わたくしの婚約者が王立学院で『クールビューティー』なんて呼ばれて、王女殿下のお目に留まったの~この国はもうダメね~
「ルース、よろしく頼む」
わたくしが自分の婚約者との顔合わせをしたのは、王立学院に入学する直前。
十五歳の春のことだった。
「こちらこそ、よろしくね」
相手は幼馴染みで、同い年のフリッツよ。
冷たい月光のような銀髪を伸ばして首元で一つに結び、アイスブルーの瞳をしているの。
顔立ちは整っていて、辺境の戦士だなんて思えない繊細な雰囲気よ。
身体はまだ鍛え上がっていないから、ほっそりとしているわ。
わたくしはハイニー男爵家の跡取り娘なの。髪も瞳も、フリッツと同じ色合いよ。
フリッツはハイニー子爵家の次男で、わたくしは一族から婿を選んだかたちになるわね。
我がハイニー一族は、『辺境の防壁』の二つ名で呼ばれているの。
今、我が国は、隣国の魔獣たちと戦っている。魔獣といっても、頭部だけが獣の人間のことなんだけど……。王国軍に万が一のことがあった時には、我が一族が魔獣を押し返す役目を担っているのよ。
我が一族は、公爵は王都で社交などをしていて、侯爵以下は辺境で武芸の腕を磨いているの。……ということになっているけれど、公爵も社交より武芸の腕を磨く方が楽しいらしいわ。
簡単に言っちゃうと、脳筋の一族ってわけなのよ。
だから、本当は王国の貴族たちよりも、魔獣のみんなの方が気が合うのよね。
この戦争は、十年前に我が国の国王陛下が、モフール王国の国王に向かって、「おい、獅子頭、どうせモフモフして欲しいんだろう?」なんて、しつこく迫ったことに端を発しているの。最終的に国王陛下が、「獣のくせにモフモフを拒むとは生意気な!」と逆切れしたせいで起きたのよ。
まあ……、モフール王国という名前も、だいぶ悪かったんだろうとは思うんだけどね。
……王都にある王立学院なんて、そんな国王陛下に忠誠を誓う貴族の巣窟じゃない。そんなところにフリッツと二人で行けとか……。
「どういうことなの?」
わたくしは、我が家の応接室のソファに座らされていた。正面に座る両親と子爵夫妻を、交互に睨みつける。フリッツは、わたくしの隣に座っていた。
「フリッツは強いからな。王立学院には、公爵のタウンハウスから通えばいい。公爵もそうしろと言っている」
「お父様、そんなことは訊いていません」
わたくしはぴしゃりと言ってやった。
強くなければ、『辺境の防壁』をやれないじゃない。
たしかにフリッツの武芸は、ハイニー男爵家の当主として相応しいものよ。
そこは問題ないわ。
公爵のタウンハウスに三年住むのも、別にかまわない。親戚のおじさんの家だもの。
「フリッツと結婚するのはいいわよ。そうなるだろうな、と思っていたもの。だけど、二人で一緒に王立学院に通うってなんなの?」
「フリッツにも男爵家当主としての品格を身につけてもらう、ということになってしまってな」
お父様がハンカチで汗を拭きながら説明してくれた。
「品格! フリッツに品格!」
無茶を言いやがるわ……! この脳筋に品格ですって!?
「おう」
フリッツが低く肯定した。もう、返事がさぁ……! 寡黙な脳筋そのものよね!?
「男爵家程度の当主に品格はいらないと思うわ」
「ごめんなさいね、ルースちゃん。なんでも制度が変わったとかで、貴族家の当主になる者は、卒業できるかどうかはともかく、一度は王立学院に入学しないといけないことになったのよ」
子爵夫人が説明してくれた。
まあ……、お国の制度が変わることだってあるわよね。
この国は戦争が始まってからの十年で、臣下が対応しきれないくらい、変な決まりができまくっているしね……。
「なんでこの時期に、わざわざ婚約を? 卒業してからでも良くないですか?」
両親と子爵夫妻が、気まずそうに顔を見合わせている。
なんなの……!? 悪い予感しかしない……!
「ルース、お前も『辺境の防壁』の一枚だ。そうだな?」
「そうね」
わたくしはお父様にうなずいて見せた。
「ごめんなさいね、ルースちゃん。フリッツがなんとか王立学院でも上手くやれるように、手助けをしてやってほしいの」
「ああ、まあ、そうですね……。それは必要ですね」
わたくしは、今度は子爵夫人に向かってうなずいた。
子爵夫人は、とても申し訳なさそうにしていたわ。
「よろしく頼む」
フリッツがまた言った。
これは絶対、なにかあるわ……。
◇
王都の貴族の令嬢たちは、フリッツみたいな容姿の男がとっても好きだったの。
フリッツだって二十歳になる頃には、ハイニー一族の男子らしく、レッサードラゴン程度なら素手で倒すような厳つい大男に仕上がるはずなのに……。
「冷たい眼差しがたまらないわ……!」
ええ、フリッツは無表情よね……。
「今日もフリッツ様は麗しくていらっしゃる!」
うん、顔は良いわね。同意せざるを得ない。
「ああ、あの王子様然とした物腰……!」
武人の家系ですので、フリッツも騎士の作法は完璧ですわ。だけど、王子様って、それは王家に対して不敬じゃないの? 大丈夫?
王立学院では、フリッツは大人気で『ファンクラブ』なるものができたり、『推し活女子』なる女性たちに囲まれたりしていた。
フリッツは子爵令息なのに、公爵家や侯爵家の令嬢からも様付けで呼ばれている。
「フリッツ様の婚約者の方は、幼馴染みなんですってよ。同じハイニー一族で……。おとなしそうな方よ」
わたくしの方も噂になっている。容姿に言及されないのは、わたくしが特別な美人でもかわいくもないからよ。ええ、わかっているわ……。
わたくしとフリッツは下位貴族のクラスに所属している。
上位貴族の令嬢たちは、フリッツを見るために教室をのぞきに来たりするのよ。
フリッツは令嬢たちになんて興味がないから、ちらりとも見ようとしない。
そんなフリッツの姿が、令嬢たちにとっては『クールビューティー』らしいのよね。『クールビューティー』とか、笑っちゃうからやめてほしいわ。そんな言葉、辺境では死語よ。
放課後は、わたくしとフリッツは図書室で勉強している。フリッツは放っておいたら、勉強しないでずっと鍛錬しているもの。
「フリッツ様、また婚約者の方の面倒を見ているわ」
なんて、噂になっている。
「わたくしが、フリッツに、勉強を教えているのよ!」
一度、あんまりイライラしたものだから、令嬢たちに叫んでやったことがあるわ。図書委員の男子から、「お静かに!」と注意されただけで終わったけどね……。
「わたくしが『成績優秀なフリッツ様』を作っているんですけど!?」
わたくしは何度か令嬢たちに向かって主張してみたところ、『フリッツ様の見栄っ張りな婚約者の方』という二つ名で呼ばれるようになってしまった。
そんなにフリッツって、頭が良さそうに見えるのかしら……。
うん、まあ、そう見ようと思えば、見えるけどね……。
「ルースと一緒なら、この問題もなんとか解けるな」
フリッツは、問題が解けると嬉しいらしくてね。ちょっと笑ったりするの。
そうすると、本棚の裏とか、近くの席から、令嬢たちのため息みたいな声が聞こえてくるのよ……。
「ありがとう、ルース」
なんて言って、フリッツはわたくしの両手を握ってきたりする。
わたくしはフリッツ相手に、顔が真っ赤になってしまうの。
「やっぱりルースと一緒がいいな」
ご機嫌なフリッツは、けっこうしゃべる。
フリッツはわたくしとの婚約に、とても満足しているようだった。
「わたくしはっ! 大変だけどねっ!」
きつい言い方になってしまっても、フリッツは「フッ」なんて小さく笑うだけよ。
とにかくフリッツは、とっても困った奴なのよ!
◇
思えば、王立学院に入学した当初の『ファンクラブ』だの『クールビューティー』だのと騒ぎになっていた頃は、まだ平和だったのよね。
雨季が去り、夏休みが終わって、落ち葉が舞い落ちる頃。
フリッツの身体つきが、以前よりもたくましくなってきたの。
それでもまだ、レッサードラゴンを素手で倒せるほどではなくて、わたくしから見るとヒョロヒョロだったんだけど……。
「なんだか頼もしくなられて……!」
「背も伸びて、より一層、素敵になられたわ!」
令嬢たちは大盛り上がりよ。
どうもフリッツの魅力が、ものすごくアップしてしまったみたいなの。
……一学年上の第三王女殿下からも、目をつけられるくらいにね。
第一王女殿下と第二王女殿下は、すでに隣国の王家に嫁いでおられた。だから、第三王女殿下は、国内の貴族に降嫁されるだろうと言われていたの。
だけど、子爵家の次男はないわよ……。
「ねえ、フリッツ、騎士になりたいのよね?」
自ら下位貴族の教室まで来た第三王女殿下は、甘い笑みを浮かべてフリッツを見上げた。
金髪を縦に巻き、瞳は青い。王族らしい美しいお顔の王女殿下よ。
「別に……」
フリッツは『辺境の防壁』ハイニー一族よ。なりたい、なりたくない以前に、生まれた時から騎士になる定めの男。
騎士になりたいかどうかなんて、考えたこともないと思うわ。
「そんなに警戒しないでちょうだい」
ちなみに、このやり取りは、教室の出入口で行われている。
フリッツは教室、第三王女殿下は廊下に立っている。
二人はみんなの出入りの妨げになっていた。
もう一つある出入口は、混雑状態よ。
「なんの用でしょう?」
フリッツなりに話を早く終わらせようとしているのが感じられて、わたくしは少し感動してしまった。フリッツもだいぶ成長したわ!
「フリッツ、今日の昼食は、わたくしと中庭で食べなさい」
「ルースも一緒ですか?」
「やだわ、フリッツったら、なにを言っているの? わたくしとあなた、二人でに決まっているじゃないの」
第三王女殿下は、まるで馬鹿にしているみたいな笑い声を上げた。
――婚約者のいるフリッツを、単独で昼食に誘っている。
教室が、しん、と静まり返った。
「自信がありません」
フリッツは正直者なので、マナーなどの面に不安があることを打ち明けた。
「わたくしが守ってあげる。なにも心配いらないわ」
心配しかない。なにから守るつもりなの……。
「第三王女殿下……」
「レオポルディーネと呼んでちょうだい」
「え……?」
フリッツは覚えられなかったみたいだわ! もう二回くらい教えてあげてほしい。魔獣討伐のための包囲陣形なら、一発で覚えられるんだけどね……。興味がないことは、なかなか覚えられないのよ。
「レオポルディーネ殿下よ」
わたくしはフリッツのところに行って教えてあげた。呼び間違って不敬とか言い出されたら、いよいよ面倒なことになってしまうもの!
「レオポルディーネ殿下か」
「そうよ、レオポルディーネ殿下よ」
フリッツは覚えられたようで、わたくしに笑いかけた。教室のみんなが、フリッツの笑顔にざわついた。フリッツは滅多に笑わないからね。
「あら、あなた、なにしゃしゃり出てきているの。わたくしがフリッツと話をしているのよ」
「いつもありがとう、ルース。助かっている。レオポルディーネ殿下、覚えた」
「いいのよ」
わたくしもフリッツに笑い返した。これで『王女殿下の名前を呼び間違う』という不敬を回避できたわ。ふー、危ない危ない。
……あら? レオポルディーネ殿下ったら、なにか言っていたかしら?
「レオポルディーネ殿下、昼食は婚約者であるルースと食べます」
フリッツはきちんと断った。
「フリッツったら、そんな女に遠慮しないでいいのよ」
レオポルディーネ殿下は、フリッツの胸板をそっとなでた。
フリッツが華麗にその手を叩き落とす。
「くすぐったいです」
「あら、そんなに恥ずかしがることないのに」
痴女なの……? この国の第三王女殿下は痴女なの……?
「くすぐったかったのです」
「そういうことにしておいてあげるわ」
レオポルディーネ殿下は勝ち誇ったように笑った。なにを思ったのか、想像もつかないわ……。
「わたくしはフリッツの婚約者です。フリッツを誘惑するのは、やめていただきたい」
わたくしはレオポルディーネ殿下に、はっきりと伝えた。
この方の態度をを見て、どうするか決めるわ。
わたくしは『辺境の防壁』ハイニー一族の次代を担う者。
もしもの時には、我が一族と配下の者たちは、この国と王家のために、命を賭けて戦場で戦うの。
第三王女殿下は、わたくしをただの男爵家の跡取り娘だと思っているでしょうけれど……。
「お黙りなさい!」
レオポルディーネ殿下がわたくしを叩こうとした。けれど、わたくしは、レオポルディーネ殿下の手首をつかんで止めてやった。
「見苦しい」
フリッツが感想を言う。フリッツはマイペースなのよ……。
「なんですって!?」
レオポルディーネ殿下はフリッツを睨みつけた。
いろいろと淑女にあるまじき行いね。
だけど、もうなにも言うまい。
わたくしには、もうわかったもの。
自分の役目がなんだったのか……。
◇
わたくしはフリッツを連れて早退した。
王立学院には半年ほどしか通っていないから、私物なんてほとんど持ち込んでいなかった。
わたくしはハイニー一族の男爵家次期当主夫人の権限で、公爵家の使用人たちに荷造りの指示を出した。
同時に、王宮に使者を出して、公爵に『フリッツが大怪我をしたから帰ってきてほしい』と伝えさせた。
お茶会に行っている公爵夫人の元にも、わたくしが大怪我をしたと伝えさせた。
ハイニー一族の者が、王都のような平和な場所で大怪我なんてするわけがない。
これでなにかが起きたとわかるだろう。
公爵家の騎士たち数人に手紙を持たせて、一足先に辺境へと送り出す。これで辺境にいるハイニー一族も、準備に入ってくれるだろう。
公爵夫妻が館に戻ってくると、わたくしは王立学院での出来事を伝えた。
「第三王女殿下は、戦争を始めた国王陛下と同じくらい、なってなかったわ」
わたくしがそう話を締めくくると、公爵夫妻は満足そうにうなずいた。
ハイニー一族は、今回の件を通して、わたくしとフリッツがハイニー男爵家を率いていける器か試したかったのよね。舐めたことしてくれるわ。
執事が、荷造りが済んで出発できることを伝えてきた。
「こうなるだろうと思って、前から準備していたのだ」
という公爵の言葉に、わたくしは苦く笑った。
ハイニー一族は、わたくしとフリッツを王立学院に入学させて、第三王女殿下の様子を見て、王族の矯正具合も判断したかった。つまり、そういうことよね。
結果、第三王女殿下はフリッツという『クールビューティー』を誘惑し始めた。
フリッツには、わたくしという婚約者がいるというのに。
終いには、わたくしからフリッツを奪い取りそうな勢いだったわ。
相手のことなんてお構いなしで、自分のしたいようにしていた。
我が国の王家は、国王陛下がモフール王国の国王陛下をモフモフしようとした頃と、なにも変わっていなかったわ。
◇
わたくしたちは公爵家の王都のタウンハウスを捨てて、辺境へと旅立った。
他のハイニー一族と合流したのは、辺境の前線だった場所よ。
我が国とモフール王国の前線司令官が、わたくしたちを並んで出迎えてくれた。
「戦っているフリも、だいぶダルくなってきていたので……。良かったですよ」
などと、二人はゆるく語っていた。
十年も下らない理由で戦わされたらね……。誰だって嫌になっちゃうわよ……。
モフール王国の国王陛下が、わざわざ前線まで来てくださっていた。
「ハイニー一族、歓迎するぞ!」
頭だけ獅子の国王陛下が、両腕を広げておっしゃった。
王妃殿下の頭は、真っ白な猫ちゃんよ。
モフール王国側の前線司令官は、黒い牛。彼は、別名をミノタウロスっていうらしいわね。
こうして『辺境の防壁』ハイニー一族は、モフール王国側の防壁になったの。
わたくしとフリッツは、モフール王国の王立学院に転入して、王太子殿下と仲良くなったりしながら、なんとか無事に卒業したわ。
わたくしが卒業パーティーで、フリッツから婚約破棄されるなんていうこともなかった。
卒業後、わたくしとフリッツはすぐに結婚。
フリッツは王太子殿下の側近となり、わたくしはハイニー男爵家を切り盛りするようになったの。
フリッツは王太子殿下の近衛騎士ではなく、秀才ぶりを買われて政務補佐官になったのよ。
フリッツは王立学院の図書室で、わたくしと一緒に勉強をしたのが、とっても楽しかったらしいの。勉強に多くの時間を割いたから、わたくしの予想していたような、ハイニー一族らしい厳つい大男には仕上がらなかったわ。
そうこうしているうちに、先代の獅子頭の国王陛下が、ついに『敵国』を打ち負かして併合したの。終戦と同時に、国王陛下は「戦争になった原因は、自分にもあった」とおっしゃって退位された。
『敵国』の国王は処刑され、第三王女は行方不明らしいわ。
フリッツは今の虎頭の国王陛下と共に、戦後処理に追われている。国王陛下のご即位と同時に、この国の宰相になったのよ。
「みんなルースのおかげだ」
と、わたくしはフリッツから感謝されている。
最近では、フリッツったら、すぐに「愛してる」とか言ってくるのよ。
いつだって、わたくしには蕩けるように甘いばかりなの。
『氷の宰相様』
なんて呼ばれているのにね。




