、彼らの影を長く伸ばしていきます。みんな流れる汗をぬぐいもせず、同じペースで歩いていきます。
ヒグラシが鳴き始める頃、爺は息も絶え絶えになり、次第に歩調が遅くなりだしました。
一行は踏切に差し掛かりました。
マイクは三輪車を強く握りしめ、レールの上を通っていきます。
遠くから列車の音が聞こえてきました。
リン・リン・リン・リン
赤いランプが点滅し、遮断機が下り始めました。
家族から少し遅れたところにいる爺は、線路内で赤いランプを見つめたまま、踏切で立ち止まっています。
爺はうつむき、ボソッと独り言をこぼしました。
「いいかい、アン。赤色でも、踏切だったら…」
ガシャンゴションガシャンゴション
電車が近づいてきます。
ピーピーピー
警笛の音が鳴り響きました。
ガシャンゴションかしゃかしゃゴトンガシャンゴションキー
電車は爺をひき潰した後、思い直したように減速していきます。
「発車。よし」
後ろの窓から顔を出した、帽子をかぶった太った男は、車輪が引いたものを確認した後、何か一言を発しました。そして電車は再び走り出しました。
残されたものは枕木を染めるどす黒い血と、レールの間に横たわるぺしゃんこになった死体だけでした。
父は目を背けるように前を向きながらマイクに教えます。
「わかったかいマイク。赤色でも踏切の中は止まっちゃダメなんだ」
マイクは悲しげな顔をよそおい、目を伏せ頷きます。
「分かったよ」
真っ青に染まっていた空に突如黒い雲がわきだし、強い風が吹き始めました。
アリクイの親子3人は長い鼻をふんふんさせ、雨のにおいを感じ取りました。
「じきに降るわ」
姉が冷たい声でささやきます。
「ちょうどいいわ、次で最期にしましょうか」
「それがいいね。ようやく終わらせられるよ」
アリクイの夫婦は顔を見合わせにっこりとしました。
空を流れる暗い色をした雲の隙間から、ぽつりぽつりと冷たいものが降り始めます。その勢いは次第に強くなっていき、道路の先に交差点が見える頃には土砂降りになりました。
赤信号
交差点の前で家族は歩を止めました。
「これで終わりね」
姉がやるせなさそうな声でつぶやきます。
父が口を開くのを制し、母がマイクに話しかけました。
「マイク、私達はあなたを恨んでいないわ。だって五歳児にルールを覚えろっていうのは無理だもの。それに毎日会いに来てくれるうちに、私達はあなたを好きになってしまった。
お礼なんて本当は良かったの。それでも一生懸命調べてくれて、アンともう一度会える方法を見つけてくれたのには感謝するわ。だから…
あなたに最後のルールを教えてあげる。赤信号じゃないからといって安全じゃないってことを。あなたには言うまでもないことだけど」
母は淋しげな笑みで話し、二人と手を組み青信号を渡り出しました。
ただ一人マイクがぽつんとたち尽くしています。
トラックがやって来ました。車輪が水を跳ねる音がします。ライトが少年を照らした後、一瞬減速したトラックは、少年が動かないのを確認した後、赤信号で再加速しました。
鳴り響くトラックが何かを踏みつぶす音。朱色の肉片が辺りに飛び散りました。
トラックが急ブレーキをかけて止まり、慌てた様子で、運転手が下りてきました。
運転手は車輪の下を覗きこみ、胸をなでおろした後、今気づいたかのように、顔についた水滴を拭い少年のもとに駆け寄りました。
「よかった。坊主が飛びだしてきたのかと思ったぜ。ただの動物で安心したぜ。おい、坊主。すまんがこの事はだまっててくれねえか。家まで送ってやるからさ」
少年がコクンと頷いたのを確認した後、運転手は少年を助手席に上げ、傍らの三輪車を持ち上げました。三輪車に絡みつく黒い毛を運転手は訝しげに見ましたが、何も言わず荷台の上に乗せ、トラックを発車させました。
「いやーまいったぜ、雨で信号がよく見えなくてよ。坊主が立ったまんまだったんで青かと勘違いしてしまったんだ。家はどこだい」
運転手はことさら大きな声を上げ少年に話しかけました。
少年は煩わしげにまゆをあげた後、一言漏らしました。
「青山四丁目」
「そっちか。分かった。送っていくぜ」
そして青いトラックは走り去っていきました。
青山四丁目十三番地。
家のソファーに寝転がり、少年は珍しくテレビを見ていました。
アナ「朝のニュースです。まずはこれから『大アリクイの一家心中!?』
昨日郊外の24番線道路で大アリクイの死体が六匹見つかりました。
一匹は東急電鉄にひかれ、四匹は自動車にひかれた模様です。最後の一匹は田んぼの中で見つかりました。
不思議なことに他の五体の死体は昨日死亡しているのに、最後の死体だけは死亡時期が異なり、専門家によるとほぼ一年前の死体で、死因は自転車の車輪らしきものにひかれた事による、首の骨折だそうです。
死因も死亡時期も異なるのに、六匹はDNA鑑定によると親子関係で間違いないようです。
最後の死体は赤い袋をかぶせられ、カカシに見立てて田んぼの上に立てられていたことから、警察は何らかの宗教団体の関与も視野に入れて調査をしています」
アナ「いや~波野さん。不思議な事件ですね」
波野「そうですね、この事件を聞いたらある都市伝説を思い出しましたよ」
アナ「え?どんな伝説ですか?」
波野「あのですね、家族のうちの誰かが死んだあと一年過ぎた日に残りの家族が全て死んだら、家族みんなが一緒に生まれ変われるっていう都市伝説です」
アナ「事件そのままじゃないですか。これが真相ですよ」
波野「あのですね、アリクイが生まれ変わっても何も得が無いじゃないですか。つまりこの事件は都市伝説にみせかけた裏の理由があるんですよ」
アナ「なるほど。そういうことですか。CMの後は『動物の赤ちゃん大集合』今日は昨日生まれたばかりのカピパラの六つ子ちゃんの登場で…」
ピッ
マイクはテレビの電源を切り、ベランダに出て指笛を鳴らします。集まってきたカラスを撫でつつマイクは幸せそうに微笑みました。
しばらくした後、一匹のカラスがマイクに餌のおねだりをしました。マイクは笑って頷くとスニーカーを履き、外へと出ました。朝の澄んだ風がマイクの髪を揺らします。空は昨日とはうってかわり晴れ渡っていて、真っ蒼な空の中に一筋の虹が掛かっています。
「今日のエサはカピパラにしようかな」
マイクは口笛を吹きながら歩いて行きました。空に掛かった虹は薄れていき、やがて消え、真っ青なキャンパスを彩るものはオレンジ色の太陽だけとなりました。
淡青い色をした風が木々をゆらし、夏の日の始まりを告げています。
今日も良い一日になりそうです。
~FIN~