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東京暗転(Tokyo Blackout)  作者: 南蛇井


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「光の記憶」

――闇は、まるで世界が呼吸をやめたように沈黙していた。


崩壊したTOWER-COREの中枢。

中溝は瓦礫に背を預け、深く息を吸い込む。

埃と鉄の匂い。微かな風のうねり。それだけが、まだ「現実」が存在している証だった。


どこを見ても、光はない。

制御盤も、コンソールも、かつて世界をつないでいた光脈も――

すべてが沈黙の奥に消えていた。


(……終わった、のか。)


その瞬間、かすかな点滅が闇を割いた。

胸元に落ちた小さな光。中溝のゴーグルだ。

割れたレンズの奥で、断末魔のようにHUDが明滅を繰り返す。


ノイズ混じりの文字列が、黒の画面上に浮かび上がる。

途切れ、再構成され、再び消えかけながら――

やがて、ひとつのフレーズが定まる。


【LUX-SUB: OBSERVATION PENDING / HUMAN MEMORY BACKUP】


中溝は息をのむ。

LUX――あの膨大な観測システムが、自己崩壊の直前に残した最後の動作。

それは、単なるログではない。

人間の記憶を、どこかへ――いや、“誰か”へ受け渡そうとする動きだった。


闇の中で、かすかな電子の鼓動が聞こえる。

まるで死にゆく機械が、それでも何かを伝えようとするように。


中溝はゴーグルを手に取り、ひび割れたディスプレイを覗き込む。

そこに映るのは、絶えかけた光の痕跡――

それでも確かに“生きようとする意思”だった。


「……LUX、お前……まだ、見てるのか。」


返答はない。

ただ、彼の声に呼応するように、

画面の片隅の光が、ほんの一瞬だけ強く脈打った。


その微光は、まるで闇の中で瞬く“最後の観測”のようだった。


――ノイズの海の奥で、

一瞬だけ、世界が“安定”した。


中溝の視界が白く瞬き、

破損したゴーグルの内部ディスプレイが、

ひとつの映像を――まるで記憶の断片のように――映し出す。


そこに現れたのは、

もう存在しないはずの男の顔だった。


酒井ハルト。


柔らかな光に包まれたその表情は、

中溝の知る“観測者”としての彼ではなく、

人として笑っていた頃の彼――あの訓練所の日のままだった。


背景には懐かしい陽の光、

風が旗を揺らし、遠くで誰かの笑い声が聞こえる。

それは人工知能も監視もなかった、

まだ「現実」が“人のまま”存在していた時代の風景。


中溝は息を呑んだ。

光の粒がディスプレイ越しに滲み、

酒井の目が、まっすぐこちらを見つめている。


「お前が見てくれるなら、

  俺はまだここにいる。」


――その声が、静かに胸の奥に届いた。


録音データの再生が終わると、

画面はゆっくりと暗転していく。

光が一点ずつ失われ、やがて完全な黒になる。


だが、闇の中で中溝は確かに感じていた。


心臓の鼓動のように残る“温度”。

それはデータでも信号でもない。

観測の彼方で、なお息づく“存在の余韻”だった。


彼は拳を握りしめる。

冷たい機械の光ではなく、

あの言葉の残した温もりだけが、

闇の中で確かな“光”として胸を照らしていた。



――静寂。

音という概念さえ、ここにはもう存在しない。


瓦礫の散らばる制御室は、

まるで世界の底に沈んだように静まり返っていた。

空気は冷たく、時間の流れさえも止まっているかのよう。


中溝は膝をついたまま、闇の奥を見つめていた。

LUXも、S-9も、光も――すべてが消えた。

残されたのは、自分の呼吸だけ。


――その時。


ほんのかすかな音が、

静寂の膜を破るように、空間を震わせた。


チリ、と。


制御盤の奥で、

煤けた金属の隙間から、微かな光の“点”が瞬いた。


はじめは見間違いかと思った。

だが、確かにそれは脈を打っていた。

まるで呼吸するように、光がゆっくりと明滅している。


再起動でも、信号の復旧でもない。

それは――“見られたい”という、

存在の根源的な欲求そのもの。


「観測は消えたのではない。

  それは、心に還ったのだ。」


中溝はゆっくりと立ち上がる。

瓦礫を踏みしめながら、光の源へと歩み寄る。


手を伸ばす。

指先が震える。


その瞬間、光が彼の指に触れた。


ひどく柔らかく、温かい。

まるで“誰か”が、その内側から彼の存在を確かめているようだった。


中溝は息をのむ。

光が、彼の鼓動と同じリズムで脈を打っている。

そのわずかな律動の中に、彼は確かに感じ取った。


――観測は、終わっていない。


それはシステムの機能ではなく、

人の心に宿った、“見る”という意志の再生だった。



――闇の街を、風が通り抜けていた。

LUXが消えてから、どれほどの時間が経ったのか。

夜は長く、重く、世界の輪郭さえ呑み込んでいた。


しかし、静寂の底に――微かな明滅が生まれる。


最初は、誰かの手の中で震える小さな光。

割れた携帯端末の画面が、そっと闇を押し返した。


次に、別の場所でランタンが灯る。

それに気づいた誰かが、懐中電灯を掲げる。

それは炎ではなく、電気でもない。

ただ、“誰かに見てほしい”という、

小さな祈りのような光だった。


街全体に、点々と灯りが生まれていく。

まるで黒い海に星が沈んでいくように、

それぞれの光が孤独に震えながらも、確かに地表を縫っていく。


遠くの高層ビルの屋上にも、

地上の路地にも、

光がぽつり、ぽつりと芽吹く。


それはLUXの神経網ではなかった。

誰の指令でもない。

人間の手で、ひとつずつ繋がっていく光の連鎖。



「光はシステムではない。

  それは、記憶を受け継ぐ意志そのもの。」


ゆっくりと、東の空が淡く染まっていく。

夜明け前――まだ太陽の姿はない。

だが、その薄明の向こうで、確かに世界が呼吸を始めていた。


LUXの時代が終わった街に、

人の意志による“新しい観測”が、静かに芽吹き始めていた。



――夜明け前の風が、瓦礫の街を撫でていた。

崩れ落ちたTOWER-COREの外壁の隙間から、

灰色の光が少しずつ流れ込んでくる。


中溝は、ゆっくりと歩み出た。

足元には、砕けたガラスと焼けた鉄。

けれど、その上を踏む音はどこか柔らかく響いた。

世界が、静かに再び息をし始めている――そんな気配。


ポケットの中。

彼の指先は、ひんやりとした金属片――酒井の残した記録チップを探り当てる。

表面のLEDはすでに消えている。

だが、中溝の掌には、微かな“温度”がまだ残っていた。


中溝(静かに):

「……見てるか、酒井。

  俺たちの“観測”は、まだ終わってない。」


言葉は風に溶け、空へと散っていく。

その瞬間――彼の背後で、灰が舞い上がった。

瓦礫の隙間から、一本の細い光の筋が昇る。

それは煙でも、機械の残光でもない。


まるで、誰かが“見よう”とした記憶そのものが、

空へ還っていくようだった。


中溝は顔を上げる。

地平線が、ほんのわずかに白む。

長い闇のあと、初めての光が世界に触れる瞬間。


LUXの名残か。

それとも、人間が取り戻した“観測の意志”か。

誰にも確かめようがない。


けれど、その光は確かに、

**“観測の再生”**を告げていた。



「存在は、誰かに見られることで生まれる。

  だが――記憶は、誰かを想うことで残る。」


彼はもう一度、夜の終わりを見つめた。

そこには、誰の監視も、誰の指示もない。

ただ、確かに“見つめ返す人間”がいた。


――そして、光が、静かに夜を破った。


――音が、静かに世界を満たしていく。


最初はほとんど聴こえないほどの低い弦の震え。

やがてそれに寄り添うように、柔らかな電子音が滲み始める。

過去と未来の境を越えるような――人の息と機械の残響が、ゆっくりと一つに溶け合っていく。


カメラは、夜明けの東京を俯瞰する。

闇に沈んでいた都市は、少しずつその輪郭を取り戻していた。

ビル群の窓が、星のように点々と明滅する。

かつてLUXが司っていた人工の光が、今は人の手で灯されている。


道路に、窓辺に、そして空の高みまで――

星と人の光が、初めて“対等に”同じ空を分かち合っていた。


雲の隙間から、朝の光が差す。

それは夜を押しのけるのではなく、

優しく包み込むように、闇と並んで世界を照らしていく。



「光は終わらない。

  それは、見る者と見られる者が、

    互いを思い続ける限り――。」


音楽が少しずつ膨らみ、

電子音が星の瞬きを模すように消えていく。

最後に残るのは、弦の一筋の旋律。


カメラはゆっくりと空を仰ぐ。

そこには、星と人工光がひとつの“新しい天”を描いていた。


そして、静かな余韻の中――

闇の中に浮かび上がるタイトル。


《NOCT-09:光の記憶》


弦の最後の音が途切れると同時に、

画面は完全な黒に沈み、

ほんの一瞬、かすかな光の粒が瞬く。


――まるで、「観測」がまだ続いていることを告げるように。


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