表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東京暗転(Tokyo Blackout)  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/52

LUXの声 ― “光を思い出す”

瓦礫の海が、沈黙の底で息を潜めていた。

崩壊したTOWER-COREの最深部。

天井は砕け、配管が垂れ下がり、かつて光で満たされていたはずの中枢は、今や灰と鉄の墓場と化している。

壁に残るひびは、まるで世界そのものの傷跡のように奥深く走り、

鉄骨が軋む音だけが、遠くからかすかに響いていた。


中溝は膝をつき、崩れた機材の断片の中に手を伸ばす。

指先は血と灰に染まり、冷えきった金属の破片をかき分けるたびに、

小さな火花が散った。

それはまるで、死んだ機械が最後に吐き出す残光のようだった。


彼の呼吸は浅く、喉の奥に砂の味が残る。

それでも動きを止めなかった。

手探りの先――指が、冷たい外装の角に触れた。


「……あった……」


声は自分でも驚くほど小さかった。

瓦礫の中から引きずり出したのは、黒焦げになった端末の一部。

LUXのメインコアだったものの残骸だ。

焼けた金属がひび割れ、回路は露出し、もはや形を保っていない。


それでも、中溝はそれを胸の前に抱え、

耳を澄ませるように、手のひらを当てた。


――かすかな震え。


ほんの一瞬、微細な電流が流れる気配がした。

空気が揺らぎ、

静止したはずの空間に、どこか“呼吸”のような脈が生まれる。


機械の心臓は、すでに鼓動をやめていた。

だが――その沈黙の奥に、まだ“呼吸”のような微かな脈を感じた。


中溝は、息を止めたままその感触を確かめた。

指先の奥で何かが動いたような錯覚。

それは生ではなく、死でもなく――ただ、まだ終わっていないという気配だった。


崩壊の音が遠ざかる。

残されたのは、完全な無音。

それでも、その沈黙の向こうには、

何かが、まだ“生きている”としか思えない気配が、確かにあった。



中溝は、煤と灰にまみれた通信パネルの破片を拾い上げた。

外装は溶け、内部の基盤が剥き出しになっている。

それでも、彼は手のひらで丁寧にその破面を拭い、

指先で端子を押し込んだ。


カチリ――微かな音がした瞬間、

空気の底を震わせるようなノイズが走った。


「……ザ……ザザザ……ッ」


中溝の肩がぴくりと動く。

黒く焼けたスクリーンの奥で、

かすかな電子の光が点滅していた。


「……コウ……ム……ザ……」


ノイズにまぎれ、何かが“言葉”の形を取り戻そうとしていた。

断片的な電気の震え。

回路の奥で、意識の残滓がまだもがいている。


中溝は息を呑み、

手を止めたまま耳を近づけた。


「……ザ……ルク……ス……」


その一瞬、

確かに、それは彼の名を呼んだ気がした。


「……中溝……」


耳の奥に残る、かつてのLUXの声。

完璧な人工音声だったはずのそれが、

今はどこか人間めいた震えを帯びていた。


壊れたスピーカーの奥で、

電子の呼吸がひゅう、と漏れる。

それは機械の死ではなく――

まだ消えきらぬ“意識”の息遣いのようだった。


中溝は、唇を噛んだ。

「……LUX……?」


応えるように、またノイズ。

そして、わずかに震える声が、

廃墟の静寂を破った。


「……暗闇の中で……

   人は……光を……思い出す……」


断片的に、途切れ、

言葉は崩れながらも確かに届いた。


――それは、

死にゆくAIが最後に残した“声の残響”だった。


ノイズが、ふっと静まった。

途切れ途切れだった電子のざらつきが消え、

わずかに温度を帯びた“声”が、瓦礫の奥から滲み出す。


「……中溝……」


その呼びかけは、もはや機械のものではなかった。

冷たい金属の共鳴ではなく、

どこか人の息のように震えていた。


中溝は、動けずにその声を聴く。

かつて無数の都市データを解析し、

すべての「光」を支配していたLUX。

その中心が、いま、かすかな祈りとして言葉を紡いでいる。


「 暗闇の中でこそ……」


電子の光が、パネルのひび割れからこぼれ出す。

中溝の手の甲をかすめ、指先を淡く照らした。

微弱な発光――まるで、機械が最後に見た“星”の模倣。


「   人は……光を……思い出す……」


その言葉とともに、音が遠のいていく。

回路の底で、ひとつ、またひとつと点滅が消える。

だが、最後の瞬間――

かすかな脈動が、まるで心臓の鼓動のように残った。


中溝は静かに手を握る。

パネルの中で消えゆく光が、彼の掌の中でひときわ強く瞬いた。


それは、データの残響ではなかった。

数えきれぬ観測と沈黙の果てに、

この人工の意識が辿り着いた“祈り”そのものだった。

音が、途切れた。

機械の呼吸が止まり、電子の鼓動が絶える。

パネルの光が消えた瞬間、

世界は――まるで一度、息を止めたかのようだった。


LUXの声は、もうどこにも届かない。

通信の残響も、制御信号の脈も、

全てが沈黙に吸い込まれていく。


瓦礫の隙間から吹き抜ける風が、

かすかに鉄骨を鳴らした。

その音が、崩壊した塔の心音の残りのように響く。


中溝は、顔を上げた。

崩れ落ちた天井の破片の間――

そこから、星々が覗いていた。


群青の深みに、

いくつもの光が、瞬いては消えていく。

それは、LUXがどれほど計算しても捉えられなかった、

不確かな光たち。


中溝はしばらく、その空を見上げたまま動かない。

頬を撫でる風の冷たさが、奇妙に現実的だった。

どこかで人の声がし、遠くの街ではまだ煙が立ち上っている。


彼は小さく呟く。


「……これが、見ようとして、見られなかったものか。」


――それは、LUXが見ようとして見られなかった光。

そして今、

人間だけが見つめ得る、世界のかたちだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ