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言葉が通じない世界で、これほどの生活を維持できるのは、『バート』と『ジェイド』のおかげだと思う。
名前の音は西洋の響きのようだけれど、文法はどうやら、並びは西洋のそれに近いようだが単語を理解することはまだできないため、意思の疎通はもっぱらボディーランゲージだった。
美緒にとって助かったのは、頷くと正、首を振ると否のジェスチャーは一緒だったから、『バート』と『ジェイド』が根気よく、コミュニケーションを取ってくれることで辿々しながらも意思の疎通はとれている。
美緒が考える「西洋的な暮らし」と、基本的な生活が大きく変わらなかったのも助かっていた。
ただし、時間の概念はどうやら昔の日本のようで、日出日没を基準に、昼間と夜中が12等分されて時間が決まっているようだ。
昼間は時間を知らせる時計台の鐘の音に合わせて生活しているようだった。
美緒は、あまり異性を意識したことがないので、『バート』と『ジェイド』と三人で暮らしている様子にあまり戸惑いはなかったが、特に『バート』が気を使っているらしかった。
『バート』が美緒に用意する寝間着や服は、どれも肌触りがよいことから一級品なことは分かったが、普段美緒が着ない類の色彩ばかりで、そしてどれもこれもがフリルとレースに満ちていた。
そして、髪を結うときもなぜか大きなりぼんをつけたりや可愛い髪飾りを添えるのだ。
美緒は自分の格好に頓着しないため、『バート』がしたいようにさせていた。
美緒は普段は無表情で格好を気にしないため誤解されにくいのだが、美少女の類であった。
大きな黒目がちの目のまわりにはマスカラいらずのまつげ、桃色の唇、シミひとつもない青磁のような肌に桜色の頬。
本来はメガネがなければならない視力でもないので、こちらに来てから『バート』に取り上げられてしまってからは特にしていない。
暗い時間に細かい文字を追うこともしないので、支障は出ていなかった。
そんな生産性も何もない、ニートのような生活を、半年ほど送っていた。
そのころには、美緒は簡単な日常会話は聴きとって理解できるようになり、話すことはできなかったが頷いたりすることで意思表示もできるようになっていた。
「ミオ!……っ、……!」
『バート』の声がする。きっと時間から考えて、昼ごはんなのだろうと思い、『バート』のところに行く。
そこには、見たこともないようなこれまた美形でいて、少し異形な男性がそこにいた。その隣には、『ジェイド』もいる。
美形ばかりなのは、不細工の中に放り出されるよりも目の保養にはなるしいいのだが、美形に対する抵抗力がまだついていない美緒は気後れをして部屋の中に入っていく勇気がなかった。
「ミオ?」
ジェイドが美緒の手を掴んで、部屋の中に連れていき、男の前に連れて行った。
男は、美緒よりも長いストレートの、闇のような黒髪を携えいた。
見目はジェイドたちと同年代に見えるが、壮年以上の落ち着いた雰囲気をまとっていた。
そして、瞳をみたときに少し驚く。
左目が群青、右目は紫色のオッドアイだった。それが一層、ミステリアスな雰囲気を醸していていた。
彼が美緒の左の手をいきなり取る。
反射的に美緒は手を引こうとしたが、引く前に手首をしっかり捕まえらた。
美緒が驚いている間に、男はいつの間にか持っていた指輪を美緒にはめる。その間、小さな声で何かをつぶやきながら。
「い、いったぁ…」
指輪をはめられた瞬間、静電気のようにバチバチと指が痛んだ。
次に頭がクラクラしてくる。まるで頭をガツンと殴られたようだ。
「気持ち、わ、る…」
「ミオ…っ!」
意識が消える前に心地良く聞こえたバリトンが、ジェイドのものであるということをどこかで理解しながら、美緒の意識は途切れた。
***
美緒はよく見る夢があった。
『バート』と『ジェイド』と暮らすようになってからは、あまり見なかった夢だった。
その中でよく、美緒は罵声されていた。
誰にだろう。
フィルターを通したような声は、女の声のようにも聞こえたし、男の声のようにも聞こえた。
子どものような声にも、大人のような声にも。
・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・
心当たりが多すぎて、誰の声かもわからない。
特定する必要性も特に感じなくて、いつも夢のなかで罵られ、蹴られ、殴られていた。
同級生だっただろうか。
先生だったろうか。
親友だっただろうか。
教授だったろうか。
母親だっただろうか。
父親だっただろうか。
そもそも私は何を言われているのだろうか。
痛いという感覚も、言語を理解する力も失ってしまった中で、私は何をしたのだろうと考える。
現実にあったことの再現なのか、それともただの妄執なのかもわからない。
答えが出ないまま目を覚ます…、ただそれだけの夢だった。
***
「ミオ、目が覚めた?」
覗きこんだのは、『バート』だ。くりくりとした茶目っ気のある双眸が美緒を見ている。
「バート」
呼ぶと彼は嬉しそうに笑った。彼は本当に素直に喜怒哀楽を表現するよなぁと美緒が思った。
「ジェイド様!クリストファー様!ミオが目を覚ましました」
美緒は首を傾げた。
なぜ、いきなり『バート』が日本語を話しているのだろうと。
考えてみれば、第一声も、日本語だった。
……冷静に考えると、違う。日本語ではない。美緒が『バート』の話している言語をいきなり理解できてしまっているのだ。
「スピードラ○ニング」
美緒がつぶやくと、隣の部屋に控えていたらしい『ジェイド』が、美麗な眉間にしわを刻みながら言った。
「なんだそれは」
「うわぁっ、え、やっぱり、言葉が、通じて、る?」
「なあ、ジェイド。私の術式は完璧だっただろう?」
黒髪の男が得意げに言う。さすがですと褒め称える『バート』。
「ど、いうこと?」
「言葉が通じるように、この言語を強制的に理解させる術をかけた。その指輪をつけている間はずっと解けることはない」
「ミオ、ようやく、話せたね。嬉しいよ」
『バート』が美緒の手を握って嬉しそうに微笑む。
『ジェイド』は一歩引いたところで、黒髪の男に話しかけている。
「クリス様、ミオは一体何者なんですか? 私もバートも現在使われている30の言語で話かけましたがミオはどの言語も理解しませんでした」
「ミオ、か。ミオは、異世界から来た……そうだろう?」
問われて、美緒はすぐに首肯は出来なかった。
異世界といわれて、頷くだけの情報は美緒にはなかった。世界が違うというのはどこがどう違うことを言うのか。
生活の中身が違うことを言うのであれば、確かに異世界だろう。様々な習慣も違うし、ここには奴隷制度も、階級制度も存在する。
けれど、きっとそういう意味で聞かれているのではないだろう。
「私の知っている限りで、世界の中で、このような言語、習慣を現代まで施行しているところはありませんでしたね」
「ほぅ?」
「私の住んでいたところとはかけ離れていることは理解していますが、世界が違うということがどういうことか分かり兼ねますので簡単に肯定は出来ません」
黒髪の男は声を立てて笑い始めた。
「はははは! ミオとやらは頭がいい。お前のまとっているものはこの世界のものではないのは、会った瞬間から分かっていたよ」
「……つまり、どういうことでしょう?」
「ジェイド、ギルバート。ミオは彷徨い子だ……しかも、メディ神の加護を持つ、神子だ」
遅くなりました。
新人なものですからわからないことが多すぎて、日々調べ物だったりヤサグレて遊んでたらこんなに日にちがあいてしまいました;;
あと数話ほどで身近な病気を交えられるかなぁと思います。
最初をなんの病気にしようか…今ある選択肢だとどれにしても時期はずれになりそうです。その前に序章を終われって話ですね。