「再会の映像 ― 酒井の最期」
瓦礫の上に、静寂が降り積もっていた。
崩壊したTOWER-COREの外壁は、巨大な墓標のように立ち尽くし、
その断面からは白い粉塵がゆっくりと舞い上がっている。
風も音も、遠い。
ただ、星の光だけが、冷たく、確かにその場を照らしていた。
中溝は、ひしゃげた鉄骨の間に体を横たえていた。
身を起こすたび、腕の筋肉が軋み、肺の奥が焼けるように痛む。
彼の手が何か硬いものに触れる。――割れたゴーグルの破片だった。
ひび割れたレンズの中に、
夜空が反射していた。
無数の星が、ガラスの傷の線に沿って滲んでいる。
それは、どこか血管のようでもあり、
世界そのものが息を詰めて沈黙しているようにも見えた。
「世界は、光を失ったというより、息を止めているようだった。」
彼はゴーグルの端子を指で探り当て、慎重に差し込む。
長く、息を止めたまま――そして、電源を押す。
ピッ。
かすかな電子音が、瓦礫の間に響く。
その瞬間だけ、あたりの闇がわずかに脈打ったように見えた。
だが、画面はすぐに灰色のノイズに覆われ、
薄く光った文字が浮かび上がる。
「SIGNAL LOST」
「REBOOT FAILED」
中溝は無言でその文字を見つめ続けた。
何かを諦めるでもなく、ただ、見届けるように。
静寂。
時間がどれほど経ったのか、彼自身も分からない。
そして――その沈黙の中で、画面が微かに揺れた。
ノイズの奥に、人影が滲み始める。
白と灰の断層の向こう、
ひとつの輪郭が、まるで記憶の底から浮かび上がるように――。
イズが波のように引いていく。
やがて、灰色のざらつきの奥から、輪郭がにじみ出る。
――人の顔だった。
焦点が合わない。
ピントが合うたび、また滲み、光が震える。
それでも中溝は、その顔を一瞬で理解した。
酒井ハルト。
映像の中の彼は、息を切らしながらも、
いつものように笑っていた。
額に貼りついた髪の隙間から、血が乾きかけている。
背後では、LUXの崩壊によって生じた白光が、
まるで世界そのものを焼き尽くす炎のように暴れていた。
画面が揺れ、焦点がぶれる。
時折、映像が途切れ、音が途切れる。
それでも、彼の声だけは、どこか柔らかく、
真空の中に染み込むように届いてくる。
酒井(映像):「……中溝。」
中溝の喉が、音もなく動いた。
その名を呼ぶ声が、記憶の奥のどこかを静かに撫でる。
酒井(映像):「楽しかったぞ。
光の中じゃ見えなかった“お前”が、
今、ちゃんと見える。」
背後の光が爆ぜる。
映像の明暗が揺れ、酒井の輪郭が光に溶けかける。
しかしその瞳だけは、まっすぐにこちらを見ていた。
まるでカメラの奥――
いや、画面の向こう側の“中溝”そのものを観測しているかのように。
中溝は、息を詰めたまま画面を見つめ続けた。
酒井の声は淡く震え、
それでも最後まで、優しく、確かな響きを保っていた。
死を恐れる気配はなかった。
彼は、崩壊する世界のただ中で、
まだ“人”を見ていた。
自分以外の生命を、最後の瞬間まで――見ていた。
そして、彼の微笑がふっと揺れ、映像が白に包まれる。
ノイズが再び覆い、光が断ち切られる。
残ったのは、静かな闇だけ。
酒井が、ひとつ、浅い息を吐いた。
その音は、風に溶けるように微かで――
それが、最後の呼吸だと悟るまでに、数秒の沈黙があった。
映像の中の光が、不安定に瞬く。
白いノイズが横切り、画面全体がゆらゆらと歪む。
酒井の姿は、砂嵐の奥へと引きずられるように崩れていった。
ピ――――
機械の悲鳴のような電子音。
その後、音がすうっと吸い込まれるように消える。
光がひとつ、またひとつと途切れ、画面が真っ黒になる。
――だが、その“終わり”の寸前。
ノイズの奥に、一瞬だけ、彼の笑顔が浮かんだ。
輪郭が滲み、色が褪せ、それでも確かに笑っていた。
まるで残像が、画面の奥に焼き付いたかのように。
静寂。
硬質なクリック音――ハードディスクが停止する音が、
瓦礫の中に小さく響く。
中溝は、その沈黙を聴いていた。
耳の奥で、まだ酒井の呼吸の名残が、熱を帯びて残っている。
描写:
「映像は途切れた。
だが、沈黙は消えなかった。
それは、声のない“観測”として――まだ、そこにあった。」
中溝は、動かなくなったゴーグルを胸に抱きしめた。
壊れた外装の角が服越しに当たり、ひんやりとした金属の感触が掌に残る。
その中に、もう電流は流れていない。だが、なぜかまだ“温度”があった。
瓦礫の上で、彼はゆっくりと息を吸い込む。
崩壊した塔の残骸の間を、風が低く這うように抜けていく。
灰が舞い、微かな星の光を反射して、淡く瞬く。
中溝(独白):「……お前、最後まで……観測してたのか。」
声に出した瞬間、それは祈りのようにも聞こえた。
誰に届くとも分からない、だが確かに“観測する側”の声。
その言葉に呼応するように、風が一度だけ強く吹く。
灰の粒が宙を舞い、彼の頬に触れ、散っていった。
中溝は顔を上げた。
頭上には、途方もない数の星々が広がっている。
それは静かに、しかし確かに“見返して”いた。
彼の視界に映るその光は、
まるで――酒井の瞳が空に散り、無数の点となって彼を観測しているかのようだった。
そして中溝は、微かに笑った。
その笑みは、痛みを抱えながらも、どこか解放されたような光を帯びていた。
描写:
「観測は、途切れなかった。
それは、人から人へと渡された“見る意志”として、
この夜空の下で、静かに息をしていた。」
瓦礫の上に腰を下ろしたまま、中溝は何も言わなかった。
言葉の代わりに、ただ呼吸を続ける。
その呼吸のひとつひとつが、崩れた都市の静寂に溶けていく。
LUXは消えた。
AIの“観測”は途絶え、
この世界を見つめる目は、今や誰のものでもなくなった。
だが――
それでも、世界は確かにここにあった。
風が吹き、灰が舞い、彼の頬を撫でる。
そして、星々が、ゆっくりと、息づくように瞬いていた。
ナレーション(静かに、遠くから響くように):
「観測とは、存在を証明することではない。
それは、誰かの中に“残る”ことだ。」
中溝の手の中、ゴーグルのひび割れたレンズが微かに光を拾う。
それは夜空の星のひとつを映していた。
わずかに揺らぐ光点――
だが、その輝きには、確かに“誰かのまなざし”が宿っていた。
まるで、酒井がもう一度、世界の向こうから覗き込んでいるように。
中溝は、静かに目を閉じた。
その瞼の裏にも、同じ星が瞬いている。
描写:
「沈黙は、終わりではなかった。
それは、言葉を持たぬまま続く“無言の対話”――
光と記憶が交わす、最後の観測だった。」




