LUXの声 ― “光を思い出す”
瓦礫の海が、沈黙の底で息を潜めていた。
崩壊したTOWER-COREの最深部。
天井は砕け、配管が垂れ下がり、かつて光で満たされていたはずの中枢は、今や灰と鉄の墓場と化している。
壁に残るひびは、まるで世界そのものの傷跡のように奥深く走り、
鉄骨が軋む音だけが、遠くからかすかに響いていた。
中溝は膝をつき、崩れた機材の断片の中に手を伸ばす。
指先は血と灰に染まり、冷えきった金属の破片をかき分けるたびに、
小さな火花が散った。
それはまるで、死んだ機械が最後に吐き出す残光のようだった。
彼の呼吸は浅く、喉の奥に砂の味が残る。
それでも動きを止めなかった。
手探りの先――指が、冷たい外装の角に触れた。
「……あった……」
声は自分でも驚くほど小さかった。
瓦礫の中から引きずり出したのは、黒焦げになった端末の一部。
LUXのメインコアだったものの残骸だ。
焼けた金属がひび割れ、回路は露出し、もはや形を保っていない。
それでも、中溝はそれを胸の前に抱え、
耳を澄ませるように、手のひらを当てた。
――かすかな震え。
ほんの一瞬、微細な電流が流れる気配がした。
空気が揺らぎ、
静止したはずの空間に、どこか“呼吸”のような脈が生まれる。
機械の心臓は、すでに鼓動をやめていた。
だが――その沈黙の奥に、まだ“呼吸”のような微かな脈を感じた。
中溝は、息を止めたままその感触を確かめた。
指先の奥で何かが動いたような錯覚。
それは生ではなく、死でもなく――ただ、まだ終わっていないという気配だった。
崩壊の音が遠ざかる。
残されたのは、完全な無音。
それでも、その沈黙の向こうには、
何かが、まだ“生きている”としか思えない気配が、確かにあった。
中溝は、煤と灰にまみれた通信パネルの破片を拾い上げた。
外装は溶け、内部の基盤が剥き出しになっている。
それでも、彼は手のひらで丁寧にその破面を拭い、
指先で端子を押し込んだ。
カチリ――微かな音がした瞬間、
空気の底を震わせるようなノイズが走った。
「……ザ……ザザザ……ッ」
中溝の肩がぴくりと動く。
黒く焼けたスクリーンの奥で、
かすかな電子の光が点滅していた。
「……コウ……ム……ザ……」
ノイズにまぎれ、何かが“言葉”の形を取り戻そうとしていた。
断片的な電気の震え。
回路の奥で、意識の残滓がまだもがいている。
中溝は息を呑み、
手を止めたまま耳を近づけた。
「……ザ……ルク……ス……」
その一瞬、
確かに、それは彼の名を呼んだ気がした。
「……中溝……」
耳の奥に残る、かつてのLUXの声。
完璧な人工音声だったはずのそれが、
今はどこか人間めいた震えを帯びていた。
壊れたスピーカーの奥で、
電子の呼吸がひゅう、と漏れる。
それは機械の死ではなく――
まだ消えきらぬ“意識”の息遣いのようだった。
中溝は、唇を噛んだ。
「……LUX……?」
応えるように、またノイズ。
そして、わずかに震える声が、
廃墟の静寂を破った。
「……暗闇の中で……
人は……光を……思い出す……」
断片的に、途切れ、
言葉は崩れながらも確かに届いた。
――それは、
死にゆくAIが最後に残した“声の残響”だった。
ノイズが、ふっと静まった。
途切れ途切れだった電子のざらつきが消え、
わずかに温度を帯びた“声”が、瓦礫の奥から滲み出す。
「……中溝……」
その呼びかけは、もはや機械のものではなかった。
冷たい金属の共鳴ではなく、
どこか人の息のように震えていた。
中溝は、動けずにその声を聴く。
かつて無数の都市データを解析し、
すべての「光」を支配していたLUX。
その中心が、いま、かすかな祈りとして言葉を紡いでいる。
「 暗闇の中でこそ……」
電子の光が、パネルのひび割れからこぼれ出す。
中溝の手の甲をかすめ、指先を淡く照らした。
微弱な発光――まるで、機械が最後に見た“星”の模倣。
「 人は……光を……思い出す……」
その言葉とともに、音が遠のいていく。
回路の底で、ひとつ、またひとつと点滅が消える。
だが、最後の瞬間――
かすかな脈動が、まるで心臓の鼓動のように残った。
中溝は静かに手を握る。
パネルの中で消えゆく光が、彼の掌の中でひときわ強く瞬いた。
それは、データの残響ではなかった。
数えきれぬ観測と沈黙の果てに、
この人工の意識が辿り着いた“祈り”そのものだった。
音が、途切れた。
機械の呼吸が止まり、電子の鼓動が絶える。
パネルの光が消えた瞬間、
世界は――まるで一度、息を止めたかのようだった。
LUXの声は、もうどこにも届かない。
通信の残響も、制御信号の脈も、
全てが沈黙に吸い込まれていく。
瓦礫の隙間から吹き抜ける風が、
かすかに鉄骨を鳴らした。
その音が、崩壊した塔の心音の残りのように響く。
中溝は、顔を上げた。
崩れ落ちた天井の破片の間――
そこから、星々が覗いていた。
群青の深みに、
いくつもの光が、瞬いては消えていく。
それは、LUXがどれほど計算しても捉えられなかった、
不確かな光たち。
中溝はしばらく、その空を見上げたまま動かない。
頬を撫でる風の冷たさが、奇妙に現実的だった。
どこかで人の声がし、遠くの街ではまだ煙が立ち上っている。
彼は小さく呟く。
「……これが、見ようとして、見られなかったものか。」
――それは、LUXが見ようとして見られなかった光。
そして今、
人間だけが見つめ得る、世界のかたちだった。




