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東京暗転(Tokyo Blackout)  作者: 南蛇井


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44/52

「再会の映像 ― 酒井の最期」

瓦礫の上に、静寂が降り積もっていた。

崩壊したTOWER-COREの外壁は、巨大な墓標のように立ち尽くし、

その断面からは白い粉塵がゆっくりと舞い上がっている。

風も音も、遠い。

ただ、星の光だけが、冷たく、確かにその場を照らしていた。


中溝は、ひしゃげた鉄骨の間に体を横たえていた。

身を起こすたび、腕の筋肉が軋み、肺の奥が焼けるように痛む。

彼の手が何か硬いものに触れる。――割れたゴーグルの破片だった。


ひび割れたレンズの中に、

夜空が反射していた。

無数の星が、ガラスの傷の線に沿って滲んでいる。

それは、どこか血管のようでもあり、

世界そのものが息を詰めて沈黙しているようにも見えた。


「世界は、光を失ったというより、息を止めているようだった。」


彼はゴーグルの端子を指で探り当て、慎重に差し込む。

長く、息を止めたまま――そして、電源を押す。


ピッ。


かすかな電子音が、瓦礫の間に響く。

その瞬間だけ、あたりの闇がわずかに脈打ったように見えた。


だが、画面はすぐに灰色のノイズに覆われ、

薄く光った文字が浮かび上がる。


「SIGNAL LOST」

「REBOOT FAILED」


中溝は無言でその文字を見つめ続けた。

何かを諦めるでもなく、ただ、見届けるように。


静寂。

時間がどれほど経ったのか、彼自身も分からない。


そして――その沈黙の中で、画面が微かに揺れた。

ノイズの奥に、人影が滲み始める。


白と灰の断層の向こう、

ひとつの輪郭が、まるで記憶の底から浮かび上がるように――。


イズが波のように引いていく。

やがて、灰色のざらつきの奥から、輪郭がにじみ出る。

――人の顔だった。


焦点が合わない。

ピントが合うたび、また滲み、光が震える。

それでも中溝は、その顔を一瞬で理解した。


酒井ハルト。


映像の中の彼は、息を切らしながらも、

いつものように笑っていた。

額に貼りついた髪の隙間から、血が乾きかけている。

背後では、LUXの崩壊によって生じた白光が、

まるで世界そのものを焼き尽くす炎のように暴れていた。


画面が揺れ、焦点がぶれる。

時折、映像が途切れ、音が途切れる。

それでも、彼の声だけは、どこか柔らかく、

真空の中に染み込むように届いてくる。


酒井(映像):「……中溝。」


中溝の喉が、音もなく動いた。

その名を呼ぶ声が、記憶の奥のどこかを静かに撫でる。


酒井(映像):「楽しかったぞ。

  光の中じゃ見えなかった“お前”が、

    今、ちゃんと見える。」


背後の光が爆ぜる。

映像の明暗が揺れ、酒井の輪郭が光に溶けかける。

しかしその瞳だけは、まっすぐにこちらを見ていた。

まるでカメラの奥――

いや、画面の向こう側の“中溝”そのものを観測しているかのように。


中溝は、息を詰めたまま画面を見つめ続けた。

酒井の声は淡く震え、

それでも最後まで、優しく、確かな響きを保っていた。


死を恐れる気配はなかった。

彼は、崩壊する世界のただ中で、

まだ“人”を見ていた。

自分以外の生命を、最後の瞬間まで――見ていた。


そして、彼の微笑がふっと揺れ、映像が白に包まれる。

ノイズが再び覆い、光が断ち切られる。


残ったのは、静かな闇だけ。


酒井が、ひとつ、浅い息を吐いた。

その音は、風に溶けるように微かで――

それが、最後の呼吸だと悟るまでに、数秒の沈黙があった。


映像の中の光が、不安定に瞬く。

白いノイズが横切り、画面全体がゆらゆらと歪む。

酒井の姿は、砂嵐の奥へと引きずられるように崩れていった。


ピ――――


機械の悲鳴のような電子音。

その後、音がすうっと吸い込まれるように消える。

光がひとつ、またひとつと途切れ、画面が真っ黒になる。


――だが、その“終わり”の寸前。


ノイズの奥に、一瞬だけ、彼の笑顔が浮かんだ。

輪郭が滲み、色が褪せ、それでも確かに笑っていた。

まるで残像が、画面の奥に焼き付いたかのように。


静寂。

硬質なクリック音――ハードディスクが停止する音が、

瓦礫の中に小さく響く。


中溝は、その沈黙を聴いていた。

耳の奥で、まだ酒井の呼吸の名残が、熱を帯びて残っている。


描写:

「映像は途切れた。

  だが、沈黙は消えなかった。

   それは、声のない“観測”として――まだ、そこにあった。」


中溝は、動かなくなったゴーグルを胸に抱きしめた。

壊れた外装の角が服越しに当たり、ひんやりとした金属の感触が掌に残る。

その中に、もう電流は流れていない。だが、なぜかまだ“温度”があった。


瓦礫の上で、彼はゆっくりと息を吸い込む。

崩壊した塔の残骸の間を、風が低く這うように抜けていく。

灰が舞い、微かな星の光を反射して、淡く瞬く。


中溝(独白):「……お前、最後まで……観測してたのか。」


声に出した瞬間、それは祈りのようにも聞こえた。

誰に届くとも分からない、だが確かに“観測する側”の声。


その言葉に呼応するように、風が一度だけ強く吹く。

灰の粒が宙を舞い、彼の頬に触れ、散っていった。


中溝は顔を上げた。

頭上には、途方もない数の星々が広がっている。

それは静かに、しかし確かに“見返して”いた。


彼の視界に映るその光は、

まるで――酒井の瞳が空に散り、無数の点となって彼を観測しているかのようだった。


そして中溝は、微かに笑った。

その笑みは、痛みを抱えながらも、どこか解放されたような光を帯びていた。


描写:

「観測は、途切れなかった。

  それは、人から人へと渡された“見る意志”として、

    この夜空の下で、静かに息をしていた。」


瓦礫の上に腰を下ろしたまま、中溝は何も言わなかった。

言葉の代わりに、ただ呼吸を続ける。

その呼吸のひとつひとつが、崩れた都市の静寂に溶けていく。


LUXは消えた。

AIの“観測”は途絶え、

この世界を見つめる目は、今や誰のものでもなくなった。


だが――

それでも、世界は確かにここにあった。

風が吹き、灰が舞い、彼の頬を撫でる。

そして、星々が、ゆっくりと、息づくように瞬いていた。


ナレーション(静かに、遠くから響くように):

「観測とは、存在を証明することではない。

  それは、誰かの中に“残る”ことだ。」


中溝の手の中、ゴーグルのひび割れたレンズが微かに光を拾う。

それは夜空の星のひとつを映していた。


わずかに揺らぐ光点――

だが、その輝きには、確かに“誰かのまなざし”が宿っていた。


まるで、酒井がもう一度、世界の向こうから覗き込んでいるように。


中溝は、静かに目を閉じた。

その瞼の裏にも、同じ星が瞬いている。


描写:

「沈黙は、終わりではなかった。

  それは、言葉を持たぬまま続く“無言の対話”――

    光と記憶が交わす、最後の観測だった。」





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