ドラゴンナイト・サーガ ある晴れた日、市場での出来事
きゃあきゃあとはしゃいでいるのは、とんでもない美少女だった。彼女の横にいるのは十歳くらいの少年で、頭には大きな鳥がとまっている。
少女は楽しそうに店を覗いていた。少年のほうは軽くため息をついて彼女について回っている。少年の背には不釣合いな剣が背負われており、一応ボディガードをきどっているようだ。
姉弟にはちょっと見えない。が、他人というには親しげだ。もしやまさか恋人……そんなわけはないだろう、きっと親戚か何かだと、目撃者達は苦笑した。
「ねぇねぇ、ラディ! これは何?」
「え? ああ、これはティウスの葉っぱで、煎じて飲むとハライタにきく」
「大きいのね、扇子みたい! 初めて見たわ! こっちは? この丸い……木の実?」
「それはタウタウ。煮てたべるとうまい。でも多分リラの口にはあわないと思うぞ」
「ええー? どうして? ラディは食べたんでしょ? 美味しくないの?」
「いや、おいしいけど……リラが普段食べているような料理とはちがうぞ」
「食べてみたいわ! 買って帰りましょ! 料理してもらうから! おじさま、三ついただける?」
「……とめたほうがいいと思うか? ストーム」
「ぴぃ」
「……そーか? これも経験って……うーん」
少年は考え込み、ふと、顔を上げた。
「……ストーム」
「ぴぃチチ」
「リラの傍にいろ」
「チチチ」
鳥が羽ばたいて少女の肩にふわりと乗った。鋭い足の爪で少女を傷つけないようにやんわりと優しく。
「あら、ストーム……どうしたの? あ、この実、ストームも食べたいの? じゃあ、あなたの分も買いましょうね」
美しく微笑む少女に苦笑して、少年は素早くその場を離れた。
「絶対イイとこの娘だぜ、ありゃ」
「さらって身代金を……いや、どこかに高く売り飛ばしたほうが――」
市場の片隅での悪巧みに、少年は肩をすくめた。視線を感じて来てみたら、思ったとおりの展開で、あきれた。確かにあんなにオノボリさん丸出しで歩いていたら、世間知らずのお嬢様と見られて当然だとも思う。
だが、彼女にちょっかいを出されたら困るのだ―――いろんな意味で。
「あー、王様も大変だ。あんなに善政敷いてるのに、こんな連中ってボクメツされないもんだなー」
子供の声に、男達は硬直する。
「あ、このガキ、あの娘と一緒に居たガキだ!」
「とっ捕まえろ! 一緒に売り飛ばす!」
男達が構えたのを、少年は乾いた笑みで迎えた。
「……あー、ラディ、どこ行ってたの?」
「ん。のどかわいたから飲み物買ってきた。リラも飲むだろ?」
「うん! ありがとう。あ、ねえねえストームがわたしの肩に乗ってきたの! タウタウの実が好きなのかしらと思って、ストームの分も買ったわ」
少女の腕には紙袋。それをみて、少年は苦笑い。鳥は再び少年の頭に乗り、小さく鳴いた。
「ほら、ジュース」
「ありがとう。これはなんていう飲み物?」
「普通のジュースだよ。リンゴすってしぼったやつ」
「あ、美味しい」
「だろ?」
笑って、少年はさりげなく少女の手から袋を受け取った。
のほほんと市場を見て回っている二人を、商人達がほのぼのと見送って、しばし。
市場のかたすみで、この界隈でも悪名高い連中が、荒縄でぐるぐる巻きになって倒れているのが見つかった。
『ひとさらい反省中。猛修行中なのでさわらないでください』
と、書かれた張り紙が貼られていたので、しばらく誰も(警備隊ですら)そのままほったらかしにしていたのは余談である。
子供のような字だったというのも、また、余談である。
「ねえラディ」
「ん?」
「今度はもっと遠くに行きましょ。城下よりもっと遠く!」
「えー? セリアのおねーさんに怒られるぞ」
「大丈夫よ。ストームなら飛べるし、隣の国くらいすぐでしょ?」
「……となりの国まで行く気かよ!?」
「大丈夫! ラディと一緒だもの!」
「いやまぁ……一緒なら大丈夫っちゃー大丈夫だろうけど……」
ワガママ姫の無邪気な申し出に、史上最強最年少の竜騎士は大きなため息をついた。
今度抜け出すときは事前に姫の周囲に少し説明しておこう。
そうでなくては護衛の騎士達が気の毒だ。今回はすぐに戻るつもりだったので軽い気持ちで乗ったが、本来なら気軽に外出できる身分ではない。
気晴らしがしたいのだと言われて情に流されたのもまずかった。
姫は確実に味をしめたようだから。
……自分も楽しかった、というのは、とりあえず、心の中にしまっておいた。
こんな感じで、ちょいラブを目指してみました。じりじりじわじわとラブになっていくらしいですよ、この二人(他人事のように作者が言う)